第二章 廃墟都市、蠢く闇 続き
沈黙の中、風だけが廃墟を彷徨っていた。
折れた鉄骨がきしみ、壊れたビルの窓ガラスが小さく震える。
それらすべてが、かすかに呻くような音を立てる中。
暗がりから、低く静かな声が、確かに聞こえた。
「……シン。久しぶりだな。」
その瞬間、シンの心臓が一つ、大きく跳ねた。
剣を構えたまま、シンは闇を睨みつける。
だが、そこに姿はない。
あるのは、ただ、空気を濃く染める”存在感”だけだった。
「誰だ……?」
絞り出すように問いかける。
返答は、すぐには来なかった。
風の音が、ひゅうっと抜けていく。
時間だけが、じわじわと過ぎていく。
やがて、影の向こうから、ぼそりと答えが返ってきた。
「お前は、まだ思い出せないか。」
その言葉に、シンは僅かに眉をひそめる。
――思い出せない。
いや、違う。
心のどこかが、かすかに、引っかかっている。
だが、それが何なのかは、霧の中だ。
「……お前と、どこかで会った覚えはない。」
警戒を強めながら、シンは答えた。
影は、ふっと微かに笑った気配を見せた。
その笑みは、どこか哀しげで、どこか愉しげだった。
「そうだろうな。……今はまだ、な。」
低い声が、空気を震わせる。
シンは、緊張で指先に力を込めた。
この得体の知れない存在。
その一言一言が、まるで心を探るように響いてくる。
影は、さらに言葉を続けた。
「世界は、限界に近い。」
ぽつりと、まるで独り言のように。
「お前が守ろうとするものも、この流れには逆らえない。」
シンは、刃のような警戒心を込めて問いかけた。
「……脅しか?」
問いかける声は低く、鋭い。
だが、影はそれにも動じず、静かに言葉を紡いだ。
「警告だ。」
わずかに空気が震える。
「今は、まだお前に用はない。
お前は――脅威ではない。」
その一言に、シンの呼吸が一瞬だけ止まった。
脅威ではない。
それは、裏を返せば――
脅威になる可能性がある、と言外に告げている。
影は、わずかに身じろぎした。
その動きは、まるで靄が立ち上るように曖昧で、捉えどころがなかった。
「……いずれ、すべてがわかる時が来る。」
低く、断言するように。
それだけを告げると、影はふっと掻き消えた。
まるで、最初からそこには何もなかったかのように。
残されたのは、冷え切った空気と、シンの荒い呼吸だけだった。
シンは、ゆっくりと剣を下ろした。
指先が、微かに震えている。
(何だったんだ……あれは。)
胸の奥で、ざらついた不安が膨らんでいく。
今はまだ、世界は静かだ。
だが、確かに、何かが動き始めている。
シンは空を仰いだ。
割れたビルの隙間から覗く、薄暗い夕暮れの空。
そこに、かすかに――不穏な影が滲んでいた。