第35話 【閑話】香取蛍華(2)
それからというもの。
どうやって告白しようか、どうしたら告白が成功するのか。そればかり考えてしまう。
家庭科部の先輩達からも意見を募った。
「やっぱりね。だから言いたくなかったんだよ。安心して、骨は拾ってあげる。当たって砕けろ!」
部長にはひどい言葉を言われたけれど、もっともな意見だと思う。
でも、可能性はゼロではない。
多分十%くらいはリアルにあると思うんだ。
もしかしたら、もしかするかも知れないし。ダメだったらまた神格化すればいい。
それから私は部活前やお昼休みに、ちょくちょく舛谷先輩に話しかけに行くようになった。
…
告白の日。
私が勝手に決めたその日が、遂にやってきた。
お昼までは何とか落ち着いていたけれど、午後の授業も終わった今では胸が苦しい。はち切れそうだ。
座っているだけなのに心臓がドキドキする。
大丈夫、大丈夫。先輩優しいから。
先生にバレないギリギリのお化粧もしたし、下着も一応新しい。
今日は家庭科部があるから、それが終わったら体育館に行って舛谷先輩と話すんだ。
それに、別に先輩に話すのだって珍しく無い。この一ヶ月、週に二回は話してきたし、別に「一緒に下校しながらお話ししたい」って私が言ってもおかしくは無いはず。
兎にも角にも、まずは部活だ。
家庭科部に行って先輩達と話せば少しは精神が安定するに違いない。
…
「お、香取ちゃんお疲れー」
「お疲れ様ですっ」
「あれ?お化粧してるね。……ははーん」
怪しいものを見るような平たい目になった部長に、隠し事は出来ない。私の考えていることの全てを、二秒で見透かされたような気がする。
「はあ……いよいよか。今日は何時何分に部活終われば都合良いのかな?体育館まで付き合おっか?」
半分面白がって、半分優しさで聞いてくる。
「いい部長だな」と常々思う。その優しさにつけ込む訳じゃないけれど、青春エンタメを提供する代わりに、使えるものは使い倒させて貰う。
「そうですねぇ。十六時半から十五分くらい中休みが欲しいですぅ。中休みには体育館一緒に行きましょう。あと、十七時半には部活が終わって欲しくてぇ。ついでにぃ、今月の部活はハンバーグを作りたいです。折角なので、可愛く見えるお化粧のやり方も知りたいですぅ」
「すまん。予想してた文字数よりも長かったから脳が受け付けなかったな。同じこともう一度言ってくれる……?」
…
結局、部長は全部を何とかしてくれた。
いつもはタイムスケジュールを決めずにダラダラやってるのに、その日だけは黒板に定期試験ばりのタイムスケジュールを書いて家庭科部の活動を進めてくれたし、休み時間も一緒に体育館に行って、舛谷君と一緒に帰る約束が出来た。
「タイムスケジュール内に決まらなかったら、今月はハンバーグ作りにします」と部長が言ったら、案の定決まらなくてハンバーグになったし、お化粧は何故か部室のロッカーにメイクセットを置いている二年の先輩の思うがままにされた。
最早明らかにナチュラルな顔では無いけれど、下校間近にまじまじと先生に見られることも無いから、完全にデート用の顔でも問題ない。
部活のことは何一つ順調に決まらないのに、私が言ったスケジュールだけは守られていて笑えてくる。
帰りの時間に間に合うようにメイクを完成させる事以外はグダグダだったな。決め毎はグダグダだけど、私の顔はグダグダになっていないから凄い。
自分では再現できないけれど、自分でするのよりも可愛くなっていることだけは分かる。
「い、行ってきますぅ!」
「グイグイ行きすぎるなよ、落ち着け」
「精神統一が……大事だと……思う」
「ダメ元ってこと忘れるな。頑張ってこい」
私は一足先に部活を抜けて、校門の外で舛谷先輩を待った。
…
校門での待ち時間の、なんと長いことか。
ぼちぼちと生徒が帰り始めて、私の前を一人二人と通っていく。
校門前で待つなど、目的は一つ。
男の子と待ち合わせをしている以外にありはしない。
そうなると、当然下校する生徒が私を見る目線もそういう感じになってくる。知っている生徒も居て、私を二度見する人もいるので思わず小言が漏れる。
「……帰りたいぃ」
──本当に時間が長い。早く来て!
と言うか、来るよね。
来ないということもあるの?
頭がおかしくなりそうだから、目を閉じて素数を数えよう。
「って、一って素数だっけ?」
「素数が何だって?」
――!?
声で誰が居るのか直ぐに分かる。
恐る恐る目を開けると、制服の舛谷先輩がいた。
突然現れた彼に頭がパニックになる。
何か会話を、場を繋がなければっ!
「あの、あっ、一って素数でしたっけ?」
「素数じゃねえだろ」
「先輩頭良いですねぇ!」
一が素数かどうかはどうでもいい、正解がどうかも分かんないし。とりあえず褒めとけば良いって部活の先輩が言ってたから、とりあえず褒める!
「待たせたか?そういや、今日部活だったんだって?」
先輩の方から話をしてくれるし、やっぱり優しいな。
舛谷先輩が歩き出すので、横について行く。
私より少し背が高いので自然と上目遣いになる。カワイイって思われたい。
「はい!家庭科部がありましてぇ。今月はハンバーグを作るんです。ハンバーグ好きですか?作ったら食べてくれたりします?」
「あー、肉系は大体好きだけど。まあ機会があったらな。部活中に持ってくるのは勘弁な、運動中に肉はちょっと重い。《《香取さん》》には関係ないんだが、彼女に火が通りきってない肉食わされたことがあってな、ちゃんと火は通した方がいいぞ」
――始めて名前呼ばれた!?
「ちゃんと火は通すようにします!ちなみに、……舛谷先輩の家まで作りに行っても良いですょ」
「え?俺ん家?彼女が居るから厳しいな」
「でも最近噂で聞いたんですけど、彼女さんとうまくいってないとかぁ……。私と一緒に帰ってるの見られたらどうします?」
「見られても別に気にしねえと思うけどな。俺は嫌いになった訳じゃない。愛可がまた俺の愚痴を言いふらしてるだけじゃないか?」
「じゃあ別れることは万が一にも無いんですね」
「ああ、微塵も無いな。考えたことすらない」
──え。あぁ、、、
舛谷先輩は付き合っている彼女が居るのに、他の女子と下校するような人なんだ。しかも、私のことはただの友達としか思って無いみたいで、とても嫌だ。
――いやいや、切り替えよう。
今すぐ彼女になれないとしても、何とかして女の子として見て欲しい。付き合う為のスタート地点には立っていたい。
今は彼女が居るかもだけど、次は私の番かもしれないし。何なら側室?第二夫人でも良いような気さえする。
もう手段なんかどうでも良くて、結果的に付き合うことが出来れば何でもいいや。
下校というのは、校門からしばらくは他の生徒と同じ道を通らざるを得ない。それでも五分も歩けば、人気の無い道なんていくらでもある。
私は舛谷先輩の少し先を歩いて、出来るだけ人気の無い方へと誘導する。大きく進行方向をずらしている訳では無いので、変に思われることも無いだろう。
そうして、通りから一本外れた道を二人で歩く。雑談を重ねて、たまに意図せず接触した感じに肩をくっつけてみたりする。
──あはははっ。
先輩と二人だけで歩いてる。
ただ歩いているだけなのに、こんなにも楽しい。
「なんか、さっきから距離感近くね?」
「肩が当たっちゃってますよね。ごめんなさいぃ、嫌でしたか?」
「嫌では無い。けど、ワザとやってる?」
「実は、はい。ワザとです!あの……、今直ぐにって訳じゃないんですけどぉ。舛谷君の彼女候補に立候補してもいいですか?私のこと女の子として見て欲しいんです。それが今日一緒に帰って欲しかった理由なのですぅ」
先輩は私から顔を逸らすと、遠く前の方を見る。
「嬉しい話だが。それは、無理だな。ごめん」
「今は彼女さんがいらっしゃるのでぇ、そうですよね。仮定の話ですよ、もし仮に万が一別れるとか、してしまった時には私のことを気にしてほしいというか、そういうことではぁ。……ダメですか?」
今すぐに彼女になるのは、さっき諦めている。
でも未来はある。
人生単位で考えれば、私の可能性はまだ終わってはいない。その時の為に、出来るだけ繋がりを強くしておきたい。
出来るだけ熱い視線を先輩に送ると、視線に気付いたのか目線が私とバチッと合う。
「俺は今のところ、愛可しか見れない。俺が愛可に対して抱いている気持ちと、香取さんが俺に抱いている気持ちは同じだと思う。だから、君が俺のことを好きなくらい、もしくはそれ以上に俺は愛可が好きだ。俺の気持ち、香取さんには分かるだろ?」
――あ、あぁ……
じんわりと視界が滲んでくる。
──じゃあ、一生無理じゃん。
私は本当に舛谷先輩しか見れないのに、先輩も私と同じような気持ちを秋見先輩に向けてるって。
先輩の気持ち、多分私が一番分かるよ。
でも、こんな気持ち、分かりたく無かった。
「舛谷先輩の気持ちは私が一番分かってますぅ。彼女さんよりも私の方が分かってるんですからぁ泣」
涙で前が見えなくなって、視界がぐしゃぐしゃになって歩みを止める。先輩も立ち止まり、なだめるように私に言う。
「……そうかもな」
「舛谷先輩が秋見先輩を好きで居続けるように、私も舛谷先輩を好きで居続けますから!」
「はあ……、困った。とりあえず涙を拭け。ポケットティッシュやるから」
先輩のズボンのポケットから出てきた、中身だけのくしゃくしゃポケットティッシュを何枚か貰う。
「ぐすん。また会いに行きますぅ。ティッシュ洗って返しますからぁ!」
「……ティッシュは返さなくて良い」
私が泣き止むまで、舛谷先輩はしばらく一緒に居てくれた。背中を擦って、慰めてくれた。
あぁ、もっとこの時間が続けばいいのに。
終わらなければいいのに。
…
その場でバイバイして、先輩が遠くなっていく……。
校門からここまで終始二十分くらいの出来事だった。今までの人生で一番詰まっていた二十分は、濃くて楽しくてドキドキして辛い。
家に帰ると、先輩から貰った涙でぐしゃぐしゃになったティッシュを、勉強机の鍵のかかる引き出しにしまって、また泣いた。
失恋をした。初恋だった。運命の人だ。
その日は何故かいつもより宿題をやりたくなった。宿題をやって、ベッドの下とか、カーテンレールとか、いつも気にしない箇所を掃除したくなって。したことのない筋トレも、動画サイトで調べてやってみた。
──悲しい。
自分がおかしくなっていることが、悲しくなっていることが、ストレスがかかっていることが分かる。
怒りは無い。ただ、漠然としている。世界がぼんやりとしている。
──辛い。
何かの芯を失って、心を失った箇所から、心の壊れた箇所から、ボロボロと涙が落ちてくる。
お布団に包まって、自分の殻に閉じこもって、自問自答する。
──舛谷先輩とは何か?
──舛谷先輩とは神である。
──神とは何か?
──人々を救う存在である。
舛谷先輩も私を救ってくれるはず……。
そうだ。明日も舛谷先輩に会いにいこう。
そしたら、私を救ってくれるに違いない。
──涙が出ない方法を聞いてみよう。
…
次の日も先輩に会いに行った。部活の始まる前の数分間だけ。迷惑そうな顔もしないで、話を聞いてくれる。
お話するのが楽しくて、雑談しか出来なかった。
一週間は何とか我慢して、また先輩に会いに行った。部活の始まる数分だけだけど、それだけでまた一週間頑張れる気がした。
また翌週も、その次の週も、ちょっとだけ会いに行った。
…
そんな感じでもう一ヶ月弱。
クリスマスも過ぎて、年も明けてしまった。
自分でも何の為に会いに行っているのか、分からなくなってきて。でも、会いに行かなくてはならないような気がしてくるんだ。
確かに、会った後の私は精神が落ち着いていられたから。
私が先輩に向けていた好きという気持ちは、どこか綺麗に消えて。先輩を神と思うことで、振られても好きでいるというストーカーじみた負の感情を、「これは信仰心だ」と思うことで、昇華出来ている。
――と最初は思っていた。
うまく対処出来ている。これからも週に数分だけ会えればそれでいい、と思っていた。
私の理性的にはそうだ。それで問題なかった。
――でも、本能はどうやら違うようだった。
理性が本能を押し込んで、本能が理性を見習って平静を取り戻すのが普通の人間だと思う。けれど、舛谷先輩、舛谷君、珀君だけは理性という枠組みでは抑えられない。
──先輩に会いたい気持ちが夜な夜なおさえられない。
家の住所は知らないけれど、このままでは行く宛も無く、夜に自宅を飛び出してしまいそうだ。
迷惑がかかることは知ってる。いい人だから友達として会いに行く限り迷惑には思われないだろうし、私は神に対して友達風に装って最近は話してきた。
でも、もうそれも限界だった。
私の理性は私のことを気持ち悪いと言った。
けれど、私の本能は仕方がないと言っている。
私は、もう無理だった。
今の私は舛谷先輩と話すことでしか救われない。週に数分じゃだめ。
――もっと長く、一緒に居たい。
何をするにしても「辛い」が口癖になった。
誰にも聞こえないように毎日言った。漏れた。
そうやって、耐えている。
舛谷先輩のことを考えることをしないで済むようにしたくて、学校に通う。いつものように部活にも行く。
──でも、もう、本当に、限界。
舛谷先輩という概念がつきまとわって、私の脳みそに根を張っている。
誰か助けて欲しい。
おかしくなった私を何とかして欲しい。
薬でも何でも良いから出して欲しい。
理性はお布団で寝てて良いと言うけれど、本能は学校に行かないと舛谷先輩には会えないと言う。だから私は休まず学校に行く。
精神はボロボロで、何を希望に生きているかも分からなく学校の廊下を歩いている。すると、偶然、茶話部のポスターが目に入った。
「お悩闇相談会……」
――これだ!
先輩がバレーボール部をやめたことは知っている。会いに行っても居なかったから。家庭科部の先輩から、舛谷先輩が茶話部という謎部に入ったことも聞いている。
幸い家庭科部の活動とも被らないし、舛谷先輩にも会えるかも知れない。
──会えたらいいな、会いたいなぁ。
舛谷先輩の方から、「会いに来てもいいよ。もっとお話しよう」と言われているような気がして、口元がほころんだ。
香取さんは恋で病んでしまいました。
こうして、33話に繋がっていく訳ですね。
結姫ちゃんはどうやって解決してあげるのでしょうか?
閑話はここで終わりです。次話より33話の続き(茶話部の場面)に戻ります。
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