王太子の後悔は、一通の手紙によって訪れた。
――婚約者から冷遇されていた私だけれど、この言葉だけは伝えなければならない。
我が婚約者であった王太子殿下へ
先日、聖女であるレイミー様を虐めたとして断罪され、私は今、領地で謹慎を受けています。ですが、信じては貰えないかもしれませんがそれは真っ赤な嘘。私にレイミー様を虐めたという事実は御座いません。
それなのにどうして、そんな噂が広がったのか、レイミー様は私を擁護しなかったのか、聡明である殿下が確たる証拠もなく、私を断罪したのか、私はそこに何かが隠されていると感じ、こっそりと調査を開始しました。
幸い、遠方に出張していた両親は私がそんな事するはずがないと憤ってくださり、私は調査を秘密裏に、それでいて迅速に進める事が出来ました。
そして、驚くべき報告が上がったのです。それはレイミー様に角が生えていた、という一つの証言でした。証言をくださった方は庭師なので知らなかったと思いますが、角が生えている、それはまさしく悪魔の持つ特徴。確かにレイミー様が悪魔なら、これまでのことに辻褄が合います。
悪魔は、私達では太刀打ちできない程の魔力を保持している為、私がレイミー様を虐めているという虚偽の情報を皆さんに植え付けたこと。聖女の力は、悪魔の力であったこと。殿下が、あんなにもレイミー様に心酔したこと。それらを成すことが可能だったのでしょう。
そして、そこで生じた問題はただ一つ、『何故私を断罪したか』です。彼女が悪魔だという前提のもと調査を進め、可能性のあるものは全て試してたどり着いた答えが、私が真の聖女だから、でした。確かに、私の側にいると、心が安らぐ等はよく言われますが、聖の魔力を私が保持しているとはまさに寝耳に水でした。
聖女の資格があるとされる少女には、体の一部に花の文様が宿る様です。なので体をくまなく探した結果、私の右耳の中に、小さく花の文様がありました。
だから今私は、この手紙に『この手紙を読んだ者が、洗脳から解けますように』と『この手紙が、何人であっても傷つけられることのありませんように』という2つの願いを込めながら手紙を書いています。
きっと、私が魔力を放出したのを彼女達は敏感に感じ取り、すぐに私は殺されてしまうでしょう。
だからどうか殿下、この国をお守り下さい。私は、裏切った貴方達が、死んでもきっと憎いままです。だけど、この国には私の愛した両親が、民がいます。聖女を殺した彼等は、すぐにこの国に侵攻するでしょう。ですから、殿下の持てる全ての力を使って、この国をお守り下さい。
それが私の、最後の願いです。
貴方の元婚約者、シルル·リテーリャより
◇◇◇
読み終わった瞬間込み上げてきたのは、どうしようもない吐き気。愛しいと確かに思っていた筈の少女に行った己の蛮行に、酷く嫌悪感を覚える。
先日、聖女を虐めたとして断罪された元婚約者が、自室で体をズタズタに切りつけられた状態で発見された。その報告を受けた時はなんとも思わず、調査もすぐに引き上げてしまった為真相は分からずじまいだったが、正気に戻った今なら、分かる。――シルルは、悪魔共に殺されてしまったのだ。
よく思い出すと、シルルの体からは毒素のようなものも検出されていたらしい。当初の予定なら、その毒でじわじわと彼女を殺す気だったのだろう、悪魔共は。だが、思わぬシルルの行動によってその計画が破綻し、すぐ殺さなければならなくなった。そして、酷い状態の死体として発見された。
王太子である彼、アルフレッドはどくどくと嫌な心臓の音をかき消すように頭を掻きむしる。――シルルは、どんな気持ちだったのだろう。洗脳が、潜在的に聖の魔力を秘めていてきかなかった彼女にとって、あんなにも変わった自分たちが、どう映っただろう。きっと、悪魔のようだったに違いない。
壁に立てかけていた剣を、手に取った。向かうは悪魔が眠る寝室。
部屋の前に辿り着き、ゆっくりドアノブを回す。そうすると無防備そうに眠っている悪魔がいた。
アルフレッドの気配に気がついたのか目を開いた悪魔は、あろうことかニンマリと笑った。
「愛しの婚約者様のお手紙で、ようやく洗脳が解けたんだ?」
「……黙れ」
「愚かな男。それで、反省したから私を殺しに来たの? 都合がいいのね」
「違う。そんな理由じゃない。俺はただ、これ以上彼女を失望させたくないんだ。彼女が、裏切られ、傷つけられ、それでも好きだと言ってくれたこの国を、守りたいんだ」
「ふーん、殊勝な心がけね。やってみれば? 私達、強いわよ。人間なんか半分も減っちゃうかも」
「いや、戦うのは俺だけだ」
その言葉を聞いた悪魔が、ようやく驚愕の表情を浮かべた。少し胸がスッとする。
「まさか、あんたが持ってるのって『悪魔を啜る魔剣』?」
「そうだ」
アルフレッドが手に持っている剣は、昔、悪魔との全面戦争があった時に作られたとされる首を切った悪魔の力を吸い込み自身の力に変える魔剣。
つまり、彼が悪魔を殺す分、それに比例して彼が強くなる。
ことの重大さに気づいたのか、アルフレッドから距離をとる悪魔にたやすく近づき、アルフレッドは剣を振った。
「さらばだ、悪魔」
「………………ぎゃっ」
短い悲鳴のあと、血しぶきが部屋に散らばる。だが、その次の瞬間には、血も悪魔の体も、灰になって剣に吸い込まれていった。
それから、王太子はたった一人で、悪魔を葬り去った。そんな彼を称賛するものに、彼はいつも語る。
「自分は大したことはしていない。本当に凄いのは、頑張ったのは婚約者だった彼女」だと。
その後彼は、王位継承権を弟に譲り、自分は辺境でひっそりと暮らした。
償いきれない、後悔をいつも感じながら。
終わり
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