地下監獄の夜
(とにかく今は、早くライの提案に乗ってください。彼女は気が短いです。僕より強い強化士や創造士はたくさんいるので、気が変わる可能性がありますー)
蛍石から頭に響く声は、この体の声と酷似している。
増幅器……じゃないかもな。とにかく良くわからないけど、確かにライも焦れて始めているようだし、俺には同意を示す以外の選択肢がなかった。
「とても懸命な判断だと思います。あそうだ、蛍石を携行して旅をする人は、蛍と呼ぶことになっていますので。その名前を出せば、色々と話が通りやすくなると思います。あとで地図を渡しますけど、最初はソドム県からお願いしますね!」
ライはそう言って踊るように踵を返し、釈放の手続きに時間がかかる。明日の午前に迎えをやるので、それまでおとなしく待っていてね。
そう言い残し、スキップのような足どりで立ち去っていった。
鉄格子の隙間から目を凝らし、近くを看守などが歩いていないことを確認。
俺は何をやっているんだろう。と疑問が頭をよぎったが、蛍石との会話以外に状況を把握する方法がないのは明確だった。
「それで――テオ君? でいいんだよね」
(はい。あと、声に出さなくても、話したいことを考えれば、会話できるようですのでー)
え? ということは、考えていることがダダ漏れってことでは……
(はいそうです。お兄さんが蛍石に触れたあとに考えていたことは、全て言葉になって伝わってきていますー)
……別に何か良からぬ考えがあったわけではないけど、非常に気味の悪い事態に陥ったのは間違いなさそうだ。
(それで、お兄さんは誰なんです? 僕の体に入ったことに混乱しているようでしたから、こうなった理由とかを聞いても無駄そうな気がしてますがー)
俺は、磯山 竜って名前。
日本という国の、宮城県に――そんな名前の県は知らない? うんまぁそうだろうと思った。
ここは俺が生きていた世界とは別の世界だと思う。
そう、前の世界で事故に逢って死んだんだ、俺。
で、気がついたらこんな状況になってて。
(違う世界……普通なら信じられませんが、こうなった今は、竜さんが嘘をついていないのがわかりますー)
ん? そういえば、そっちの思考は流れてきていない。
俺のほうだけが、ってことか?
まあ別に構わないけど。
他人の思考が読めるなんて、煩わしいような気がする。
(僕がその体の持ち主だからかもしれません。で、他にこの事態についての情報を持っていませんかー?)
ひとまず落ちつこう、と軋むベッドに腰を下ろす。
こんなときでも、往年の歌手の名曲が頭をよぎるのだから、思考ってのは……
(オザキ……? いえそれはどうでもいいですね。まずはお互い元の体に戻る方法を――あっ、竜さんは前の世界で死んだんでしたっけ、それはお気の毒ですけど、その体は僕のものなので、出て行ってもらいますー)
これに対しては何も言えなかった。
テオ君の立場からすれば、至極当然だと思ったからだ。逆なら俺でもそういう態度をとる。
たとえ健康な肉体が残っていたとして、この先何か楽しいことが待っているとは考えにくいから、あるべき形に戻るのは悪くないとも思うし。
それが、消滅だったとしても。
(色々と試してみましたが、すぐに体へ戻るのは無理そうですね。まずはこの地下監獄から出て、ライの要求どおりに動きながら、方法を考えますー)
そのために、と前置きし、テオは説明を始めた。
テオ君が属する強化士とは、肉体の力や物質の性質を強化する力を持つ者。
あれだ……自分や仲間に、いわゆる、バフをかけるやつかも。
創造士は、イメージなどを具現化、要は物質化する力を持つ者。
これも魔法みたいなものかな。やはり異世界だなこれ。
両方の力を使える者は存在せず、実力に応じて3級、2級、1級の等級が与えられるようで、テオ君は強化士の2級。
自在に物を出し入れ可能な創造士のほうが強い。
というのが共通認識になっている。
テオ君は16歳。
俺と同じ天涯孤独の身で、今は亡き母親に3歳のころから強化士としての厳しい訓練を課されてきたが、期待されたほどの素質がなく、半年前にようやく2級に上がったところらしい。
(ですので、ライの提案には裏があると思います。大して強くもない僕である必要はないですし、この……蛍石も怪しさ満点ですよね。そもそも僕が閉じ込められているのも、彼女が絡んでいるかもですー。あと、最初はソドム県と言ってましたが、あの県は最近、前例のない天変地異に悩まされていると聞いています。間違いなく何かあるかとー)
しかも、この世界には獣という魔物みたいなのが徘徊してて、彼らに壊滅させられた県は1つや2つではないらしい。
こんな言い方おかしいかもだけど、俺、普通に死んだだけなのに、何でこんなことに巻き込まれているんだろう。
(まだ他にも伝えておくべきことはありますけど、まずは明日からに備えて休みましょう。正直、疲れました。竜さんも疲れてるでしょうー?)
アドレナリンのせいか、疲れなんて全く感じてないけど、あと1時間で常夜灯に切り替わるらしい。
夜間の警備はさらに厳しくなり、看守の数が2倍か3倍になるとのこと。
テオ君に同意し、ベッドで仰向けになる。
慣れておくために鎖を首へ回し、蛍石を胸の上に置く。
――すると、すぐにテオ君から苦悶の声が。
(実は、視覚も、触覚もあるんです……大きな自分の上に寝ている感覚の異常さ……わかりますかー)
「ブフォッ」
悪いとは思いつつ、思わず笑ってしまった。
文句を垂れるテオ君に謝りを入れ、今日のところは蛍石を外して横に置き、ゆっくり眠ってもらうことにした。
――その夜は、眠りかけに自分のイビキで起きることもなく、むしろいつもより深く眠れそうだった。