第一章 技巧と剛腕、激突の序章
「さて……。」
リッキーが肩を回しながら、にやついた。
重たそうな足取りで、ゆっくりとシンに歩み寄る。
「ちょっとだけ手合わせしようぜ。ここにいる誰もが、どっちが本物か知りたがってるだろ?」
その言葉に、周囲のハンターや到達者たちがざわめく。
だが誰も止めようとはしない。
むしろ、興味深そうに成り行きを見守っていた。
(……やれやれ。)
シンは内心で溜息をつきながら、無言で一歩前に出る。
右手は、ゆるやかに腰の剣に添えられた。
「構えないのか?」
リッキーが、嘲るように言った。
「……別に、構えるほどの相手でもないだろ?」
シンは静かに答える。
その瞬間。
リッキーの顔から笑みが消えた。
ドンッ!!!
地面が沈む。
リッキーが一歩踏み出しただけで、床材がきしみ、ヒビが走る。
そのまま、肉弾そのものの勢いで、拳を振り抜いてきた。
普通の人間なら、空気を裂くその音だけで気絶するだろう。
だが――
「……遅い。」
シンは一歩、横に歩いただけだった。
まるで、最初からリッキーの動きを知っていたかのように。
リッキーの拳は空を切り、巨大な鉄柱に叩き込まれる。
ズドォン!!
分厚い鉄がねじ曲がり、粉々に砕けた。
「ほぉ……?」
リッキーは笑った。楽しそうに。
再び、突っ込んでくる。
だが、シンはただ軽く体を捻り、リッキーの腕をすり抜け、
そのまま指先一つでリッキーの肩を押した。
――ガタン。
バランスを崩したリッキーの巨体が、わずかによろめく。
(今だ。)
シンは刹那に踏み込み、腰の刀を抜く。
――だが、切らない。
鞘から一寸だけ刀を滑らせ、そのまま鞘ごとリッキーの腹へ軽く打ち込んだ。
ゴッ!!
音は鈍い。
だが、リッキーの体は数歩、後ろに吹き飛ばされる。
「っぐ……!」
場が静まり返った。
誰もが、信じられないものを見るような目でシンを見た。
リッキー=ヴァルガス。
力の到達者。
怪力を誇り、数々の魔獣を拳で粉砕してきた男。
その巨体が――
小柄な男に、軽くいなされ、吹き飛ばされたのだ。
「……何だ、今の。」
「速すぎて、見えなかった……。」
「これが、“技巧”……?」
ざわめきが広がる。
リッキーは、吹き飛ばされた体勢を立て直しながら、顔を拭った。
そして、信じられないというように、ゆっくりと笑った。
「へぇ……。なるほど、面白ぇ。」
まるで、獣が獲物を見つけた時の笑みだ。
リッキーの目が、本気の色を帯びた。
「今度は、少しは本気出すぜ、チビ助。」
シンは静かに構えたまま、リッキーを見据える。
その瞳には、怒りも恐れもない。
ただ――
“技”への、絶対の自信が宿っていた。
そして、到達者たちの激突は、いよいよ本格的に幕を開ける。