第26話 恋人関係が終わる時?(7)
「舛谷先輩が部活を辞めればいいんです」
「「「え?」」」
「舛谷先輩が部活を辞めて、その時間に勉強すればいいんです。会う時間は今まで通りに確保できます」
「それは流石に……ねえ。珀君に申し訳ないよー」
「本当にそれしかないのか?」
「あるかもしれませんけど、私には思い付きません」
「……そうか」
十秒くらいの間、誰も喋り出さなかった。
考え込んで頭を伏せていた舛谷先輩が、急に顔を上げる。
「……なあ、愛可。もし部活を辞めて、そこで捻出した時間を愛可に使うなら、これからも付き合ってくれるか?」
「本気なの?」
「ああ……本気も本気だ。今までのことはごめん、手の傷も本当にごめん。でも、やっぱり俺は愛可のことが好きだ。もう一度付き合ってくれないか?頼む!」
私と太陽君は思わず目を見合わせる。
──本当に、辞めそうなのだけど……。
言い出したのは私だけれど、案を出しただけで実際に辞めるとは思っていなかった。それが一番良い案に思えたから、そう言ったまでのこと。
秋見先輩は舛谷先輩の視線を受けながら、困った様子で私を見る。
『結姫ちゃん!ねえー、どうしたらいいのおおおお!?』
心を読んでもいないのに、秋見先輩から勝手に感情が伝わってきた。
秋見先輩は私に決定権を委ねている。それでも、もちろん先輩の意思は尊重すべきで。本当に私が判断して良いのであれば、当然結論は私の都合の良いようにしますよ。
部員も欲しいですし、彼氏のいなくなった秋見先輩を部活に置いておくと太陽君の毒ですから。
ここで私が、「はい、仲直りをして下さい」と言っても良いのだけど、私の良いようにだけ進めて、後から苦情を言われるのは面倒だ。
もう少しだけ慎重に、ことを進めようかな。
秋見先輩の心をもう一度覗く。
『付き合うのは本当に嫌じゃないんですよね?』
『嫌じゃないよー。けど、分からないんだ。ここまで真剣な気持ちを向けられたことなんて、これまで無かったから』
うん。
その気持ち、今の私なら分かる気がする。
舛谷先輩が秋見先輩に向ける恋愛感情は、真剣で本気。
ノリと雰囲気だけで付き合って来た、今まで通りの秋見先輩であれば、「重くて無理」と一蹴したのかもしれない。
けれど、その真剣さにあてられて、今回の彼氏は今までの彼氏と同じように考えてはいけないのでは無いかと思っているのだろう。
舛谷先輩の気持ちは、秋見先輩が今まで経験したことのないレベルのまっすぐストレートで、それが秋見先輩の気持ちを変えようとしているのかな。
なんであれ、舛谷先輩の告白に対して、すぐに「お願いします」とは言えないよね。
私が太陽君の告白を速攻で受けたのは例外だって、三花ちゃんから聞いた。だから、あれが普通じゃないってのは知ってる。
──少し感覚がズレてるんだよな、私って。
うーん。
もう少し具体的に秋見先輩の心を読んでみたい。
『舛谷先輩との交際していくにあたっての、心理的障壁は何ですか?』
『部活を辞めさせたみたいで申し訳ないよー。部活を辞めて生活リズムが変わることで、また性格が変わってしまうことも心配だし……』
いつになく、ちゃんと考えているね。
と言うか、私っていつの間に遠隔でここまで深く思考が読めるようになったのだっけ……?
いや、そんなことは今は一旦どうでもいい。
秋見先輩は必死にどうすべきかを考えている最中なのだ。
『舛谷君とやり直したいのですか?』
『舛谷君の為になる選択は何?部活を辞めるって申し訳なくて。別れるのは一番簡単だけど、今までで一番ちゃんと好きになってくれてそうだしー。これまで選んで来なかった選択をしてみたい気もする。でも、私なんか性格悪いし、どうせ続かないのに部活辞めるとかダメだよー。私の為に勉強なんかしなくて良いよ、意味ないし。何で私がバカだからって勉強するんだよ。やっぱり意味わかんない――』
秋見先輩の脳内は、私の観測分体で聞いて無いことを答えてしまうくらいには、ぐしゃぐしゃだ。それでも何とか答えを出そうとしている。
でもさ。
それって考えて答えが出せる問いなのかな?
『理屈抜きで、舛谷先輩のこと好きなんですか?』
『好きだよ。真剣に好きでいてくれる彼を逃すのは勿体ないと思う。部活を辞めてまで付き合いたいという気持ちは嬉しいけど、私と付き合ってもどうせ長続きしないだろうし。私って、つい彼氏にわがままばかり言っちゃって、性格悪いから』
理想と理屈と現実に、秋見先輩は挟まれている。
多分どちらを選んでも、良いことも悪いこともあると思う。
でも、先輩。学校の勉強では無いのだから、明確な答えは無いって分かるでしょ。秋見先輩は自分のことだけを考えて、納得できる方を選べばいいのに……。
読むべき所までは、心を読めた。
このまま待っていても時間の無駄だろう。
――もう、私が決めますね。
頑張って部活に勧誘して、太陽君は紅茶を振る舞った、恋の悩みも聞いてあげた。
少しくらい報酬があってもいいでしょう?
舛谷先輩が告白してからの沈黙は、既に三十秒を過ぎている。
彼は軽いノリでのオッケーを待っていたのか、雰囲気で無理そうなことを悟っているように見える。
「秋見先輩、決められないなら私が決めましょうか?」
「自分で決められなくてごめん。お願い……」
よしよし。
秋見先輩にはちょっと申し訳ないけれど、流れが来ている。
さっさと、この場を終わらせよう。
空気が重いし、うだうだ悩んでいても仕方がないから。
もちろん、事前に保険はかけておく。
「舛谷先輩、部活を辞めるのは自分の意思ですよね。何があっても秋見先輩は悪くない。そうですよね」
「ま、まあ……そうだな。自分で決めたことだ」
だそうですよ。
もし明日別れても、秋見先輩は悪くないのです。もちろん、私も悪くありません。
それにしても、舛谷先輩は部活を辞めてまで交際を継続しようとしている。それ程までに人を好きになるってどういうことだろう。
本当に、人の感情って、恋って、知れば知るほど分からない。
もし、太陽君と私が先輩達の立場だったら、一体どういう選択をするのだろうか?
考えても答えが出ない問いだ。
それに、ここまで来て。
今更、私が悩むことはない。
――ただ私の描いたシナリオ通りに進めるだけだよ。
秋見先輩の返事を永遠と待っている、舛谷先輩に向かって言う。
「では、秋見先輩の代理として私が決めました。部活を辞めて下さい。今まで通りの面白い舛谷先輩でいることを条件に、秋見先輩は舛谷先輩との恋人関係を継続します。二人とも握手、お願いします」
一瞬顔を明るくした舛谷先輩が手を差し出すと、まだ考えがまとまっていないのか、秋見先輩の手がゆーっくりと出て来て……、引っ込んだ。
「やっぱやめたー。握手はしない」
──ええ……
ここまでお膳立てしたのに?
手を引っ込めたのを見るや否や、舛谷先輩は必死に秋見先輩を説得しようと試みる。
「俺はもう一度最初からやり直すくらいの気持ちだ。でも、愛可はそのままでいい。今のままでいいから、もう一回俺と付き合って欲しい。俺は愛可の好きな男のままでいるから。俺は、愛可と、俺ら二人の為を考えて必要だと思う変化や努力をするから。これからも笑って、駄弁って、一緒に居て欲しい」
「……ありがとう。私ね、結姫ちゃんに結論を委ねて、お付き合いを継続って言われたその時に、やっぱり変わらなきゃいけないって思ったんだー。何を変えなきゃいけないかは分からないけど、珀君の気持ちを改めて聞いて、恋愛に対する考え方はちょっと変わったような気がする。今までわがまま過ぎたのかなってねー。
だから、今の私が好きな珀君には申し訳ないけど、私は変わっちゃって珀君が好きな私じゃ無くなっちゃうかもしれないよ?」
秋見先輩の声は微かに震えていた。
そんな彼女の精神の揺れを鎮静するかような落ち着いた低い声で、舛谷先輩は言う。
「大丈夫。そうしたら、変化後の愛可が好きな俺に、俺が変わればいいだろ」
秋見先輩の目は涙を流してこそないけれど、大きな瞳はうるうると輝いているように見える。
「何それ笑、重すぎだよ?いつものバカなノリはどうしたの?」
「ああ、バカだ。愛可専用のバカになるから、もう一度最初からやり直してくれないか?」
「珀君、落ち着いて。手を引っ込めたのはダメって意味では無くてね。握手は正式に部活をやめてからってこと。だから、今はこれで許してね」
――わあっ!!!
私と太陽君の目の前で。
秋見先輩は舛谷先輩にキスをした。
それは、一秒かそこらという一瞬だったけれど、目の前で行われたその行為に、私の全感覚が持っていかれたような気がした。
握手せずにチューをするって、一体なにが起こっているの?
「珀君、遅くなってごめんね。テスト頑張ったから、約束通りのご褒美のチューだよ。握手は部活を辞めてからしてあげるからー」
私達は何が起こったのか脳の処理が追いついていないのに、秋見先輩だけは晴れやかな顔で笑っていた。
結姫ちゃんと大月君の目の前で、キスをする秋見先輩。
こいつら、学校で一体何をしてるんだよ!?
恋人関係が終わる時? は次話で終わりです
Q:
(前話の作者コメントより、)
果たして、次回どうなるでしょうか。
A:
結局、結姫ちゃんが全部決める。
そして、秋見先輩が目の前でキスをする。
でしたー笑
全部伏線は張ってあったので、読み込んでいれば分かりますね、、笑(多分無理)




