寿命
2章 寿命
君と初めて話して約一か月が経った。いつどこでも君は人気者で、君の周りにはいつも人がいる。耳が聞こえなくても人柄がよければ、人気者になるのだろう。僕はそんな少し最低なことを考えた。君の周りの人たちは声を出して話をしていると、君も耳が聞こえているかのように感じる。もしそうなら、僕のこの声も君に聞かれているのだろうか。そんなことを考える日が増えた。いや、もっと言えば君のことを考える日が増えたといった方が正しいのかもしれない。君の声はどんな声なんだろう。君の瞳はどんな色をしているのだろうか。僕は君に聞きたいことが増えた。考えているうちに僕は君に話しかけていた。「...(ねぇ、君の眼はどんな色をしているの?)」そう尋ねると君は見たらわかるのにと言いたげな顔をしながら答えた。「...(私の眼は、淡い茶色なんだよ。光に当たると赤い色に見えるみたい。)」そう教えてくれた。周りにいた人たちは、不思議そうな顔をしながら、何の話してるの?と聞いてきたが、君が内緒と言ってその場は何事もなかったように、また話し始めた。僕は席に座り、窓の外を眺めた。淡い茶色...赤色...どんな色だったっけ...?無彩病は、病気が進行していくにつれ色彩を失うだけでなく、今まで見てきた色の記憶さえ奪い取ってしまう。だから、大切な人の瞳の色や、好きな色さえ分からなくなってしまう。そして死に至る。そんな怖い病気なのだ。今は完治させる治療薬はないが、進行を遅らせる治療薬ならある。僕はその治療薬を投与し始めるのが遅れたが、それでもずいぶん寿命は延びた方だ。あと、一年...僕の寿命は四季があと一周したら、僕は散る。この桜の様に...そんなことを考えていると、急に頭が痛みだした。頭が割れるような感覚がする。僕は力が抜けるように床へ倒れ込んだ。君は心配して駆けつけてくれた。そこまでで僕の記憶は途切れた。
瞼が重い。頭がひどく痛い。声がする。透き通った声で、耳に残る声。聞いたことがない声だ。僕の名前を何度も呼んでいる。誰の声なのか確かめたい。瞼よ、言うことを聞け。そう頭の中で唱えると、重々しい瞼が段々と開けられるようになった。僕は意識がちゃんとしてないがこれだけははっきりわかった。声の主は君だった。君が声を出していた。僕は心底驚いた。あの君が声を出している、と。僕はゆっくりと動かしづらい手を上げて君の祈る手の上に重ねる。君の瞳は揺らいでいて、目から灰色の涙を流していた。僕は必死に手を動かした。「...(大丈夫だよ。泣かないで。)」そういうと君は泣きながら、「...(馬鹿じゃないの。何が大丈夫よ。使い方間違ってるよ。)」そう言ってきた。やっと起き上がれるまでになって起き上がったとき、ちょうど母が来た。母はすぐにナースコールを押して先生を呼んだ。先生が来る前に、君はまた明日と言って病室を去っていった。先生が来ると病室でできる限りの検査をして、明日ちゃんとした検査をやることになった。少し安心したのか母が口を開いた。「さっきの子ね、学校からずっと付き添ってくれていたんだよ。可愛い子ね。どんな関係なの?」と聞かれた。「彼女とはただの友達だよ。ただ、彼女は耳が聞こえないから手話で話しているんだけどね。」そういうと母は「さっきの子大事にするんだよ。耳が聞こえなくても私たちと同じなんだから。」と言った。そのあとはちゃんと覚えていない。
次の日になり検査をした。検査結果がお昼過ぎに出るらしく、それまで部屋で絵を描いていた。絵を描くのに熱中していると手が見えた。顔を上げるとそこには君が居た。思わず学校は?と思い聞くと、学級閉鎖になったといわれた。僕は君に聞きたいことが山ほどある。そう伝えると、君もたくさん聞きたいことがあると言った。お互い聞きあった。お互い素直に答えた。僕の寿命は今のところあと一年ということ。今回倒れたのは無彩病という病気が関わっているかもしれないこと。君も色々教えてくれた。耳は聞こえないけど、声は出せる。でも、自分の声すら聞こえないから声が変だったり、言ってることが変だと怖いから声はあまり出さないこと。そんなことを話していると検査結果を聞く時間になっていた。僕はちょっと待っててと君に告げ病室を出た。結果は最悪だった。寿命が半年も縮まっていた。僕は君にばれないように隠すことにした。病室に帰り何事もなかったように君とまた話し始めた。君とはいつまでも仲がいい関係でいたい。君をもう悲しませたくない。死ぬ前に君から離れよう。そう決心した日だった。