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ミステリショートショートシリーズ

ショコラは空を飛ばなかった

掲載日:2025/01/03

長めのチュニックを来た大柄な女性の案内で、ドアが開く。

全体的に漆黒。


赤い絨毯、上にシャンデリア。

造りは石壁。

凝った内装で、かと言って豪勢過ぎるというのでもなく。


入って中央に絵画、二手左右に分かれて、上方に伸びる緩やかな螺旋。

階段。

表にはロールスロイスの車を見つけた。

本来なら、好んで来るような場所ではない。


「通行許可証」ということで、タブレットで確認され。

目顔。奥へ案内される。


左右の階段ではなく、絵画から下の。

一段、一段と地階へ下りていくようだ。







「演奏会限定の曲を弾くの。ただ、その曲は口外しちゃいけないことになっているから」


あの時、彼女が言った。


「普段のお仕事と、少し様子が違う感じ」


「そこまで凝っているの?」


と男。


「シリーズもののドラマでしょう? ピアノでの担当は」


「そう。でも今度の演奏会は別だしさ。方向性がちょっと」


と彼女。


「とにかくあなたなら、観に来てね」







「あなたなら」。


一応、限定で示す言葉ではある。

が、ひろく言って。

「変人」という意味にもとれる。


マイナス思考かもしれないが、やっぱり変わっているのには違いない。

何しろ、凝り過ぎている。


段々を下りて更に、奥へと案内される。

どこの方向も石壁で、正直寒いと男は思った。


コツコツ鳴る足音。

案内は一人ずつの様子。

正確に。かっきり。


やがて扉の前で、


「合言葉は?」


と訊かれる。

ふと見ると、美しく着飾った老婦人。

漆黒のベール。オパール。豪勢な飾り。


そう。ここが肝心な所で。

男は答えた。


「空港」







答えたのは、合言葉。

だが、その内容も少々変わっている。


「あなたなら」。


方向性も何も、場違いであろう自分がこんな演奏会へ来て、扉から内側へ入ろうとしている理由は?

と男は反芻する。


その一。


まず彼女との繋がりだ。

彼女も一応ピアノだが、男も一応触れなかったわけじゃない。

ぶっといギプスを巻くことにさえ、ならなければ。


その二。


合言葉は?

そう、とある「ダイイングメッセージ」である。


今日は誰のか?

明日は?


殺人事件なんて、頻繁に起きるもんでもないが、それでも人間同士。

すったもんだの、勢いに任せて、とか。

それ以外。


殺される側がそれを予め、わかって、メッセージを残した殺人事件。

なんてのも、ちょっと。あったりする。







警察でも何でもない。

男自身はそんな華やかな、というより憧れの的になるような世界には、首を突っ込めなかった。


報道中の情報。

殺人事件で、どんなことがあったか。

それより一つ突っ込んで。


「どんなものが残っていたか」


という部分。

男は、そういうのに興味があった。


無論、彼女もである。

そして、会場に来ている連中もだろう。


どうやって、殺人事件のダイイングメッセージにまで首を突っ込みますか?

そんなことはさておき。


いろんな事件のそれらが、演奏会に入るための条件だ。

今回のは「空港」。


そもそも、正解か。

合っているかどうかも、会場へ来てみないと謎である。

レパートリーは一つ以外にもあるらしい。







過去のレパートリー。

「G線上のアリア」。

「フーガ」。


死んだ奴はバッハと掛けて、何を伝えたかったのだろう?

犯人の名前?

逃げた方向?

所在地?

所属?


それこそ、警察に任せておくべき情報。

とにかく、男は入る。

今回が初めて。







舞台中央にピアノ一台。

これは、容易に予想がついていたが、まんまだった。


更に青と白を中心にした、眼に入る全体の色合い。

「空港」なのだろう。


ここまで凝るのか。


青と白と黒の対比。

あるいは、チュニックか。

ドレスか?


会場の席へ腰掛けている全員が正装かドレス。

そして黒が多いので、全体で色の対比が見事、とも言える。


何度か、照明がついたり、それもゆっくり、消えたりした。

その度、ドアマンの数が更に増える。

男は気が付く。


「何か、異常でもあったんでしょうか?」


落ち着かない客席。

それへわざと面白がって、男は落ち着かない様子で隣に話しかけた。


「照明系統とかでは?」


と隣。


「あなた、何件ぐらいですか」


これには男もピンと来た。

見た方々の事件、その数のことだろう。


「たぶん十件くらい」


「そんなにあるもんかねえ」


と薄ら笑いの隣。


「私は六件がせいぜいでした」







「口外してはいけないわ。ここで起きたことはね」


薄ら笑いとは違って。

男の眼を見て、にっこり笑いかけた老婦人の。

あの入口で言い残した言葉。


残した、か。

何か今の場合、ダイイングメッセージみたいだな。

と男には思えた。


何にせよ「空港」がダイイングメッセージで、一体何を伝えたかったのだろう?

それすらも、男はよく知らない。


被害者はガトーショコラの入った皿と洋酒を傍に、テーブルに突っ伏して死んでいたという。

毒殺が疑われる事件。


「空港」と、一体なんの関係があるのだろう?

しかも会場まで、空港のよう。

ダイイングメッセージの装飾と来た。






中央の彼女もまた、漆黒のドレス姿。


「口外してはいけない」と演奏会前に言われていたが。

曲名。

果たしてどんな?


空港のイメージに凝り過ぎているせいか、中央スクリーンに文字を映す手間は省かれた様子。

お陰で、


「彼女が仕事にしているドラマの担当曲とは、方向が全く違う曲だ」


という印象しか、聴衆には伝わらないだろう。

と男は思った。

当然、自身にも。


雪の降る演出。

実際、上から降りてくる。


「照明は、降って来る演出と相性が合わなかったんでは?」


と隣。


幕間での会話。

それを聞いて、何人かが笑った。


笑うところだろうか?

男にはだんだん疑問に思えて来た。


ダイイングメッセージを知る者限定といって、意外に聴衆が多いこと。

もっと、少なくてもおかしくないはずだ。


さすがに、更にあのメッセージに寄せるのだろうといっても。

被害者を連想させる、ガトーショコラを幕間に配るのは、やり過ぎでは?


「演出、楽しんでいただけましたでしょうか」


とステージの彼女。


「ここからは、ある人のための曲です……」


演奏中の、方々の演出は当然止まない。

男は実に奇妙な気分だった。


一体、楽しむとは?


盛り上がりが目立ってきた中盤。

男は、ステージの照明がちらついたのに気が付いた。


降る。

落下する。

今度は雪でも紙でも、水でもない。

天井板。

それも、ステージへ。

   

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