第一章 MSI本部、牙を剥く者たち
車両は音もなく滑るように走り、MSI――魔物討伐機関本部へと向かっていた。
シンは窓の外に広がる街並みを眺めながら、静かに呼吸を整える。
ユヅとユウヒ、そしてサクラの笑顔が、胸の奥に強く残っていた。
(必ず、帰る。)
そう心に誓う。
やがて、巨大な施設群が見えてきた。
中央にそびえる塔には、MSIの紋章――『剣と盾、そして翼』が刻まれている。
黒服の使者たちは、慣れた様子で車を降りると、シンを先導した。
機密保持のためか、本部の中は一般の喧騒とは無縁で、冷たい空気が張りつめている。
廊下を歩くたび、遠ざかる日常の温もりが胸を締め付けた。
案内されたのは、広々としたブリーフィングルーム。
そこには、数人のハンターたちと、数人の――異様な気配を放つ者たちがいた。
彼らのオーラは明らかに違う。
ただ者ではない。
(――到達者たちか。)
すぐに理解する。
この空間にいるのは、シンと同じ、もしくはそれに匹敵する存在たちだ。
その中で、最も目を引いたのは一人の男だった。
筋骨隆々とした巨体。
漆黒のジャケットの下、隆起した筋肉がまるで鎧のように盛り上がっている。
短く刈った銀髪、鋭い鷹のような目。
まるで存在そのものが”力”を体現しているかのような、圧倒的な存在感。
彼は、シンを一瞥すると、鼻で笑った。
「おいおい、こいつが噂の“技巧の到達者”だとよ。」
揶揄するような口調だった。
「ちんけな技術でイキってるだけだと思ってたが……見た目もヘナチョコだな。」
その言葉に、周囲の空気がピリつく。
ハンターたちすら、息を飲んでいた。
使者の一人が、慌ててシンに紹介する。
「シン=クラヴィス氏、こちらは【剛腕の到達者】――リッキー=ヴァルガス氏です。」
リッキーは肩をすくめ、あくびをしながら言う。
「よろしくな、チビ助。せいぜい俺を楽しませてくれよ。」
シンは、静かにリッキーを見つめた。
怒りはない。ただ、淡々と、冷ややかに。
(ああ――こいつが、最初の壁だな。)
心の奥で、そう呟く。
リッキーはニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、
まるで獲物を前にした猛獣のように、シンを見下ろしていた。
物語は、静かに、だが確実に動き始めた。
そして、“技巧”と”剛腕”――
対極にある到達者たちの激突は、すぐそこまで迫っていた。