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 その日の午後、急遽城の庭の一画でお茶の席が設けられた。

 エルドレッドからの招待状が届けられる前にアシェルの計らいで開かれたその茶会の参加者は、ジュディスとエルドレッドのふたりのみ。


 昼前にあった筈のリリアーヌとの見合いの席とはまるで違っているに違いない。

 リリアーヌとラヴィニアは、今日という日の為に国中から高価で珍しい菓子を取り揃え応接室の椅子やテーブルまですべて新調していたのだから。


 それに比べて庭のガゼボにお茶とちいさな焼き菓子がふたつずつあるだけの、本当に簡素な設えにジュディスは情けなさに頬が熱くなった。

 とても友好国の王子との顔合わせとは思えない質素さである。

 ジュディスの服装も『お前はエルドレッド王子の目に留まらないように外回りでもしていなさい』と母に言われて、朝から孤児院への視察に出されていたところを急遽呼び戻されたので、特に大きな汚れがある訳ではないが丈夫で簡素なデイドレスのままだ。

 着替える時間さえ貰えなかった。辛うじて髪の乱れを直し、口の紅を差し直したきりだ。焦げ茶の髪には髪飾りひとつ着けていない。


 王妃ラヴィニア曰く、「見合いという形式ばったものではなく、というエルドレッドの申し出を立てた形であるから大丈夫」だという。

 そういう建前ではあろうが、王妃とリリアーヌによる意趣返しであることは間違いない。


 たぶんきっと、いいや間違いなく、エルドレッドから見合い相手の入れ替えを断られたのだろう。


「はじめまして、コベット国第一王子エルドレットです。お会いして頂けて嬉しく思います」

「フリーゼグリーン王国第一王女ジュデスと申します。有名なコベット国の第一王子殿下にお会い出来て光栄です」


 堅苦しくないお茶の席をという事だったからだろう。

 友好国の王族としての初対面の挨拶にしては簡素過ぎる自己紹介を交わす。


 招待状はエルドレットから出されたが、会場はジュデスの住んでいる城だ。

 色々ちぐはぐではあったが、ジュデスにとってこれから始まるのは婚約者候補同士の顔合わせというより、見合い相手を入れ替えて欲しいという申し入れだ。

 仰々しくなくて良かったとすら思った。


 

 侍女が、ラヴィニアの好きな華やかな花びら入りの紅茶をふたりのカップへと注いで下がる。


 そうは言っても開放的な庭ではあっても未婚の王子と王女を本当にふたり切りにはできる筈もなく、少し離れたところに置いてあるティーワゴンの傍に紅茶を淹れてくれた侍女が控えているし、エルドレッドの後ろにもコベット国からついてきた侍従が立っている。

 護衛と兼任なのか騎士のような立ち姿だった。そこにふいにかつての自分の護衛騎士の姿が重なって見えてジュディスの胸がツキリと痛んだ。


 紅茶が花びら入りなのは、侍女は普段王妃付きの侍女で、この会話の内容はすべてラヴィニアへ報告するというサインだ。ジュディスがこの見合いに後ろ向きだということにアシェル王が言い逃れをしてしまったそうなので口裏を合わせるように言われている。更に『ちゃんとリリアーヌとの婚姻を薦めるのよ』との厳命つきだ。

 ジュディスがちゃんと従ったか、それを見届ける為にいるのだろう。


 時間を掛けても仕方がない。

 今となっては、ジュディスにはこの見合いを断り、リリアーヌとの婚姻を薦める事しか許されていないのだから。


「あの……何故、私なのでしょうか。リリアーヌなら貴方の求婚に喜んで頷くでしょう」


 ふたり切りになってすぐに切り込んだジュディスを見返すエルドレッドの視線は、完全に面白がっていた。


 その視線から逃れようとジュディスは視線をカップへ落した。

 口元へ運ぶと、ふわりと濃厚な花の香りが立ち上り、母の顔が頭に浮かぶ。


「だって私は、美しくありませんのに」


 つい本音が零れ落ちた。


「美しくないとは? 私の目からはあなたはとても美しい。王族として磨き抜かれた流れるような所作は、見惚れてしまうほどです」


「そんなの詭弁です。美しさの種類が違うって分かっていらっしゃる癖に」


 「これは重症だ」と、エルドレットは前に座っているジュディスに聞こえないような小さな声で愚痴た。


「顔の造作に関しても、私にはそれほどあの妹姫とあなたの違いなどないというのが正直な感想ですよ」

「うそよ」


「ふむ。本当に重症だ。私が感じた通りの感想を述べているだけなのに、あなたはそれを否定されるのですね?」

「それは……失礼しました」

「コベット国では、心の在り方は表情に出るようになると言います。心が美しい人はより美しくなり、性根がねじ曲がっている人の口元や目は歪んでくる、と。あなたはきっと、美しい王妃になるでしょう」

「……心の在り方が、表情に?」

 思わぬ言葉に、ジュディスの胸がキュッとした。



 オウム返ししたジュディスへ鷹揚に頷き返すと、「私はそう信じていますよ」と笑顔で告げたエルドレットは、ゆっくりと、それこそジュディスよりずっと綺麗な所作でカップを持ち上げ口元へと運ぶ。


「これは、独特な味がしますね」


 目を白黒させたエルドレットの表情に、ジュディスの視線は引き寄せられた。

 熱くなった頬が赤くはなっていないか心配になった。


「これは、母の好きな紅茶なのです」

「あぁ、なるほど」


 ちらりと視線を、隅で控えるこの紅茶を淹れた侍女へと動かした。

 どうやらジュディスの前にいる異国の王子様は、噂通り与えられたちいさなヒントひとつあれば、正しく答えを導き出せるらしい。


(それにしても、本当に美しいのは、この方だわ)


 リリアーヌやラヴィニアのような甘さはまったくない、まるで有名な芸術家が精魂込めて造り上げた彫像のような研ぎ澄まされた男性的な美だ。

 ジュディスはこんなにも美しい人の横に立つ勇気などまったく以って持ち合わせていなかった。


(絶対に、断らなくては)


 母や妹、そして兄から言い含められたからということも大きいが、自身の未来の為にもそう誓う。


「やはり、私には無理です。どうか妹を」


 エルドレッドにとってはこの訪問が終われば忘れてしまえる程度のことでしかないかもしれないが、ジュディスにとってはこの後長く続く母国での生活がどうなるのかが掛かっている。まさに死活問題だ。


 エルドレッドはジュディスの必死の要求を前に涼やかな表情を一切崩すことはなかった。

 美しい所作でカップを手に取り、温かい紅茶を口に含んで()を取ると、「どうやら建前は必要とされないようですね」と笑顔で応えた。


「我がコベット国の民の為ではなく、自身の為に金を喰い潰すだけの者を、未来の王妃として送り込もうというのですか。なるほど、フリーゼグリーンの王女殿下は我が国の没落をお望みでしたか。最小限の出費と手数で友好国となったばかりの国を潰す方策を選ばれるとは。さすがですね」


「し、失礼ではありませんか!」


 確かに。リリアーヌを嫁入りさせた家は破産するだろうと考えたこともある。

 だがさすがにコベット国の国庫を食い潰すほどではないだろうし、それこそ優秀な夫に上手く操作して欲しいと願っている。


「エルドレッド殿下なら、リリアーヌのその辺りについても上手く対処して頂けるのではないか、と。その手腕を信頼しているのです」


 噂に聞く手腕とカリスマ性が本当ならば、リリアーヌ如きを上手く掌で転がすことも容易だろう。

 男性との会話をスムーズに運ぶには、相手の男性を持ち上げることだ。

 そうして期待通りに、ジュディスの言葉を受けて、エルドレッドはこれまで見たことも無いような笑顔を浮かべた。そうして、柔らかな声で問う。


「その手間を私が掛けるメリットは?」


 あくまでも、声のトーンは柔らかく、静かだった。

 しかし、確実にジュディスの言葉の弱点を突いている。


「それはその、リリアーヌは愛らしいですし、きっとエルドレッド殿下の横に立ったらお似合いですわ。ふたりが並べば、まるで絵画の中のようです」

「私の結婚には、絵空事ではなく実利を求めたいですね。そもそも、見目麗しいだけの伴侶なら、わざわざこれほど遠い国まで探しに出なくとも我が国で事足りるこことです」


 薄笑いで答えるエルドレッド殿下の表情に、ジュディスは焦った。

(怒っている)

 ジュディスの言葉は、リリアーヌの美しさというたった一点でコベット国の令嬢すべての美しさや才覚をも上回るものだと言ったのと同義だった。その事にようやく気が付いた。


 リリアーヌは確かに愛らしいし、美しい。自分の魅せ方を知っている。だが、それだけだと一番よく知っているのはジュディスであるのに。


「失礼しました。決して貴国のご令嬢方を軽く見たつもりではなかったのです。ですが、その、表現の仕方が悪かったようです」


 目の前の王子は目を眇めて笑みを作り軽く頷いてくれたけれど、あまり許された気がしない。

 自国の令嬢たちの美醜についての発言をするつもりはまったく無かったけれど、そう受け取られても仕方がなかった。迂闊な言葉選びをしたことを悔やむ。

 不自然にならない程度に話を逸らすことにする。


「そうですよね。殿下の、幼馴染みの侯爵令嬢も、とてもお美しいと聞いております」


 縁談を持ち込まれ急遽集めたエルドレッド殿下周辺の話題で、唯一の女性に関する情報は幼馴染みの侯爵令嬢のものだった。


 仲の良い幼馴染みの令嬢との婚約の話題をひと言で切り捨てて大泣きさせた、というものだけ。

 もっともそのご令嬢がまだ十にも満たない幼い頃の話で、微笑ましいエピソードとして国では語られているらしい。

 少なくとも、留学から帰ってきた者たちから聞いた限り、共通していた。


 ジュディスとしては、まだ完璧という評価が固まり切る前のエルドレッドのやらかしを揶揄いつつ、幼馴染みとのほのぼのとしたエピソードで場を和ませ仕切り直すつもりであったのだが。


「ペイター侯爵令嬢のことでしょうか。努力家で、とても愛らしい令嬢ですよ。まだお披露目はしていないので内密にお願いしたいのですが、弟の第二王子ヤミソンとの婚約が決まりました。弟はずっと彼女の事だけを想っていたのを知っている兄としては喜ばしい限りです。彼女は美しいだけでなくとても勉強家で博識なので、輿入れしてきた貴女ともきっと仲良くなれるでしょう」


 さらりと内密の話を耳打ちされて、震える。正直、やられたと思う。

 なによりジュディスとの婚姻を、まるで決定事項のようにさらりと話を続けられてしまった。

 完璧すぎるスマートな会話の運び方に、笑顔の仮面。どちらも、ジュディスでは会話だけで突き崩すことは難しいようだ。いや、無理だ。


「さてあなたの質問は、『何故リリアーヌ王女ではなくジュディス王女殿下なのか』で宜しかったでしょうか?」

「……はい」


 脱線させてしまった話題を戻される。

 ホッとすると同時に、何故かこれから死刑執行の宣告を受けるような、そんな緊張が身体を走っていく。


 自慢ではないが、ジュディスにはリリアーヌのような美貌はない。女性らしい身体のラインをしている訳でもない。どちらかといえば高くなりすぎた身長は男性から疎まれることも多い。


 物理的な威圧感はあっても尊敬を含んでいる様なものでは無いから王族としての存在感は薄いし、知識量こそ多いがユーモアに疎いのでウィットに富んだ話術で魅せることもできない。


 王女として国を繋ぐ貢ぎ物となること。それこそが王族に生まれた自分の運命だと理解はしていても、あまりにも女性として無いない尽くしすぎて、エルドレッドのように眩しいほどまっすぐに世界のリーダーとしての道を歩んでいる横に立つ自信がまったく持てない。無理だ、と思ってしまうのだ。


 勿論、ジュディスだって自分の未来について思い悩んできた。


 国内外に関わらず王家に生まれた姫のひとりとして嫁した先で必ずフリーゼグリーン王国の為となれる存在になる覚悟はある。その為に自身を研鑽すべく努めてきたつもりだ。


 けれど、そのジュディスの覚悟は別として、もしかしたらたとえば国内の貴族へ下賜品として降嫁することとなったとして、第一王女との婚姻により王族との縁を結ぶことへの喜びはあっても、ジュディスを正妻とすることには喜びどころか嫌悪を持たれてしまうのではないかと。


 当然、友好国へ嫁することにでもなったら、嫌がらせの類だと受け取られてしまうのはないか。正妻という地位のみを与えられ、冷遇されるのが関の山だろうと。


 ならば兄王子の治世を助け、国の平和と秩序が保たれていると確信できたなら、ひとり静かに修道院に入り、王族として神に祈りを捧げる生活を送る道もあるのではないかと考えてすらいたのだ。


 それなのに、今、世界中の独身女性から最高の結婚相手とされているに違いないコベット国エルドレッド第一王子から申し込まれていることが信じられない。


 なにかジュディスの知らない想像もつかないような裏があるのではないか。



「これは失礼した。婚姻の申し込みをしておきながら、あなたを選んだその理由をお伝えしていなかったとは。私の不手際です。訝しまれて当然でした」


 不自然なほど大仰な言葉と手振りだった。

 これは、間違いなく、最初の申し込みの際に理由が明記されていたということだろう。


「隣へ、座っても?」


 頷けば、開いていた隣の空間へエルドレッドが椅子を移動してくる。


 そうして、すぐ横に座られ顔を覗き込まれてしまって、ジュディスは息が止まりそうだった。


 深い青の瞳がまっすぐにジュディスだけを見つめている。


(顔が、いい)


 長い青銀の睫毛に縁どられた切れ長の瞳に灯っている熱は、恋を感じさせるものではない。

 そうして形の良い唇が奏で始めた言葉も切ない恋心ではなく、ジュディスの知性を褒めたたえるもの。


「君が書いた災害時の緊急協力体制に関する論文を読ませて貰いました。民が必要とするものが分かった上で、きちんと指導者として必要な視点も持って書かれていて興味を持ちました。これを書いた人が、欲しいと思った。それでは婚姻を申し込む理由に足りませんか」


「災害時の、あれを?」


 その論文は、まだ王女として希望に満ちていた頃に父王への提言として書いたものだった。地方領主ごとに主権を分け与えているこの国のやり方は、有事の際には初動に優れる。しかし、広域に被害をもたらすような大きな自然災害時には、お互いに責任を押し付け合ったり、また行政の救いの手が同じ地域に集中してしまうなど混乱が見られることもしばしばだった。

 だから私は、情報網を構築し、協力体制を取り易いような組織を立ち上げるべきだと資料を集め精査したたき台を作ったのだ。しかし──


「父上どころか兄上にも、この国の文官たちにすら取り合って貰えなかったアレを?」

「この国で認められないのは、女性の政治への関与は極めて限定的だから、でしょう?」


 そう。王妃の代理としてボランティアに参加したりイベントの名目上の主宰者として会議に参加することは許されても、女性王族でしかない私には、統治に関する会議に参加することは許されていない。


 このフリーゼグリーン王国では、王妃ですら、王位継承権者たる男子王族がいない状態で国王が崩御した時にのみ、臨時にその位へ就くことができるだけだ。そうしてその地位すらお題目であることが求められ、実際には宰相を中心に大臣たちが相談して政を進める。


「コベット国は違います。女性王族にも王位継承権はあるし、能力さえ示せば幾らでも仕事をすることができる。あなたの知識と、見識を役立てる場所が、活躍できる場を提供できます」


 それはジュディスにとって、何よりも魅力的な提案だった。


「私は努力する人が好きです。私の横に立ちコベット国を共に支えてくれる人は、見目の美しさより、民の為に努力ができる方こそを選びたい。私になにかあった時には代わりを務められる才覚のある方がいい。民への敬意を持ち、民から敬愛される女性がいい。王族としての義務を知り、背中を預けられる方。私は、ジュディス・フリーゼ王女殿下、あなたの手を取りたいと願っております。あなたは知的好奇心に富み貪欲に知識を蓄え、そうしてそれを民の幸せな生活の為に活かす術を常に探ることができる素晴らしい方だ。そんなあなだから、妻に迎えたいのです」


 ぎゅっと手を握られて、瞳を見つめられる。


 この美しい深い青の瞳にジュディスに対する恋の熱はない。

 けれど、国を背負って立つ者として国を善くしたいという情熱が見えた。


 今回、見合いの申し入れをされたと聞かされてからぼんやりと抱き始めた、素敵な王子様から熱烈に愛されて求婚されるという夢は、どうやら叶いそうになかった。

 乙女っぽい夢が破れたことについては、元々あり得ないと自分でも分かっていたのでそれほどのダメージは受けなかった。勿論、ゼロではない。だがショックというほどでもなかった。


 けれど、それでも良かった。


 エルドレットの持つ国への熱い想い。その想いは、ジュディス自身にも伝播してやりがいという熱を灯した。


 なによりもエルドレットは間違いなくジュディス本人を求めている。

 その事実だけで、握り締められた手が、胸が熱くなる。


「……すこし、考えさせてください」




「勿論です。私が滞在できる時間は長くありません。けれど、この滞在中にどうしても縁組を、とも思っていません。あなた以外の候補者もいない現状、あなたが私の手を取って下さることを願うことしかできませんから」


 にこやかに笑って手を離された。

 席を元の位置へと戻したエルドレットから、災害時の緊急協力体制に関する論文について、いくつか質問を受けた。


「領主主導で街を区画分けして、その中で避難の介助が必要な者がいるか定期的に調査しておいたり、救助に向かう為の人手を当番制で持ち回りにするのはとても面白いと思う。持ち回りにすることで避難経路を共有できる。倉庫街を避難先に決めておくのも、確かに有効だと感心したんだ」

「ありがとうございます。どの国であろうとも、備蓄庫や倉庫を設置している場所は比較的に災害の少ない場所がほとんどでしょう。大水に攫われたり崖崩れの危険がある場所に収穫物や商品の在庫を置いておくことはしませんもの」

 勿論、物流の拠点であることは間違いないが、その分、建物を頑丈にするなど対策は取られている。補助金を出して、そこに避難の為の空間を確保して貰うことは新たな拠点を作るよりずっと捗るに違いない。


「災害が広範囲に及んでしまって、救助の手が足りなくなった場合は」

「それだけ大規模災害になった場合、領地だけでなんとかしろと突き放してしまうのではなく国から騎士団を派遣し、中心になって救助や復旧に務めるべきだと思うのです。助けて貰えると思うからこそ税を納める気持ちも前向きになるのではありませんか」

 他国の侵略から自分達の財産や命を守るという形で興った国がほとんどだ。

 しかし、こうして友好国協定が次々に結ばれていく中、国として安寧ではあるが民の国への想いは弱まっていくことになる。その代わりに、災害や犯罪による被害を最小限に抑えることができれば、民の国への想いは弱まることもないだろう。


「お金を出し合って備蓄品を用意したとして、隣接した地で両方が災害にあった場合の優先順位についてはどういう対処法を想定しているのだろうか」

「出資金による割り当てを、そのまま当て嵌めるのが一番遺恨が残らないと思っております。ですが、被害の受け方にもよりますし難しいですよね」




 未婚の男女として礼儀正しい距離感を保ったまま交わされる会話は、始終見合い代わりのお茶の席のものとして相応しいとは思えない堅苦しいもので終わってしまった。


 それでも、侍女が「そろそろお時間ですので」と止めに入ることになるほど、会話は熱の籠ったものとなった。


「失礼しました。つい、ジュディス王女との会話があまりにも実のなる物であったので、時間を忘れてしまいました。滞在中に、是非またお会いしてくださいますか」

「……そうですね、お返事もしなくてはいけませんし」

「ありがとうございます。では、またすぐに招待状をお出しさせて頂きますね」


 手を取り椅子から立ち上がらせてくれただけでなく、庭から王城内へ入る入口までそのままエスコートしてくれる。


「本日はお時間を頂きありがとうございました」


 ちゅっ。


 手を引き寄せられ、その指先へキスを贈られる。


 侍女からの「次の予定が詰まっております。お早く」という声に急かされるまま、ジュディスは城内へ戻る。


 その背中に、エルドレットの視線を感じる。

 指先が熱くて堪らなかった。頬も、胸の奥も。


 この胸の高鳴りは、初めて勉強してきたことが認められたことによるものか。それとも、異性との接触をしてこなかった故なのか。ジュディスには判断つかない。


 どちらの理由にしろ、はしたない。

 そんなはしたない自分を見咎められないように顔を俯けた。


(なんてはしたないの。あぁでも……楽しかった)


 ほうっと身体の中に溜まった熱の籠った息をはく。


 ジュディス以外に候補者もいない現状──つまり、他の候補者がいつか現れる日までは、待ってくれるということだろう。


(有名なコベット国の第一王子様ですものね。結婚したいと手を挙げる人は、星の数ほどいるわよね)


 そもそも、リリアーヌとラヴィニアがいる限り、ジュディスにエルドレットの手を取ることを許す訳がない。


 それに気が付いて、熱くなりかけた頬の熱は風に吹かれたように冷たく戻った。





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