2.強くてニューゲーム(笑)
先日の京都ではひどい目にあった。坂瀬川に散々連れまわされるし、意味分からない程危険な目に遭ったし、本当にやってられない。
本日は、珍しく自分から遠出してダンジョンに潜っている。やっていたのは自宅から車で一時間半強、三重県『鈴鹿ダンジョン』だ。
このダンジョンは全八階層のダンジョンで、スキルを取得するのに必要な、スキルオーブの産出量が日本一であることが特徴のダンジョンで、ダンジョン大国である日本の中でも屈指の人気ダンジョンだ。
人気の理由は第一次侵攻以来、スキルオーブの需要は一貫して高いためだ。使うだけで特殊能力を利用することができるのだ、そりゃ誰だって欲しい。確か今の相場だと一番安いものですら十万円以上したはずだ。
そんな場所であるので当然探索者の数も多くなるわけだが、このダンジョン、特殊なつくりをしてあり、第二層以降の難易度が他のダンジョンと比べてかなり高いのだ。そのため、ほとんどの探索者は第一層までしか潜らず、第三層以降ともなればそれこそ日本の中でもランカーと呼ばれるレベルの探索者ぐらいしか来ることはなく、バレたくないようなスキルや魔法の訓練場として俺は愛用している。
何せ怠け気質の俺だ。全力でダンジョン探索をすることはほとんどないので、定期的にこうやって訓練しないと鈍ってしまう。
……さて、ここまでこれば他の探索者も来ることはないだろう。
薄暗いことの多いダンジョンの中では珍しく明るく開けた地点、ここが俺のお気に入りの訓練場だ。
訓練を始める前に、自身にできることの再確認のためステータス画面を開く。
ENG-ERROR/9999
SKILL 6/6
『No.02:強化*Ⅻ』
『No.07:魔力操作補助*Ⅻ』
『No.23:反射*Ⅻ』
『No.31:思考加速*Ⅻ』
『No.46:硬化*Ⅻ』
『No.63:探知*Ⅻ』
【不死者】
【悪魔との取引】
ステータスについて説明を付けるのならば、ENGは総魔力量。攻撃を受けた時に自動的に発動する魔力障壁の強度や、どれだけ残り魔法やスキルを使用できるかの大まかな目安だ。ゲーム的な例えを用いるなら、ENGはHPとMPを複合したステータスのようなものだ。
俺の画面においてENGの表記がエラー表記になっているのは、残存魔力量が表記できる限界を超えるとエラー表記となるらしい。初めてこの表記を見た時は故障したのかと思った。
SKILLは現在俺が所持しているスキルの欄。所持制限があるものの、スキルの利用には魔法を利用する時に必要な細かな魔力操作は必要なく、予めプログラムされた通りの効果を発動するため、かなり使い勝手がいい。
横についているローマ数字がスキルレベル、いわゆるスキルの熟練度となる。レベルは12が最高レベルだ。
そしてその下に表記されているのが、俺の所有している「能力」と呼ばれるものだ。ユニークスキルとも呼ばれることのあるこの力は、世界に同じ能力を持つものが存在しない、文字通り唯一無二の力で、この力の存在のおかげで、俺は普通と比べると強い部類の探索者でいられている。
まあ、ステータスの確認にそこまで時間をかけることはないか。三年前ぐらいからは表記上は一切変化していないし。
改めて周囲を見回す。棍棒を握った単眼の巨人のモンスターが群れを成してこちらを覗っているのが分かる。それなりに知能があるのだろう。下手に手を出してこずに警戒だけは続けている。
「……結構、増えたな」
今俺がいるのは鈴鹿ダンジョンの第7階層。8階層はボス部屋しかないので、一般モンスターが湧く階層という意味では最終階層だ。先ほども触れた通りここにはほとんど探索者がやってくることはないため、他のダンジョンのようにモンスターが間引かれることがなく、訓練のスパーリング相手としてちょうどよい強さの相手がそこそこいる。
とはいえ、多いな。少し減らすか。
「白空一閃」
魔力を練り、雑にぶっ放す。
かっこいい魔法名を言ってはいるが、この魔法には技術もクソもない。ただ、魔力を斬撃と化し、放つだけの見る人が見れば脳筋と笑われかねない、魔法と呼ぶのもはばかられる代物だ。しかし、最大レベルまで上がった「強化」のスキルと掛け合わせればこの通り。死の斬撃と化した魔法が罪なき単眼巨人君の群れを真っ二つにする。
いやまあ、モンスターは生まれてくることが罪みたいなものだし仕方ないよね。
そして、今の魔法を見てまだ向かってくるレベルのモンスター達。
よろしい。今回のスパー相手は君達に決めた。残らず相手してやるから順番にかかってこい。
……っておいこら、順番につってんだろ。
あーあーお客様困ります!
纏めてかかってこられたら特訓にならないだろうがオラァ!!
さすがは高難度ダンジョン。俺の放った魔法に怯えて逃げるようなモンスターはほとんどおらず、むしろ決死の覚悟で群れを成して襲ってくる。
「わかったよ。予定変更だ。タイマンは諦めて対多の特訓にしてやらぁ!!」
向かってくるモンスターの群れのあまりの途切れなささに思わず我慢ができなくなり、手当たり次第に魔法をまき散らす。
「オラオラオラァ!!! はははは!! どうした来いよぉ!!」
あーやっばい。圧倒的な力に溺れるの気持ちいい。癖になりそうで困るな。
そうして夢中になりながらモンスターを狩り続けそろそろキルスコアが200を超えようとしたところでモンスターが尽きたのか、それ以上襲われる様子はなくなった。
「やっと落ち着いたか……。いい加減ドロップ拾うか」
アホみたいにモンスターを狩りまくった影響で、周辺には大量にドロップアイテムが転がっている。これら全てのアイテムを回収するのは非常に面倒くさい。中には使い物にならないゴミも結構あるし。
とはいえ、放置をするとダンジョンに再吸収されて新たなモンスターが現れる要因になってしまうので、面倒だが時間をかけて残らず回収する。面倒だが。
「あー、中腰で拾い過ぎて腰が痛ったいな」
「ふふ。お疲れ様」
唐突に。
背後から聞こえた声に心臓が跳ねる。
三十分ほど回収に時間をかけ、一息を吐こうとしたタイミングだったため油断していた。
……いや、だとしてもおかしいだろ。いくら俺が気を抜いていたからとはいえ、周囲の生物の魔力反応を発見できるスキルである「探知」を切ったりしていないし、さすがに背後まで近づく生物がいれば普通は気配に気が付く。
今声をかけてきた存在についてこの状況で考えられるのは、1.最高レベルであるはずの俺の『探知』のスキルを上回る隠密系スキルを所持している。2.探知することができないレベルの圧倒的格上。3.そもそも気配等が存在しない幽霊のような存在である。の三通りだろうか。正直どのパターンでも心から出会いたくない相手だ。
荒くなりそうな息を意識して落ち着かせ、後ろ手に愛剣である黒い短剣を召喚し、意を決してゆっくりと振り向く。
その姿を見た時、俺は彼女のことをまるで物語の中から出てきた存在のようだと思った。
編み込まれた金色に輝く長髪、見るだけで吸い込まれそうな大きな瞳、ダンジョンの中には不釣り合いな黒を基調としたドレス。
思わずため息をついてしまいたくなるような、「美しい」という言葉を体現して、三倍濃縮をかけたような少女がそこにはいた。
あまりと美しさに度肝を抜かれて、呆けてしまいそうになるが、よくよく見てみると、彼女の身体の至る所から淡い光が漏れており彼女が普通の人間では無いことが分かる。
……いや冷静に考えてみれば普通の人間はこんなところまで来れないか。
「……お前は、何者だ」
警戒解かず、問いかけてみれば彼女は困った顔をする。
「ごめんなさい、それは私にも分からないの」
普段なら困っている美少女の姿も悪くないなんて言っているところだが、今はそんな状況ではないので内なるおふざけの精神を殴り倒し警戒を続ける。……しかし自分にも分からないとは、記憶を失ってでもいるのか。見たところ敵対的ではないようだが。
少しの時間考えていると、不意に「探知」のスキルに人の反応が一つ現れる。未だに何の反応も感じない目の前の彼女とは違い、強い存在感を感じる。おそらく探索者、それもここまで一人で潜ってこれるレベルとなると相当な実力者だろう。
「誰か来るな」
「え」
俺がそう零すと、急に目の前の彼女は焦った素振りを見せ挙動不審になる。
「ごめんね、私もう行かなきゃ」
キョロキョロと、おそらく隠れる場所を探していたのであろう彼女は、隠れるのに適した場所が周囲にないことが分かると、そう言い残し――次の瞬間には姿を消していた。
えぇ……。結局何もないまま消えたんだが。マジで何だったんだよ。
あまりの急展開に理解が追いつかず、呆然としていると、相手も俺の気配を探知してこちらに向かって来ていたのだろうか。先程感じた気配の主の姿が見える。
「どうも」
「あ、これはこれはどーも……ッ!?」
その人物の姿を見て、先程とは別の意味で心底驚く。
いや冷静に考えればなにもおかしいことではないのだ。だって先述した通り、鈴鹿ダンジョンをここまで潜ってこれるような人物など本当に限られているのだから。
小柄な体格と、数年前から変わらぬサイドポニーテールに、数年前とは違うピンクアッシュの髪色。それでも俺が彼女の姿を見間違えるはずもない。なんせ、最後に見たのは数年前とは言え文字通り死ぬほど見た顔だから。
彼女の名前は神奈日南。
探索者日本ランキング三位の英雄だ。
Tips:スキル
魔法をプリセット化したもので、詠唱等の特殊な準備もなく発動できる。現時点で六十種類のスキルが存在しており、一人につき六つまで所有ができる。スキルは熟練度によって十二段階のレベルが設定されていて、レベルが高いほど消費魔力が減り、応用が効きやすくなる。
実はスキルは魔法とやっていること自体は変わらないので、原理が分かればスキルを所有していなくても同じことは出来たりする。
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