第一章 静かな朝、かけがえのない日常
朝の光が、カーテンの隙間から優しく差し込んでくる。
キッチンからはパンを焼く香ばしい匂いと、ミルクを温める小さな魔法炉の音が聞こえた。
「おとうさん、見て見てーっ!」
元気いっぱいの声と共に、息子のユヅがシンの胸に飛び込んできた。
まだ幼さの残る小さな手には、紙とクレヨンで作った拙い”剣”が握られている。
「お、これはまたすごい剣だな。」
シンはにやりと笑い、ユヅの頭を優しく撫でた。
「ボク、将来おとうさんみたいに強くなるんだ!」
「そうかそうか。なら、この剣で修行しなきゃな。」
シンはわざと大げさにうなずくと、立ち上がり、紙の剣を軽く振ってみせた。
ユヅは目を輝かせながら、シンの真似をして剣を振る。
リビングのソファには、サクラが小さなユウヒを抱きながら、穏やかな笑みを浮かべて座っている。
ユウヒはサクラの腕の中で眠たそうに目を擦りながら、むにゃむにゃと何かを呟いていた。
「ふふ……ユウヒも、大きくなったら、お兄ちゃんみたいに強くなれるかなぁ?」
サクラは、そっとユウヒに語りかけるように優しく微笑む。
シンはその光景を見つめながら、柔らかな眼差しで言った。
「強さなんて、焦らなくていいさ。元気で笑ってくれりゃ、それで十分だよ。」
その言葉に、サクラはふわりと微笑み返し、ユウヒの額にそっとキスを落とした。
パンが焼き上がる音が鳴り、魔法炉が自動で火を落とす。
何気ない、けれどどこまでも温かな朝――。
シンは心の中で、静かに思った。
(これが、俺のすべてだ。)
世界の頂点に立つ“技巧の到達者”でありながらも、彼が何よりも守りたいものは――
この、かけがえのない小さな家族だった。