第二章 崩れ始めた世界
リッキーとの一戦から数日。
シンは、MSI本部の一室に待機していた。
正式な任務指示はまだ下りていない。
だが、空気は明らかに異常だった。
廊下を行き交う職員たちは、みな険しい顔をしている。
端末に映るニュース映像も、魔物出現、暴走事故、消滅した街――
どれも、世界が静かに、だが確実に崩れていく兆しを告げていた。
「……始まったか。」
窓の外を眺めながら、シンは呟く。
突然変異した魔物たちは、既存の討伐マニュアルでは対処できない。
それどころか、人間の精神を蝕み、都市機能そのものを狂わせる例も報告されている。
そして――
その異変の背後に、まだ姿を現さない「何か」の存在を、MSIは掴み始めていた。
コンコン。
控えめなノック音。
「失礼します、シン=クラヴィスさん。」
入ってきたのは、黒服の女性。
まだ若いが、きっちりと制服を着こなし、無駄のない動きで敬礼する。
「私は、MSI特務課のカナエ=シズカと申します。今後、あなたの任務サポートを担当することになりました。」
そう言って差し出された手。
シンは軽くそれを握り返す。
「よろしくな。」
カナエは緊張した笑みを浮かべる。
彼女もまた、この異常事態の只中にいることを自覚しているのだろう。
「それで、指令は?」
シンが問うと、カナエは小さく頷き、タブレット端末を差し出した。
画面には、いくつもの緊急案件のリストが並んでいた。
•首都近郊での魔獣暴走
•北部都市の消失
•南海の孤島に現れた未知の構造物
「……どれも、ヤバそうだな。」
シンは苦笑する。
そして、ふと気づく。
案件リストの中に、奇妙なマークが添えられているものがあった。
【機密指定ランク:Ω】
それは通常の任務とは明らかに違う。
極秘裏に進められる、“本当の”脅威対策案件。
カナエは小声で囁いた。
「……上層部は隠してますけど。
Ω案件は、どうも”到達者狩り”が関係してるみたいです。」
「到達者狩り?」
シンの眉がわずかに動く。
カナエは真剣な顔で頷いた。
「最近、到達者たちが――消息を絶ってるんです。
ただの行方不明じゃない。
……“消されてる”んです。」
シンは無言で画面を見つめる。
到達者。
それは世界に数えるほどしか存在しない、絶対的な力の象徴。
その彼らが、何者かによって次々に消されている――?
(誰が、何のために……?)
シンの中に、鈍い警鐘が鳴り響く。
家族の笑顔が、頭に浮かぶ。
(――守らなきゃならないものが、俺にはある。)
そして、背筋に走る、もう一つの直感。
この異変は、偶然ではない。
必然だ。
しかも――
もっとも大切なものにすら、牙を向こうとしている。
シンは、静かに立ち上がった。
「……行こうか。」
第二章、始動。
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