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コスダリカの世界終末旅路

 もしこの声が聞こえるなら…

 おはよう。こんにちは。こんばんは。

 今が真夜中なら、夜食、美味しい?


 なぜこの文字を書いているのか、自分でも分からない。

 果てない旅路の途中で、生きている人々に出会ったことは数えきれない。彼らの物語も書き留めるべきだった。

 けれども、今日なぜか、このコスダリカさんという人を、記録したくなった。

 理由は分からない。ただ眠いか、疲れたか、もしくは頭が壊れたのかもしれない。普段の私ならこんなことに筆を費やしはしない。脳に記憶すれば十分ではないか?なら脳神経内科の診察が必要かもしれない。

 でも、何かを書きたくてたまらない。

 とりあえず上の話は一旦置いておこう。

 コスダリカは女の子だ。彼女に初めて会ったのは、ある安全区域の居酒屋だった。数千年前に受けた呪いのため、不死と若さが保たれ、つまり身長もただ158センチしかないんだ。

 でも、居酒屋に行くって必ず飲まなきゃいけないって誰が決まったの?

 外の世界とは違って、あまり騒ぎを起こす人もなく、雰囲気も穏やかで、誰も私に触れようとしない。そこに行って端末を調整するのは良い選択だ。

 その日、カウンターで応接してくれたのは店長じゃなく、黒髪と緑の目の小さな女の子だった。厳密に言うと、髪の内側にはダークグリーンの色合いが入っていた。

 顔を見分けるのが苦手な私にとって、声だけで人を見分ける腕を磨いた。

 彼女は私を見て、まず居酒屋に入れないように制止した。158cmの身長があざ笑われたような気分になったが、幸いにも店長が間に入ってくれた。

 私:

「店長、いつものお願い。」

 白湯を頼んだ。ここでは全てが無料で提供されているが、他には興味がなかった。唯一の甘さを感じられるのは白湯くらいだと思う。端末を開いてデータの記録を始めた。

 居酒屋にはほとんど客がいなかったので、彼女は他の客をさばいた後、私の隣に腰を下ろした。

 コスダリカ:

「そういうことで、あなたがその、次現代から現在まで生き続けている殿ですか?」

次現代じげんだい」は、何千年も前に私が生まれた時代のことだ。詳しく話し出すとキリがないから、とりあえずその話は置いとく。

 私:

「『殿』なんて呼ばなくていい。ただ……」

 コスダリカ:

「【データ破損】様ですか?それはちょっと不自然ですわ。『導き手様』と呼ぶのはどうですか?」

 私:

「久しく誰かにそう呼ばれていなかったが、悪くない。」

 コスダリカ:

「ふふ、脳にデータを入力した人間なら、誰でも導き手様の尊名を知っているはずですよ!」

 私:

「不公平。どうして君は私の名前を知ってるのに、こっちは知らない?不公平!」

 コスダリカ:

「あ!自己紹介忘れてしまいました!やばいやばいやばい!!」

 コスダリカ:

「私はコスダリカです!父の居酒屋で働くのが嫌で、世界を冒険したい……見習い冒険者です!10歳です!健康です!誕生日は11月25日です!よろしくお願いいたします!」

 私:

「よろしく。」

 コスダリカ:

「導き手様、今外に出るのはダメですか?父が『外は危険だ』って言うんですけど……でも私、家にいるのはもう飽きちゃったんです!」

 私は店長を見た。店長の目には甘えと名残惜しさが滲んでいた。

 私:

「しかし、今もまだ脅威は完全に取り除かれていない。西暦時代の放射能汚染地域や自己増殖能を持つ感染体、植物に侵されたビルがいきなり崩れるリスクもあるかも。危険だ。君のお父さんは正しい。」

 コスダリカ:

「大丈夫です!常識として脳にデータをインプットしたときにすでに知っています!避難方法さえ知っているんです!」

 私:

「データ入力技術か。」

 コスダリカ:

「はい!『「万巻の書を読み、万里の道を往く」という古いことわざもありますし……データに誤りがなければ、そういうことです!」

 私:

「どうやら彼らはそのことわざを改ざんしていなかったようだ。」

 コスダリカ:

「え?あっ、でもまあ、とにかくまずその『万里の道』を歩きたいんです!映像を見るより、実際にこの足で歩く方がずっと効果的だと思うんですけど!」

 彼女が近寄ってきた。素早く隣の席に移った。彼女はその様子を見て、こっそりついてこなかった代わりに、両手を合わせて祈るような姿勢をした。

 コスダリカ:

「あのねあのね、導き手様、ちょっと外出する時の注意点とか教えてくださいますか?絶対ちゃんと覚えますから!」

 私:

「本当?」

 店長の目にちらっと諦めたような表情が浮かんだ。娘を言い止めるのをあきらめた店長を見た瞬間、私はすぐにぐずぐずしないで本音を言った。

 私:

「それ、細かく説明するけど、覚悟できてる?」

 コスダリカ:

「もちろん!私はこの大地を歩き尽くしますから!」

 私:

「わかった。でも一つ条件がある。」

 コスダリカ:

「なになに?ぜひ教えてください、導き手様!」

 私:

「今から10年ごとに、無事だと報告してくれる。これが私の端末の連絡先だ。」

 コスダリカ:

「完全にいいです!任せてください!でもなぜ10年ですか?5年や3年ではありませんの?」

 私:

「メールボックス開くのが面倒だから。」

 コスダリカ:

「なるほど!なら導き手様、早く教えてください!!その全部のこと、細かく説明してください!!」

 居酒屋を出たのはもう深夜2時だった。冷たい風が眠気を少しずつ払ってくれた。

 周りを見回して、監視カメラも人影もないのを確認したら、すぐに持ち歩いていた鈍刀を抜き、自分の大動脈をさんざんに刺した。

 研ぎ石を拾えないかな、今度。

 とはいえ、もう慣れてしまった。

 以上全部。


 2回目にコスダリカに会ったのは、封鎖区域だった。ちなみに、今の世界には「国」というものはなく、3つの常に変化する区域だけがある。

 1つ目は「安全区域あんぜんくいき」、いわゆる全ての人が住める地域だ。ここでは放射能濃度がみんなにとって受け入れられる範囲で、感染体の発生頻度も相対的に低い。ここでの「相対的」とは、その区域の住民が自力で感染体を駆逐できる程度を意味する。

 2つ目は「封鎖区域ふうさくいき」だ。ここは放射能の濃度が一部の人間しか耐えられず、感染体に突然襲われるリスクもある。

 そして3つ目が、「死減区域しめつくいき」。「死減区域」は世界で最も広い区域だ。

 そういった場所は、あるいは放射能濃度が正常な人間が許容できる範囲をはるかに超えているし、あるいは感染体の密度が極めて高い区域であり、さらにひどい場合はその両方を兼ね備えている。

「死減区域」には誰も入ることをおすすめしない。

 なぜなら、一旦入ると、この世に戻れない最後の道を歩むことになるからだ。恐らく、そのまま提蘭ていらん(地獄)を辿ることになるだろう。

 時が流れ、再びその安全区域に戻ってきたとき、すでに荒れ果てた無人の地となっていた。

 端末は警告を発していなかった。つまり、感染体に襲われることなく、静かに朽ちたのだろう。

 あの居酒屋は残念だった。店長にも、もう二度と会うことはなかった。

 理想的には別の場所に避難しているのかもしれないが、ここが「私」たちのいる「現実」だ。

「現実」では、彼の骨なんて、とっくに風に削られて灰になっているさ。

 ……

 もう慣れてしまった。

 今日も終わりのない旅路をあてもなく歩き続けている。

 季節が巡る。重火器がないと本当に不便だ。

 どれほどの時が過ぎたのか、覚えていない――そう言いつつ、本当は全部のことを昨日のことのように覚えている。

 廃棄されたテレビが積まれた川辺で成長したコスダリカと再会した。

 彼女は廃棄されたテレビの山の上で荷物を整理しており、足音に気づくと警戒しながらも顔を上げ、すぐに私に笑顔で手を振った。

 コスダリカ:

「また会ったね、導き手様!ちょうど無事の報告をどうしようか悩んでいたところなの!」

 でも今回彼女に会った時、私は誰だったかすぐにはわからなかった

 それもしょうがないね。もともと人の顔を覚えるのはちょっと苦手でね。

 私:

「……」

 私:

「誰?」

 コスダリカ:

「コスダリカですよ、導き手様!こんにちは!」

 10年まであと13日と10時間9分か。

 私:

「あ。こんにちは、コスダリカ。元気そうだな、相変わらず。」

 コスダリカ:

「導き手様、嘘です!私、ちゃんと成長しましたもん!前は10歳でしたけど、今はもうすぐ20歳になるんですから!それに、背も伸びましたよ!」

 コスダリカ:

「でも、導き手様は全然変わらないんですね!」

 身長のことでからかわないでおくれ!!このちっこい体こそが、私の萌えポイントなんだから!!!

 私:

「よくまぁ、すぐ20歳になるなんて言えるものだ。」

 コスダリカ:

「えへへ、導き手様と比べれば私なんてまだまだです!でも、旅を始めて、再び導き手様にお会いできたことで、この道を選んで正解だったと確信しましたわ!へへ!」

 コスダリカ:

「今は、こっちにもあっちにも誰もいないけど、十年前導き手様の教えと脳内にインプットした知識、それに幸運のおかげで、掘り出し物を見つけて生き延びることができています!本当にありがとうございます!」

 彼女はいっぱい詰まったリュックを見せた。

 コスダリカ:

「じゃーん!賞味期限100年のチョコレートエナジーバーですよ!1日1本でとても経済的ですし、死ぬまでに食べきれないほどの量があります。一口、いかがですか?」

 彼女はそのチョコレートエナジーバーを差し出してきた。その哀れなパッケージを見て、私は眉をひそめた。

 賞味期限が長いものは大抵まずい。

 普通の人間の食生活って、もうここまで簡便化されてしまったのか。

 私:

「いらない。チョコに毒を仕込むなんてあり得ない話しゃないしな。」

 この言葉を口にしたとき、頭はしっかりしていたことには確信がある。笑える話じゃないけど、妙に笑えてしまった。

 コスダリカ:

「誰がチョコレートに毒なんて仕込みますの!それじゃ暇すぎですわ!しかもこれはチョコレートではありませんし、エナジーバーですよ!」

 確かにその通りだ。あまりにも暇すぎで、人生で初めて人に向けて引き金を引いた。

 私:

「よく分かってるな。」

 ほんとに、退屈すぎる。

 コスダリカ:

「どうぞどうぞ!食べ物は、分け合ってこそ美味しいんですよ!」

 とはいえ、今の自分は別に何も食べなくても生きていける存在だし、仕方なくそれを受け取って、近くのテレビの上にぽんと置いた。

 コスダリカ:

「あのですね、導き手様!やっぱり、外に出て正解でした!でも今になって……どうしてもお話ししたいです!ちょっと困っていることがあって……。少しだけ、お時間をいただいてもよろしいですか?」

 私:

「根本から話して。」

 私は、あまり座り心地の良くないテレビの上に腰を下ろした。

 コスダリカ:

「やった!あ、それがですね、導き手様が去ったあと、私は旅に出る決心を固めました!それで、改めて頭にサバイバルマニュアルを全部叩き込んで、毎日体力トレーニングも始めました!」

 私:

「うん。」

 コスダリカ:

「そして!思い切って!家を出ました!」

 彼女は川辺の廃棄されたテレビの鉄くずを蹴り上げた。

 コスダリカ:

「それからここに来ました!どこだっけ……ああっあった!ここです!」

 私:

「何を。」

 コスダリカ:

「ここで端末をテレビに接続してみたこともあるんですけど、2台!ちゃんと映りましたよ!」

 私:

「すごいね。」

 コスダリカ:

「ちらつく画面の中で、過去のニュースが流れているのがかすかに見えたわ。」

 ニュース?こんなもん見る価値ある?世界でおやすみモードをオンにするのが禁止されていて、ニュースのポップアップのせいで、何度もMaster37やBeyond12のAPを台無しにされた。

 まあ、今ではどんな音ゲーの譜面でも難易度問わずAPできるね。

 コスダリカ:

「そして、昔の都市の映像が映し出されました!すごく驚きましたわ!!あんなに人がいたんですか!?しかも、あちこちに真っ黒でゴツい機械がいっぱいあって、長いのとか丸いのとかで、ずーっと人のこと撮ってるんですよ!」

 コスダリカ:

「なにそれ!?カメラですか?でもそれ完全に監視じゃないですか!こわっ!!」

 私:

「言った通り、それは監視カメラだ。」

 コスダリカ:

「監視カメラ?それがそいつらの名前ですか……分かりました!ずっとカメラだと思っていました……え……え??」

 コスダリカ:

「つまり当時の都市は本当にこんな感じだったんですね!」

 私:

「そう。」

 コスダリカ:

「あの頃の人たちって、きっとすごく生きづらかったんじゃないかと思います!なんていうか……その、何をしても見られてる感じ?ちょっと隠れてやりたいことも、全部見られちゃってた……とか?」

 私:

「彼らはそれに意識していなかっただけだ。それに、突然消えてしまう人も日々増えていった。」

 私:

「慣れればいいんだよ。」

 コスダリカ:

「あはは、そうですね!導き手様があの時代の生き残りで、私はもうすぐ忘れてしまうところでした!」

 彼女は笑った。

 その現実味のあるジョークが、どうやら本当にツボに入ったらしい。

 大満足。

 コスダリカ:

「それでね、その後もずっと前に進んでいました!どれくらい経ったのかはわかりませんが、道のそばに建物がだんだん増えてきて……でも、そのほとんどは崩れていました。導き手様が前に話してくれた通りですね!」

 私:

「へへ。」

 コスダリカ:

「その中に、ちょっと変わった建物群がありました。その建物群には広いスペースがあって、何かが置いてあったんです……。」

 コスダリカ:

「インプットされたデータによれば、それはバスケットゴールとか、サッカーのゴールとか、バレーボールのコートらしいです!すべてオープンエアです!」

 彼女が辿り着いたのは、おそらく西暦時代のモデル校の運動場だろう。

 次現代の時代と西暦の話をするなら、現在の紀年法も少し説明しておく必要がある。

 西暦とその紀年法は、原子爆弾の投下に伴って幕を下ろした。元号も。その後、人々は新たな紀年法――「東暦とうれき」を採用した。「東暦」は、「西」に対する「東」という名を冠することで、西暦の過ち(破滅)を繰り返さないことを誓ったのだ。

 しかし、この誓いも次現代の時代に崩壊した。

「次現代」は、東暦500年から東暦1015年までの期間だ。東暦500年、西暦時代の冷凍保存されたエリートたちが目を覚まし、かつての科学技術を一部復元した。それゆえ、この時期は「次世代」と呼ばれている。

 この時代の終焉は、東暦1015年7月27日午後5時48分46秒。

 その瞬間から、私は最初で最後の、本当の意味で「不老不死」の能力を持つ存在になった。

 そして、すべての元凶であるビリアンによって、治療不能のウイルスが世界に広がった。

 簡単に言えば、そのウイルスは人間を感染・同化させ、脳が萎縮し、思考を失い、生物を無差別に襲う感染体へと変えるものだった。

 感染体は自発的に建物を破壊することはないため、次現代期の建物はよく保存されている。

 それに比べて、西暦時代の建築物はどうなったのかって?

 万能ではない原子爆弾に聞いてみるといい。

 コスダリカ:

「でも、どこも他の場所と同じで、死んだように静かで、色もありませんでした。空は厚い雲に覆われていて、何かおかしいと感じたので、近くの低い建物の中に急いで避難しました。」

 コスダリカ:

「すると、外ではすぐにやや強い雨が降り始めました!」

 私:

「傘、持っていなかったのか?そんな基本的な準備を忘れるとは。君は私と違って、鈍刀で手首を切って問題を解決できるわけじゃないだろう?」

 コスダリカ:

「外に出てからまだそんなに経ってなかったんですけど、まさかあんなに雨が降るなんて思ってなくて……傘を持ってても意味ないくらい降るでしょって思い込んじゃって、結局持って行かなかったんです。」

 コスダリカ:

「小雨ならどこかでやり過ごせばいいかなって。そしたら、もう、めっちゃくちゃ降ってきて……!」

 私:

「運が悪いね。」

 コスダリカ:

「今ではちゃんと教訓を活かして、いつも傘を持ち歩いてますよ!あの時、ちょうどそこに傘入れの大きいバケツがあって助かりました!」

 私:

「傘入れのバケツ?」

 コスダリカ:

「はい!大きな部屋の出入り口には、青い大きなバケツみたいな傘入れが置かれてるみたいで……多分、青だったと思います。暗くてよく見えなかったんですけどね。」

 コスダリカ:

「その時、ちょうど食料もあまり残ってなくて、私はその建物に入ったんです。」

 コスダリカ:

「中は壊れた机がぐちゃぐちゃに積まれていて……でも、なんとなく、もともとはきれいに並べたかったんだろうなって。どうして歪んじゃったのかは分からないけど。」

 コスダリカ:

「壁には何かの電機がかかっていて、そこから音楽みたいなものが流れてました。途切れ途切れで、何の曲かは分からなかったけど、なんだか、悲しい感じの歌です。」

 その感覚には共感できる。

 西暦でも東暦でも、どんなに愚かな校歌であろうと、古びて傷んだ電機から途切れて流れてくると、少し切ない気持ちが込み上げてくる。

 だが、どうしてその古い電機がまだ電気を通っているのか、少し不思議だ。

 まぁ、普通のこと。

 コスダリカ:

「モーターのかすれた音の中で、『国のために尽くす、人類に奉仕することが我々の永遠の理想』みたいな言葉がかすかに聞こえたんですが、それに「あ〜」とか感情を込める声も混じっていて……」

 コスダリカ:

「そもそも『国』とか『祖国』って何なのか、正直、歌っている内容があまりよく分かりませんでした……。」

 私:

「『祖国』とは、自分たちの国――つまり、先祖たちが生きるために切り拓き、守ってきた土地のことだ。その土地に暮らす子孫たちは、土地への敬意と愛情から、それを守り続けようとする。」

 私:

「そうして、人と土地との間に自然と絆が生まれる。住んでいる土地を基盤にした縁故関係、つまり近隣住民との相互扶助によって育まれる絆――それが『地縁』だ。」

 私:

「そして、血縁による安定した集団関係が、その地縁をさらに強固なものにしていく。まあ、私はそれに特別な感慨を覚えるわけではないけれど。」

 コスダリカ:

「なるほど、祖国ってそういう意味なんですね!導き手様のおかげで、なんとなく分かった気がします。でも……やっぱり、ちょっと実感が湧かないというか。」

 コスダリカ:

「今の時代にも、まだたくさん空いている土地があったはずなのに、どうしてわざわざ同じ土地にとどまって生き続ける必要があったんでしょう?いろんな場所を巡って旅を楽しむほうが、よっぽど自由でいいような気がするんですけど。」

 私:

「それには、農耕文化が深く関係している。農耕を続けるためには、遊牧民のように移動を繰り返すのではなく、一定の土地に根を下ろし、環境に適応して暮らしていく必要があったんだ。土地と縁を結んだと考えてもいいよ。」

 私:

「先ほども話したが、血縁は理論上、安定した集団を築く基盤となり、その血縁を土台にして、周囲の助け合いを通じて形成されるのが地縁だ。」

 私:

「だから、昔の人々にとって土地とは単なる居場所ではなく、生活と社会を支える不可欠な存在だった。そして、この地縁こそが、後の契約社会を成り立たせる土台にもなっていったんだ。」

 コスダリカ:

「そうですか……」

 私:

「次現代になっても、放射線の影響はまだあちこちに残っているし、今も完全には消えていない。しかも人が多すぎる。まあ、それも当時あれだけ不動産バブルが加熱した理由の一つだったんだろう。」

 私:

「今では放射能の濃度はちょっと落ち着いたけど、その代わりに感染体がうろつくようになった。西暦の時代から、その土地はずっと汚染され続けてきたんだ。」

 私:

「ざっくり言えばそんな感じだ。これによって、正直、私自身もたまに思っている。」

 コスダリカ:

「何、何についてのですか?」

 私:

「血縁って、本当にそこまで大事なもんなのかって。ゲームのアカウントの方がよっぽど大事だろ?」

 コスダリカ:

「うーん……でも、人って普通、長く一緒にいれば、やっぱりそれなりに情が湧くものですよね?それに、親にとって子どもって、自分の血を半分くらい受け継いでいる存在だから、自然と大事に思うものだと……」

 コスダリカ:

「たぶん、そんな感じですよね?」

 コスダリカ:

「子供って、幼い頃に自分に優しくしてくれる人に対して、何かこう、依存みたいな感情を抱くじゃないですか?だから、血縁っていうのも、そういうのと関係して大事になった……とか、そういう感じなんでしょうか。」

 私:

「……」

 私の無言に対してコスダリカは少し気まずそうに息を呑み、視線をちらりとそらした。少し考えに耽ったあと、唇を噛みながら再び声をかけた。

 コスダリカ:

「え……そうですね……」

 さらに数秒の沈黙が流れ、コスダリカはうなだれた肩を上げながらふと口を開いた。

 コスダリカ:

「なんかよく分かんないです……ほんと、人間ってめんどくさいですよね……。」

 私:

「むしろソロゲームとなじんで感情を育てる方がいい。」

 コスダリカ:

「導き手様、本当にデータを脳内にインプットしてなかったのですか?」

 私:

「一度見れば全部覚えられるから、電力を無駄にする必要ないだろう。」

 コスダリカ:

「不思議ですね、導き手様!それに一つの引き出しを開けたら、中に反省文とかが入っていました。つまり、あの時代には授業という概念がまだ存在していたんですよ!」

 私:

「やっぱりそこは学校だ。」

 コスダリカ:

「え!もう学校って分かったんですか!?導き手様すごいですね!」

 私:

「常識さ。」

 コスダリカ:

「その反省文を少し読んでみたんですが、『学校の備品を壊したことについて』と書かれていて、具体的には『学校のトイレのゴミ袋を破った』ということが書かれていたんです。」

 私:

「うわ……汚いな。」

 コスダリカ:

「書かれていた内容はこうだったんです。『ティッシュを持っていませんでしたので、ゴミ袋を引っ張って破りました。』と。」

 コスダリカ:

「だけど、そのゴミ袋には清掃員がインクをこぼしていて、その後、クラスの先生に見つかって、ズボンも穿かせてもらえず、クラス全員の前で叱られたんだって……。」

 私:

「汚いもので拭くのは愚かだが、それでもそこまでの罰は厳しすぎる。」

 コスダリカ:

「反省文を書いたのは女の子だったようです。」

 私:

「人間は本当に自然の奇妙な創造物だな。」

 コスダリカ:

「クラスの前でズボンも穿かずに……それ恥ずかしすぎますよ。それに反省文まで書かされるなんて!彼女に非があったとしても、クラスの前でそんなことをするのはひどいです!みんな見ているのに!」

 コスダリカ:

「それにその後、彼女に水をかける人が現れたみたいです!」

 私:

「それこそが人間の多様性だ。ただ、これ以上話を深めると、審査に通るかどうか、通ったとしても酷評される可能性が高い。何か他にあったか?」

 コスダリカ:

「『審査に通ります』とは何の意味ですか?」

 私:

「その話はしたくない。」

 コスダリカ:

「うう……それから、成績表というものを見つけました!論理的に推測すると、データ入力技術のない人々がまだ学習をしなければならないことがわかりました。」

 私:

「古くさい成績表。」

 コスダリカ:

「導き手様は本当に強いですね!勉強ができる人は全部、本当にすごいですね!!」

 私:

「君だって学んでいる。人は常に何かを学んでいるものさ。」

 私:

「ただ、彼らは機械的に無意味な知識を学んでいただけだ。次現代の時代の学校も同じように、役立たない知識を詰め込んでいただけさ。」

 コスダリカは私に怪訝そうに尋ねた。

 私:

「データの中で、個々のケースはすぐに埋もれてしまうんだ。」

 私:

「残念。」

 コスダリカ:

「つまり、彼らの中には、朝から晩まで勉強をしている人がたくさんいますが、成績はそれでも良くなりません。」

 コスダリカ:

「そして、そんなふうに勉強を続けていると、やがて勉強以外の興味も失ってしまい、結局、成績も上がらず、とても悲しいことになりますね。」

 私:

「受験教育ってめちゃくちゃ害が多いね。」

 コスダリカ:

「でも、そうなると、たとえ成績が上がったとしても、精神にはかなりのダメージを受けますよ!すごく割に合わないと思います!」

 コスダリカ:

「なんとなく……そうですね、例えば、統合失調症になる可能性もあるかもしれません?」

 私:

「統合失調症……だよね。ちなみにその全部、どうして知ってるの?」

 コスダリカ:

「『日記』というものを見かけました!そこには毎日の出来事や、その日記の持ち主によるコメントが粗く記録されていました!」

 私:

「日記?」

 コスダリカ:

「はい!なんだかちょっと面白い気がします!」

 私:

「日記って、普通家に置いておくものじゃないか?」

 コスダリカ:

「分からないですけど……もしかすると、家族の誰かにその日記を勝手に読まれてしまうことがあるのかもしれませんね?そうだとしたら、日記を書く側としてはたまったものじゃありません!」

 コスダリカ:

「他人のプライバシーを平気で踏みにじるなんて、ちょっと信じられないです!悪すぎるです、それは!!」

 私:

「……」

 コスダリカ:

「でも、学校に置いておけば、たとえ鍵をかけていなくても、誰も勝手に開けたりしないんですよね。それって、この学校の人たちは意外とモラルが高いのかもしれません。」

 コスダリカ:

「……でも、そう考えると、さっきのような出来事が起こったのは、どうしてなんでしょう?基本的にみんな礼儀正しいはずなのに……。一部の人だけがそうなのか、それとも何か特別な理由があったのか……」

 コスダリカ:

「うーん、ちょっと気になりますね。」

 私:

「その学校は多分モデル校だろう。モデル校の生徒たちの素質が高かったのは、偏差値が高くて、礼儀を身につけた人や、幼い頃からしっかりとしつけられた人が多かったからだろう。そんな人たちは他人の物を勝手に見ることはしないものさ。」

 私:

「ただ、頭が良くても、環境的な理由で礼儀を教わってこなかった者もいるだろうが、それは例外に過ぎない……人間関係にまつわる話は本当に面倒だな。だからこそオンラインゲームが嫌いな。」

 コスダリカ:

「だどしたら、その家庭は……」

 私:

「彼女の両親が彼女の日記を見たと思うから、彼女は日記を学校に持って行ってこっそり書いていたのかもしれない。『部屋に入る』という口実を使って、彼女の秘密を探ろうとしていたのかもしれない。」

 私:

「まるで支配欲、独占欲、監視欲にまみれたロボットのように、子供の部屋に360度全方位監視カメラを設置して、四六時中監視していたんだろう。」

 私:

「でもよくよく考えてみると、人の行動を四六時中監視するなんて、もう西暦時代には普通にやってたんだよね。例えば、西暦1420年の古代中国には『東廠とうしょう』という組織がすでにあってね。」

 コスダリカ:

「とうしょう……?なんだかカッコいい名前ですね!」

 私:

「笑える。表向きには『治安を守るため』と言っていたけれど、実際は国の人々の動きを監視するための組織だったんだ。」

 私:

「軍や役所はもちろん、商人の集まりやお寺、学校にまで目を光らせていてね。見た目は店主や僧侶、旅人を装いながら、実は人々の言葉を拾っていた。」

 コスダリカ:

「ええっ!?そんなに色んなところにいたんですかっ!」

 私:

「そう。たとえば茶屋で誰かがぽろっと『税金が高すぎ』なんて言っただけで、それが大問題になることもあった。たったその一言で人生が変わる——いや、終わると言ってもいいかもしれない。」

 コスダリカ:

「お、おわっちゃうんですか!?それって……ただのつぶやきでも?」

 私:

「うん。特に恐ろしかったのは『密告』だ。誰が告げ口したのか分からない。隣人か、友人か、家族かもしれない。『家の中でさえ安心できない』というのがもう常識さ。」

 コスダリカ:

「それって……みんな毎日ビクビクしながら暮らしていたんですか?」

 私:

「さもないと、死ぬ。」

 私:

「まあ、今の東暦を見ると、また皮肉な話になる。ふっ。」

 コスダリカ:

「封、封建的君主制な家庭?それとも、距離感がない家庭?」

 私:

「前者だが、後者も含んでいる。」

 コスダリカ:

「はあ、それはつらいですね……かわいそうですね……。」

 コスダリカ:

「勉強もしなければならないし、技術力がないとデータ入力もできないなんて最悪だ!」

 コスダリカ:

「教科書をざっと見てみたら、内容自体はけっこう簡単だったんですが、聞いたところによると、分厚い本を何冊も覚えるだけでなく、訳の分からない山のような教科書以外の内容まで暗記しなければならないそうです。」

 コスダリカ:

「かわいそうですね!本・当にかわいそうすぎます!」

 私:

「3回もその『かわいそう』言った、君。」

 コスダリカ:

「うぅ……ごめんなさい……」

 私:

「いいの。続けて。」

 コスダリカ:

「その日記の内容をまとめてみました!日記には、勉強に対する敬意や憎しみ、愛情がぎっしり詰まっていて、国語に対する謙虚さや数学への愛憎が書かれていました……」

 コスダリカ:

「それと、『英語』って一体何なんでしょう?日記にはミミズみたいなぐにゃぐにゃの絵がいっぱい描かれていて……まさか、あれが『英語』なんですか?」

 私:

「それは人と人とが気持ちや考えを伝え合うための手段のひとつだ。ある地域では英語を『雅語がご』と呼ぶことさえある。」

 私:

「昔、人類文明の発祥地は互いに離れていて、交流が難しかった。だから、同じ文明の中の人たちがコミュニケーションを図るために工夫して生み出したのが『言語』なんだ。そしてその後、言葉を目に見える形で残すために、『文字』も生まれた。」

 コスダリカ:

「へえ!それなら、今私たちも『言語』を使って交流しているんですね!なるほど、これこそが言語ですね!」

 私:

「Yes.」

 コスダリカ:

「えっ?今のは何ですか?」

 私:

「英語だよ……こんな基本的なことも知らない?インプットするときに、言語や文字の意味を一緒に学んでないの?」

 コスダリカ:

「そんな『仮想的』なもん、覚えるのが難しいです!」

 コスダリカの言葉にどう返せばいいか分からなくなってしまった。

 次現代の「世界」は、思想的な都合のために、他のすべての言語を廃し、それらを使えた普通の人々さえも、様々な方法でまるで削除キーを押すように簡単に消してしまった。彼らが生きた痕跡さえも、この世から跡形もなく。

 残されたのは、私たちが今もっとも慣れ親しんだ、異端の思想を排し、可能な限り簡素化された言語——「共通語」。

 その語彙は思考の幅を狭めるために極限まで削られ、彼らは新たな歴史をでっちあげ、それを本物のように教え込んだ。思考の自由を奪いながらも、社会には網の目のような監視が張り巡らされ、思想の統一が図られた。

 だからこそ、彼らは「首位はすべての法に優先する」という条文を、世界の規則の第一条に据えることに、これほどまで自信を持っていたのだろう。なにせ彼らは、最も深く傷つけられた被害者であると同時に、最も広く人を傷つけてきた加害者でもあるのだから……。

 ……でも、実のところ、それだけじゃない。

「首位の権利」というのは、本当の世界を垣間見ることのできる鍵でもある。つまり、かつての首位たちは、世界の真実を知った上で、それでも欺き続けたということだ。

 あの人が話さなければ、たぶん私も、同じように人々を騙していただろう。

 ちなみに、私は自力で首位の座を手に入れたから、その権利も当然持っている。だから、これらのことを知っているのも、正規の手続きを踏んでのことなんだ。

 ……世界のシステムに侵入する能力はある。けれど、それを実際に使うかどうかはまた別の話だ。

 ……ここまで考えると、もう、それ以上は考えたくなくなるんだ。

 コスダリカ:

「と、とにかく、その日記はある日、突然終わってしまいました!書かれていたのは、よく見えない日付と『晴れ』の天気だけ書かれていて、それから——『アドレナリンって、なんだかビューグルスに似てる』って書いてありましたの。」

 私:

「その比喩は面白い。」

 コスダリカは手を挙げて自信満々に言った。

 コスダリカ:

「アドレナリンは分かるんです!」

 まるで先生に褒められた生徒のようだった。

 コスダリカ:

「でも……その、ビューグルスって、一体……何ですか?」

 私:

「おいおい君、子どもの頃は居酒屋で育ったんじゃなかったのか?」

 コスダリカ:

「それも、もうすぐ十年も前の話です!」

 私:

「ビューグルスってのは、胚を取り除いたイエローコーンミールを主原料に、ココナッツオイル、砂糖、塩、重曹、酸化防止剤としてジブチルヒドロキシトルエンが加えられているスナックだ。栄養成分としては、カロリー、タンパク質、脂肪、飽和脂肪酸、ナトリウム、塩分、炭水化物、食物繊維、糖類……まあ、よくある構成だな。」

 私:

「まさか今までチョコレートエナジーバー以外の物を口にしてないなんて言わないよな?」

 コスダリカ:

「はい、そうなんですよ……今の私はね、ちゃんとした冒険者なんですから!」

 ——反論は、できなかった。

 味覚というものが、今の私にはもういない。

 過去も、今も、食べ物について話す資格は私にはない。

 そう。

 とても昔、遥か昔、まだ味覚を持っていた頃にも、食べ物について話す資格もない。

 私:

「それで日記が突然終わったのか?」

 コスダリカ:

「うーん……そうじゃないみたいです。その最後のページに、『爆音が鳴り響き、警報が鳴る前に大地の静寂が引き破られた』って一文が書かれていましたが……」

 コスダリカ:

「……」

 コスダリカ:

「うん!それで、そこで全部終わりました。」

 言い終わると、彼女は自信を持ってうなずきました。

 私:

「本当?」

 コスダリカ:

「うん、終わりですね!でも、どう考えてもすごく唐突に終わった感じがしますよね!彼女の日記の続きを知りたかったのに、後は全部なしになりました!」

 私:

「それが西暦の終わり、核戦争が起こった最初の瞬間だった。」

 コスダリカ:

「ええっ!あの伝説の戦争はそんなに突然だったんですか!?でも、戦争って、準備とか交渉とか、そういうものが必要じゃないんですか?」

 私:

「平民の私たちにとって、戦争はいつも突然のものだった。突然宣戦布告がされ、突然原爆が落ち、突然命が奪われた。すべてが予期せぬ出来事だった。」

 コスダリカ:

「……突然、ですね。」

 私:

「……そうだ。誰も望まなくても、準備がなくても、ある日それはやってくる。まるで雨が降るように。」

 コスダリカ:

「一つお聞きしたいことがありますが。」

 コスダリカ:

「戦争って、本当に『意味』があるものなんでしょうか?」

 コスダリカ:

「勝っても負けても、結局は人が死んで、土地が壊れて、何もかも失われて……でも、命が奪われることに理由なんてあるんでしょうか?犠牲を払ってまで守るべきものって、本当に存在するんですか?」

 私:

「……ある者にとってはある。ない者にとってはない。」

 私:

「意味とは、人が後からつけるものだ。ほとんどが主観だが、そこに命がかかわれば、それはただの『現実』になる。」

 コスダリカ:

「現実……」

 私:

「戦争には『意味があった』と語る者もいれば、『何の意味もなかった』と沈黙する者もいる。どちらも嘘ではない。だが、真実でもない。」

 コスダリカ:

「現実……ですか。やっぱり、正解なんてどこにもないんですね。」

 私:

「そうだな。正解を求めるより、ただ進むことの方が大事な時もある。」

 コスダリカ:

「うーん……たしかに!止まっていたら、何も見えないままだし……」

 コスダリカ:

「そういえばね、さっきの区域にはもう何もありませんでした。その日記と傘を持って、さらに前に進みました。」

 コスダリカ:

「でも、前方の廊下は崩れたがれきで塞がれていて、進む道が完全に閉ざされていました。仕方なく、階段を上ることにしました。進むべき道が分からないけれど、他に選択肢はありませんでした。」

 コスダリカ:

「外の雨の音がだんだん静かになってきました。通路を曲がったんですけど、その瞬間、目に刺さるような光がパッと差し込んできて、本当に、すごく眩しかったんですよ。思わず目を細めて見たら、右側の廊下がまるで切り取られたみたいに見えて……たぶん、下の階まで崩れちゃったんだと思います。

 コスダリカ:

「夕陽が目の前に広がっていました。」

 コスダリカ:

「空は赤くて、ちょっと金色も混じってて、崩れたところに陽の光が反射してたんです。その光に照らされて、長い間動かなかった埃がゆっくり空中に舞い上がって、血みたいな光を反射してました。近くも遠くも、全部黒くて、建物も歪んで壊れた黒いシルエットばかりでした。」

 私は空を見上げた。空は澄んだ青色で、薄い灰色の覆いがかかっていなかった。不自然に感じるかもしれないが、これが現代社会が崩壊した後の景色ということなのだろう。

 何千年も、それに気づかなかった。

 コスダリカ:

「ちょうどその時、近くのまだ壊れてない部屋から、また電機の音が鳴り出して、ボロボロの音がまた、あの廃墟のあちこちに響いたんです。なんか感じるんですけど……」

 コスダリカは勝手にニヤっと笑った。

 コスダリカ:

「まるで世界の終わりを見たみたいな気がします。切なくて、でも少し感動したんです。」

 コスダリカ:

「もちろん、私はその時まで生きていけないことはわかっています。導き手様がいるからですね。」

 何か重いものを背負ってしまったような気がした。

 私:

「このシーン、撮ったの?」

 コスダリカ:

「いや、別にそういうのはなかったんです。確かに端末は持ってたんですけど、最初の安全区域に着く前にバッテリーが切れちゃって。予備のスマホも電池の減りがめちゃくちゃ早くて、端末と同じく充電できる場所もなくて……。」

 コスダリカ:

「唯一まともだったのは太陽光で動くカメラで、あれは途中まで写真撮れてたんですけど、あるとき廃墟が崩れて、生き延びるために泣く泣く置いてきちゃいました。」

 コスダリカ:

「そのあと、生活の記録ができる機械をなんとか手に入れようとして、物資と交換しようとしたんですけど……誰も持ってなかったし、生産ラインも止まってて、もう作られてなかったんです。」

 私:

「だから私に連絡できなくて不安だったのか。」

 コスダリカ:

「えへへ、導き手様のアドバイス、一応ちゃんと聞いてたんですよ!それで、そのあとあの日記に何か書いてみようとはしたんです。なんかこう、何千年前の誰かがバトンを回してくれて、それが今やっと自分のところに届いた、みたいな気がして。」

 コスダリカ:

「でも、実際書いてみたら、小学生の作文みたいな『絵を見て話そう』レベルの内容になっちゃって……結局やめちゃいました。」

 コスダリカ:

「記録としては役に立たなかったんですけど、物理的な意味では、ある場所でちゃんと活躍してくれたんです。」

 私:

「なんだか嫌な予感がする。」

 コスダリカ:

「ある安全区域で急に強烈な寒波が来て、そこにいた人たちは、燃やせるものを全部焚き火の薪にしていて、ちょうどそのタイミングで私が旅の途中でそこにたどり着いたんです。」

 コスダリカ:

「日記は所詮、身の回りの物でしかないから、みんなが暖を取るためにそれを火に投げ入れました。その物に執着はありませんでしたけど、住民の中には少し思い入れがあった人もいたみたいで……凍りかけた涙を拭いながら、紙を火にくべてました。生き延びるのが一番大事ですからね。」

 コスダリカ:

「それに、今さら何を記録するっていうんですか。頭の中に残ってればそれでいいじゃないですか。――これ、導き手様が言ってたことですよ!」

 私:

「それ、私を指針にしているわけ?」

 コスダリカ:

「導き手様は生存のプロですから!」

 私:

「それで、あの安全区域の人々は……」

 コスダリカ:

「本も、服も、ズボンも、機械も、火を起こせるもの、燃え続けさせるものは何でも燃やしました。」

 なるほど、以前マークしていた安全区域が突然消え、人骨すら残っていなかった理由が分かった。寒さをしのぐため、骨まで燃やして生き延びた結果だったのだ。あの安全区域って、あの時点でもう致命的な欠陥を抱えてたんだな。

 あそこには貴重な古代の遺物や書物が数多く残されていた。たしか、それらの大半は神々への祈りに関するものだったはずだ。しかし、神は人々を救うことはなく、それらは単なる縁起物に過ぎなかった。本当に役立つのは、唯物史観を使って現実的な問題に対処することだ。

 私のように肉体と魂が分離した存在がこのように考えるのは変かもしれないが、魂も一種の肉体であると考えれば、それほど不思議ではない。

 それらの書籍を振り返ってみると、たとえそこに書かれた記録が真実と異なるものであっても、文学的価値や過去の人々の生命と存在の証としての意味があった。

 だが、それらも生存の火が消えると同時に歴史の流れの中で完全に失われてしまった。

 あの時代の歴史も、もう二度と戻らない。

 コスダリカ:

「あそうそう、初めて車に乗ったんです!乗せてもらったんです!」

 私:

「まさかこの時代にまだ『運転手』が残ってるとは。」

 コスダリカ:

「ヒッチハイクだったです!廃墟だらけの荒野を歩いていたら、トラックがブーブーと音を立てて止まってるのを見かけたんです。運転席には誰もいなくて、『あれ?』って思って後ろを見たら、その運転手さんが廃墟に挟まれて動けなくなってたんですよ!」

 私:

「危ないね。」

 コスダリカ:

「そうです!たまたま私が通りかかって、たまたま助けを呼ぶ声が聞こえて、たまたま掘り出してあげたってわけです!」

 コスダリカ:

「運転手さんはお礼として、安全区域までトラックに乗せてくれるって言ってくれましたの。」

 コスダリカ:

「もちろん即答で『乗ります!』って言いました!だってさっきみたいに、またどこか崩れてくるかもしれません!」

 コスダリカ:

「トラックの荷台に座って膝を抱えて、ちょっと頭を傾けながら、夕陽がトラックの鉄板に映って流れていくのを、カタカタ鳴る音の中でずっと見てたんです。」

 私:

「また夕陽か。」

 コスダリカ:

「あはは、こういうのが『終末旅路』っぽいですよね?」

 私:

「その名前、いつから付けたんだの……」

 コスダリカ:

「導き手様が去った後に私が勝手につけた名前です!導き手様、それ、終末の世界の終わりの旅って感じでしょ?しかも『終末旅路』、人生で初めてで最後の旅になるかもしれないから、この名前が合ってると思います!」

 コスダリカは少し照れくさそうに、声を小さくして続けた。

 コスダリカ:

「もちろん、もっと素晴らしい名前があるかもしれませんが、万が一そうであれば、導き手様にご教示いただけますよう、心からお願い申し上げます!」

 私:

「悪くない名前だよ。ただ、夕陽がそんなに気に入らないけど。」

 コスダリカ:

「でも夕陽は、本当に綺麗だったんです。トラックの旅の途中で大型風力タービンがずーっと並んでる場所があって、あの大きなプロペラが一斉にぐるぐる回ってて……もう、すっごく迫力あったんです。」

 コスダリカ:

「でも、カメラもなくて記録もできなくて、描くこともできなかった……残念ですね!」

 私:

「想像できる。」

 かつて「Flowery」という癒やし系ゲームをプレイしたときの気持ちに似ている。

 コスダリカ:

「そしてついに、夕暮れ時にやっと――ううん、本当にやっと、安全区域にたどり着いたんです!」

 コスダリカ:

「すごく規模が大きくて、そこに一ヶ月も滞在しちゃいました。その間、本当にたくさん親切にしてもらって……だって、こんな風にただ旅してるだけの新顔なんて、珍しかったみたいで!」

 コスダリカ:

「もしまたチャンスがあったら、絶対もう一度行きたいなって思ってます!」

 だいたいどの安全区域か分かった。感染体の急増に弾薬が足りなくなって、結局誰一人として生き残れなかった、あの死減区域だ。

 そして、そこにいたものはすでに、すべてこの手で始末した。

 もう慣れてしまった。とはいえ、こうして話すのは……

 慣れないなあ。

 コスダリカ:

「ああ、導き手様!あの途中で断ち切られた高架橋から、まるで人造のソーセージみたいに長く繋がった車両がぶら下がっていましたよね……あれ、なんて言うんですっけ。昔の都市には、ああいうのがたくさんあった気がします。」

 私:

「地下鉄……いや、待て。高架橋にぶら下がってるってことは、LRTに違いない。」

 コスダリカ:

「そうです!あの高架橋が地面から突き出てたんです!まるで、かつての繁華な都市の中から、地底を突き破って出てきたみたいです!」

 コスダリカ:

「でも、よく見ようとしても見えにくくて……地面にガラスの破片がいっぱいで、光が反射してるんです。それに、昼間だったから、今と同じくらい眩しくて、目が痛いくらいでした。」

 私:

「……そこにガラス歩道橋があったのか?」

 コスダリカ:

「そうそう!まさにそれ!ガラスの破片とか、崩れたコンクリートとか、ちょっと触れただけで倒れそうな鉄骨の森の中に、突然スッと現れたのが――透き通ったガラスの歩道橋だったんですよ!」

 コスダリカ:

「ガラスの歩道橋って、見た目は綺麗だけど、よく見たら一部割れてるし、高架橋に比べたら明らかに作りも雑って感じだったんです。」

 コスダリカ:

「だってさ、その高架橋にはまだソーセージがぶら下がってたんですよ?それ見たら、やっぱり気になっちゃうじゃないですか、高架橋と……あとそのソーセージのことも!あれ、昔は何に使われてたんですかね、ほんと!」

 私:

「……最後の旅を終える頃には分かるさ。」

 コスダリカ:

「ねぇ、導き手様!教えてくださいよ、ちょっとだけでもヒントをいただけますか?」

 私:

「ネタバレはしない。ところで、割れたガラス歩道橋の向こうは荒れ果てていたか?」

 コスダリカ:

「まぁまぁですかね!見た目は先進的でしたよ!でも、それで話は終わります。」

 コスダリカ:

「導き手様が示してくださった場所のおかげで、いろいろと見て回ることができましたよ!次は、最初の旅では行けなかった場所に行ってみたいと思います!」

 私:

「……今も放射能濃度が安全基準を超えている場所に?」

 左目に鋭い痛みが走った。

 コスダリカ:

「だって、これは『終末旅路』ですもん!放射能?大丈夫大丈夫、きっと耐えられます!導き手様、心配しないでください!」

 私:

「好きにするがいい。」

 私は廃棄されたテレビの上から飛び降りて、彼女の背後に立った。

 私:

「少し用事があるから、先に行く。」

 コスダリカ:

「わかりました、導き手様!導き手様の旅が無事でありますように!」

 彼女の言葉には答えず、未開封のチョコレートエナジーバーを彼女に投げ返した。

 私:

「これ、私には必要ないから、君が食べた方がいい。」

 私:

「最後に一つだけ聞く。端末のバッテリーが切れていたのに、どうやって私が示した場所を知ったんだ?記憶で覚えたのか?」

 コスダリカ:

「完全ではありません!前に居酒屋にいた時、ちらっと見て少し覚えましたし、後で安全区域に行ったら、細かい情報を聞き出せましたし、地図を手に入れることもできました!」

 コスダリカ:

「正直、まだ行ったことのない場所は少ないですけど、今度はもっと深い探索をしようと思っています!」

 彼女は自信満々に親指を立てた。

 私:

「運任せか。いっそリンゴでもかじって海に投げ入れてみたらどうだ?海が陸よりも包容力がある。」

 コスダリカ:

「もちろんです!それに、ビーチはビーチバレーをするのに最適な場所です!スイカ割りも!あちらには葭の茂みがたくさんありますし、カニもたくさんいます。ねじまげられたような奇妙な超高層ビルも大半が倒れてしまいましたが、他にも……」

 コスダリカ:

「とにかく海辺は素晴らしいです!」

 私:

「また会おう。」

 彼女に背を向け、手を振って別れを告げた。そして自分で改造した端末を起動させた。

 端末の改造にはAVEという兵器の人工人格を参考にした技術を活用している。機械にも寿命があるため、AVEもかなり前に寿命を迎えていた。

 コスダリカ:

「うん!またね、導き手様!」

 将来の行動の便利さと手間を省きたいから、端末の部品の多くはAVEから回収して改造して使ったの。ついでに、端末の電池切れ問題も解決した。

 端末が世界地図を投影し、近くの安全区域にロックオンした。

 かつての狂信者も、いまや清掃者として即座に病原体の根絶に向かわねばならない。感染体に油断して襲われたくはないからだ。反撃はできるが、面倒なことこの上ない。

「世界OL」なんて、正直プレイする価値もない。

 だから居酒屋で端末を調整していたのだ。

 安全区域は、所詮人類が自ら指定した墓場に過ぎない。

 人はそこに定住し、自らの墓場を選ぶこともできるし、コスダリカのように終末の世界をさまよい歩くこともできる。しかし、機械は自ら選ぶことができず、ただそこに放置され、時にはちらつく画面を見せながら、やがて完全に死ぬ。

 機械の墓場、人の墓場、文明の墓場、そして高放射線区域。

 そろそろ夕陽と和解すべき時かもしれないな。

 ……かもしれない。

 超高層ビルの上に立っている。

 十年、二十年、五十年……七十年が過ぎても、あの緑は二度と現れなかった。

 私は、放射能濃度がいまだ正常値まで下がっていない場所へと足を踏み入れた。

 この区域に関する秘密協定は、目を通したことがある。

 市街全体に対して、合計四百発の核弾頭による全面的な絨毯爆撃。

 その結果、私でさえ大動脈に固定され、いつでも切り開けるようにされた鈍刀を準備しないと立ち入れないほどの死減区域となった。

 しかし、この程度で済んだのは、同時期の他地域と比べればまだましな方だ。

 彼女の最後の姿を見届けた。

 そこに残っていたのは、白骨だけ。

 衣服も、筋肉も、すべて腐り果てていて、そばに散らばった死ぬまで食べきれなかったチョコレートエナジーバーの包装で、かろうじて身元がわかった。

 これ、本当に食べられるものなの?

 私は彼女の骨のそばの土を軽く蹴って覆った。

 これで君はこの土地と縁を結んだのだ、コスダリカ。

 Requiescat in pace……Rest in peace.

 コスタリカの旅路は、こうして不完全なまま終わった。

 ……いや、終わったとは言えないか。彼女の骨はまだそこに残っているのだから。

 だが――魂も霊体も失われ、ただ肉体の骨だけが残された存在を、果たして「人」と呼べるのか。

 ――それでも呼べるだろう。

 本当の死とは、身体が息絶えることでもなければ、記憶から姿が消えることでもない。

 この世界に「存在した痕跡」すら完全に消え去るとき、人は本当に死ぬのだ。

 もっとも、研究によれば――人類が絶滅してから百万年もすれば、地球上の人間の痕跡は完全に消えてしまうらしい。

 その後もなお、酷暑、極寒、酷暑、極寒が繰り返されるだけだ。

 宇宙に満ちる原子は、我々を葬りはしない。だが、始まりの場所は荒れ果てたまま。

 結局、元の場所にぐるぐると彷徨っているに過ぎないのだ。

 ……もう慣れてしまっのに。

 空が、あまりにも青い。

 ……

 たぶん君はこう思うかもしれない。先ほど言った、意味のない、会話ばかりの小学生のような文章は誰に向けて書かれたんだろう。というのも、見物人にとっては、寒さと暑さの繰り返しや、栄華の尽きることなど、何も関係ないんだから。

 そうだろう、見ている人?

 今、この文字を見ている君だ。

 これから二度と君に会えなくなるのなら、では――

 おはよう。こんにちは。こんばんは。

 夜食があるなら、どうか楽しんでほしい。

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