お帰りにならないご主人様
4、お帰りにならないご主人様
望月アグリと申します。少しは覚えていただけたでしょうか。
はてさて、私の祝言は大幅な遅れがあった以外はつつがなく終わり、帰っていくお客様にペコペコして終わったのでございます。
そのぺこぺこの時、私の隣にはご主人様はもうおらず、信用はガタ落ちでした。
5年前に会っているなんておっしゃっても、意味がわかりません。
あちら様だって、私が良くて結婚なさったわけじゃないでしょうから、もう私も剛をにやしました。
夜になりまして、布団の敷かれた6畳間。二人分布団を敷くと部屋がいっぱいなのですね。
でも、ご主人様はおかえりになりません。
逆に良かったと思いました。
変なことされたら大声出そうと思ってましたからね。
ということで、新婚初夜というものをぐっすり一人で過ごしました。
久しぶりにふかふかの布団で寝たものですから、次の日までぐっすりと。。。
と、次の日は学校でしたのに、寝坊をしてしまいました。
気にかけてくださった弟さん、(まだこの時はお名前聞いていませんでしたので)
が女中さんに姉さんが起きてないよと伝えて起こしてくださったそうです。
それで、朝食の場に行きますと、お父様の隣にご主人様の御膳がありますが、ご本人はいらっしゃいません。
私は嫁ということで下座に通されました。
そこで、急にお父様がおっしゃったのです。
「アグリ。お前にはどうしてもお願いしたいことがある。」
「お父様、どうなさったんですか?」
「東京に張り付いて仕方ないヨウスケをこの家に連れ戻して欲しいんじゃ。」
「まだ、群馬にいらっしゃいますよね?あの、そもそもですが、私の旦那様はヨウスケさんでよろしんですか?」
「ハハハ。お前らはちゃんと名乗ってもいなかったか。」
それにしても大層なご指示をいただきました。
あの風船の様な方を私が繋ぎ止めておく?
昨日だって帰ってらっしゃらなかったのに。
このままおかえりにならずに、私はこの家の養女のように生きていくのもいいと思っておりました。
女学校に通学するまでは。
ということで、本日のお話はこのくらいで。ご機嫌よう。
第2章 通学の困難
1、嫁入り後の学校
望月アグリと申します。
皆様いかがお過ごしでしょうか。
まだ学生さん?それともお仕事でお忙しいですか?
私の人生は学生、お仕事その一色と言ってもいいかもしれませんね。
祝言は望月の家の関係の方が呼ばれたので、女学校の友達は呼ぶことができませんでした。
翌日、学校に行ったら友人が取り巻いてくるのです。
「ねえ、アグリ。どう?ご主人、あの美青年、望月様なんでしょ?」
「え?ご存じなの?」
「東京のいい中学に通っていて、それは見目麗しい男性だってみんな騒いでたのよ。」
「でも、なんだかぷかぷか浮かぶ風船みたいな人でしたよ。」
「そんなこと言って。昨日は寝かせてもらえなかったんじゃないの?」
「え?寝かせる?」
「あなた、初夜だったんじゃないの?」
「ああ、1人で寝ました。」
「ええええ?」
周りの友人たちが騒がしくなった。
「なになに?」「え?まだなの?」
何が悪いんでしょうか?
だって、嫁に入ったというというよりは養女に来たみたいに考えていいって言われていたんですよ。
子供ができたら、学校も通えないし、結婚して学校に通うのも特例ということらしいので。
「ねえ、アグリ、今日から河野じゃなくて、望月さんなの?」
「うん、そうなりますね。」
「もう、いけずー。」
「ご主人様が帰ったら、それはそれは。。。。」
騒ぐ同窓生をなんだか悲しい気持ちで見ておりました。
なぜ、彼女たちはそういうのか。
私は私で何も変わっていないのに。
でも、わかりました。望月の家に入ったということは、河村の家には帰れないということを。
娘ではなくて嫁なのだということを。
友人たちは先に嫁入りした私を羨ましがりましたが、私はどんどんホームシックになってしまいました。
ということで、本日はこのくらいで。お粗末さまでした。