隠し事
3章 隠し事
あの日から君に隠し事が出来た。ー生きられる時間があと半年だということ。これを聞いたら君はまたすぐ泣いてしまうだろう。だから伝えないことにした。君を悲しませないように。また僕のせいで君に涙を流してほしくない。憂鬱だ。俯きながら歩く僕の目の前に急に手が現れる。君だ。「...(どうしたの?学校嫌?)」心配そうに僕を見つめる君に自信がない声で返事をする。「大丈夫。」弱弱しい声だった。君は口の動きを読み取ってから、話を始めた。「ねぇ...音く...ん」君が声を出した。初めて聞いたわけではないけれど、やっぱり君の声を聴くと不思議と初めて聞いたような感じがする。どうしたの。と手話を使って聞くと君は僕の手を止めるように、細々しい声で恐る恐る話を続けた。「わた...しは、ぉとくんが...」顔を赤らめながら話す君を見て僕も段々顔が熱くなり始める。君は耳を触り、口を開いた。「す...き...」君のその言葉が脳に達するまで時間がかかった。僕が毎日のように君のことを考えるのも、君のことを目で追ってしまうのも全て“恋”という名のものだと薄々気づいていた。けど、僕は残り少ない。もうすぐ花となって散ってしまう僕が君を愛していいのだろうか。いや、愛していい気がする。自分勝手だけど、何故か君を愛してもいい気がする。僕の思いは決まった。口を開きゆっくりと言葉を出す。君にこの思いがちゃんと伝わるように。「ぼ・く・も・き・み・が・す・き」君は理解するのに時間は掛からなかったみたい。「...(あと残り僅かだけど、僕が死ぬまで君が笑顔でいられるように、頑張る。)」君は僕の手話を遮って話を始めた。「...(私も、音くんが笑顔で最後まで過ごせるように、頑張る。)」お互いがお互いを幸せにする。僕は本当に恵まれているのかもしれない。僕は愛する人の笑顔を守り、愛する人からも自分の笑顔が守られる。こんな平和なこと人生でそうそうないなと感じた。けれど、そんな幸せな日々はそう長くは続かなかった。
蝉が声を荒げ始めるこの季節。あと三か月か。死が近づいても案外わかんないもんなんだなと感じていた。君と会えるのは日数で表せば大体あと92日。このモノクロの世界とおさらば出来るのもあと92日なのか。君に愛を伝えられるのもあと92日。君と幸せを語れるのもあと92日。毎日君と話して、毎日君と帰って。そんな青春ができるのもあと92日なんだ。僕は考えていくうちに息が荒くなり、苦しくなる。なんだろうこの感覚。これが自暴自棄とやらか。とてつもなく逃げたい遠くへどこか遠くへ行きたい。クラスの奴らの笑い声がうるさい。黒板にチョークを滑らす音がやけにうるさい。逃げたい。逃げたい。苦しい。ガタンッー。教室中に響く、椅子が倒れる音。みんなは驚き僕を見つめる。君は音には気づかない。そりゃそうだ。僕は先生に体調が悪いので帰ります。そう伝え教室を出た。君は僕が教室を出たのにも気づかないくらい板書に集中していた。僕は廊下を駆け、学校の近くにある海へと向かった。
潮風が心地い。誰もここにはいない。僕だけの空間だ。僕は思いっきり胸の内を海に話した。「僕はあと92日で散る花と化してしまう。僕には大切な人がいる。たった一人の最初で最期に愛した人だ!」海は波で返事をする。サー、ザーと僕には、なるほど。と聞こえる。「だからお願いがあるー!僕が死んでも彼女には笑顔で幸せに生きていって欲しい!僕が居なくても平気なようにして欲しい!」涙ぐんで吐いた言葉は、どこか幼稚だ。僕は息を荒げながら砂に倒れ込んだ。