4.
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「恋をした相手ではないだなんて。ジュディス様。もしかして、エルドレット殿下にそう言われたのですか?」
アーリーンの問い掛けに、もう想いを隠しきれないと諦めが先に立つ。
言葉にするのも辛すぎて、ジュディスは頷いてみせるのが精一杯だった。
「まったくもう。兄弟って変なところで似るのかしら」
ぷんすかと怒った顔をしたアーリーンが、ジュディスの手を取り語り出した。
「私も、片思い中にヤミソン様から『僕には、恋がまだわからない』と聞かされたり、エルドレット殿下を勧められたり致しましたわ! まったくもう。乙女心が分からない兄弟ですわ」
可愛い女性は怒っていても可愛いのだなぁとジュディスは話とはまるで関係ないことを考えた後、驚きの声を上げた。
「ヤミソン様から、エルドレット殿下を?!」
「そうですわ。酷いと思いませんか? 傍にいて、ずっと優しくして下さって。すっかり私の心を奪っておきながら、それですよ? あぁ、口にするのも腹立たしい記憶ですわ!」
「なんて罪作りな」
アーリーンは額に手を当て嘆いた。
「それにしても、本当に、変なところばかり似ていらっしゃる。多分きっと、エルドレット殿下……いいえ、今だけは兄さまと呼ばせて貰いますわ。殿下を良く知る幼馴染みのひとりとして。未来の義妹として。エルドレット兄さまのことですから、あなたに恋をしていないとか、そんな風なことを言ったのでしょう。でも、そんなの口からでまかせの嘘っぱちですからね? 信じてはいけませんわ、ジュディス様」
「なぜ……?」
エルドレットから告げられた言葉を言い当てられるのか、そしてそれをあっさりと否定するのか。どちらを問い詰めるべきか、ジュディスには判断できなかった。
「エルドレット兄さまが、なかなか婚約しようとしなかったという話は先ほどお伝えしてましたわね。その兄さまが、突然『フリーゼグリーン王国の第一王女を妻に迎えたい』と言い出したのは、今から二年前だそうですわ」
「二年?」
ジュディスがコベット国へやってきて一年。そうしてその更に一年前。
「それは、有り得ませんわ。だって……その」
まだ、ジュディスは前の婚約を、していた筈だから。
婚約を破棄された心の傷に気が付かないようにして、無理に笑って暮らしていた。
「いいえ。ジュディス様にご紹介して頂く際にヤミソン様が教えて下さったので間違いないですわ」
「でも」
それでは、ふたつの国の移動時間を考えれば、情報を仕入れてすぐに動かなくては、あのお見合いには間に合わないことになってしまう。
「まだ、お分かりになりませんか? エルドレット兄さまは、ジュディス様の婚約が破棄になったと知ったその場で、行動を始めたのです」
「!」
「ジュディス様を、自分の隣に迎えるための準備を」
家臣である護衛騎士から婚約を破棄されたばかりの王女を娶りたいと言い出して、即受け入れられる筈もなく。
数多の反対意見に説得を重ね、国の益を挙げ、正式に国から使者をたてて見合いの申し入れをしてくれた。
どれだけの労力をかけて、あの見合いの場へやってきてくれたというのか。
「……うそ。いえ、ほんとうに?」
ジュディスはそんなエルドレットの努力があったことなど、まったく考えもしなかった。
「まぁ! 私、ジュディスお義姉さまに嘘なんてついたりしませんわ」
わざと拗ねてみせる未来の義妹へ、ジュディスは何度も頷いた。
「ねぇ、ジュディスお姉さま。残念なことに、エルドレット兄さまはとても頑固な方なのです。自分のことについては、特に。一度自分で決めたことを訂正することすらできない頑固者」
そこはヤミソン様が似てなくて良かったなーって思いますわ、とアーリーンが笑う。
「自分のすべての情熱は国の統治へ捧げると決めてしまったエルドレット兄さまには、自分がどれほど噂に聞く新しい友好国で誰にも認められないまま民の為の組織を立ち上げようと努力した王女様に惹かれていようとも、その想いに名前を付ける訳にはいかなかったのです。その王女様にずっと恋している婚約者がいると知り、その人との政略結婚すら望めなくなってからは、尚のことです。けれど彼女を渇望するあまりに、他のどんな美しい令嬢が束になって押し寄せてこようともまるきり婚約しようとしなかった。ね、頑固者でしょう?」
「……うそ。うそです、やっぱり、うそ」
「ねぇ、ジュディスお姉さま。エルドレット兄さまが、どんなに自分の想いにつけるべき名前を否定しようとも、そこにあるジュディスお姉さまへの想いの形も重さも、変わりないと思いませんか?」
アーリーンのその言葉に、ジュディスは胸を震わせ涙した。
「レットは、いつだって私が婚約者として決定している前提ですべてを進めていますが、正直なところ、コベット国の煌びやかさに圧倒されてしまって。この婚約は公式に発表にならない内に、事務官とか外交官として採用されたと成り代わるのではないかと考えていたのです」
バレたら怒られるかもしれないとずっと隠していたそれを口にしてみれば、それがまるであり得ない事であると分かった。
そもそもフリーゼグリーン王国で正式な婚約を交わしているのだから、今更外交官に採用となるもなにもない。それは分かっていても、一度頭に取り憑いてしまった悪い想像を追い払うことはどうしてもできなかったのだ。
「あり得ませんわね」
「えぇ、あり得ません。この婚約はすでにフリーゼグリーン王国とコベット国との契約ですから」
「ちーがーいーまーすー!」