お前の付与魔術はなんか変なので辞めてもらう
なんか思いついたので更新しました。
「ノールス、悪いが次の依頼からお前は攻略パーティから抜けてもらう」
王都にあるBランク冒険者グループ【♣ヒヨコ沢卓球倶楽部♣】本拠地(王都三丁目四ー十六:賃貸三階建てのアパルトメント)に、リーダーであるディマス・オストアンデルの宣言が響き渡った。
その場に集まっていた攻略組の視線が、たったいま戦力外通告を受けたひ弱そうな付与魔術師ノールスへと向けられる。
「ど……どういうことだよ、饅頭屋!? いきなり追放だなんて……いくらなんでも横暴だ!! 同じ村から共に肩を並べて王都に出てきた幼馴染に向かって、いくらんでも薄情だろう! そうかそうか君はそういう奴だったんだな」
当然のように血相を変えてディマスに食って掛かるノールス。
「だからガキの頃の仇名のまま、実家の商売で呼ぶんじゃねーよ! その調子で大声で『粉屋』って呼ばれるホアキンも迷惑しているし、公衆の面前で『花売り』って連呼されるアンナに至っては「ノールスのせいで商売女みたいに見られる。絶対に許さない!」と激怒して、お前の顔は見たくないと言って宿屋住まいなんだぞ!! ――あとお前と肩を並べて田舎を出てきた覚えはない。気が付いたら勝手についてきてたんだろうが!」
座っている執務机の一枚板を叩いて力説するディマス。
「ンなこと言ってもその方が呼び慣れているし、いまさら他人行儀に名前で呼ぶとか……ねえ? だいたい饅頭屋も僕の事『ノールス』って昔からの仇名で呼んでるだろう?」
「――えっ、お前の名前ってノールスじゃないのか!?!」
「カストだよ! カスト・アッボンダン! 本気で忘れてたのか、おい!? つーか、そもそも“ノールス”って饅頭屋が呼び始めた仇名だろう!!」
「……そうだったか???」
「そうだよ! 意味は分からないけど」
すると黙ってやり取りを眺めていた重戦士にして、この場にいたもうひとりの幼馴染である粉屋がぼそりと呟いた。
「カストは年がら年中脳味噌が空っぽで留守なので『脳留守』。上手いこと言ったもんだと大うけにウケて、それから皆が『ノールス、ノールス』と呼ぶようになった」
「あ~~~~~~~~」
思い出しはしないが、なるほどピッタリの仇名をつけたものだなと納得するディマスと、思わず吹き出すその他のギルメンたち。
得心したところで机を挟んでへそを曲げているノールスに向き直って、ディマスは阿呆にでもわかるように噛んで含めるように言い聞かせる。
「いいか、ノールス。俺たちが生まれ育った村を出てきてここ王都に拠点を構えた理由はただひとつ。村の名物である卓球を王都で普及させ、それによって鄙びた温泉宿しかない村を、卓球発祥の地として注目させ、発展させるためだ。そのための資金作りとして始めた副業の冒険者だが――」
「野望の原点はわかったけど、方法論が斜め上だと思うの。私なんて知らずに卓球場に通い始めたら、『君いい筋をしているね、ぜひ我が【♣ヒヨコ沢卓球倶楽部♣】のメンバーにならないかい?』と勧誘されて入会したら、なぜか冒険者になってたし」
魔術師のフィオリーナが微妙に釈然としない口調で独り言ちた。
主張はもっともだが「燃える魔球!」とか「氷の魔球!」とか言って、試合中に魔術を併用していたら、それは卓球のメンバーではなく冒険者のメンバーとして声をかけるよなー……と、似たような経緯でギルメンになった他のメンツが胸中で呟いた。
そんな周囲のざわめきを無視してディマスの説明は続く。
「そのお陰で現在は王都中に二十カ所の卓球場を開設するまでに至った。そして我が冒険者グループ【♣ヒヨコ沢卓球倶楽部♣】も、近々Aランクへ昇格することが内定している」
「「「「「「おお~~~~~~~っ!!」」」」」」
沸き立つ攻略組のメンバーたち。
「そうなると、これまで通り卓球の合間に攻略をするというわけにはいかない。そのため、グループを『冒険者グループ』と『卓球倶楽部』とに分けて個別に運営することにした」
まあ当然の措置だろう。むしろ遅きに失した感すらある。
全員が納得したが、ひとりだけ納得していない馬鹿がいた。
「そ、そんな……! 饅頭屋っ、君の卓球に対する情熱はそんなものだったのか!? 両立させてこその【♣ヒヨコ沢卓球倶楽部♣】だろう!?」
「いや、当初の目的は果たしたので、これからは趣味よりも仕事の方を重視するというだけで、別にラケットを捨てるわけじゃないぞ」
「そんなのはなんかよくわからない適当ななんか言い訳みたいな――」
「詭弁」
語彙が尽きたノールスに代わって、女賢者であるリディア(運動不足解消のため卓球場に通い始めてスカウトされた)が助け舟を出す。
「キベンだ!」
「……お前、そんなに卓球に熱意を燃やしてたっけ?」
そう糾弾するノールスの頑なな態度に首を傾げるディマスに対し、ハーフエルフのルーチェ(弓の訓練の一環として動体視力と反射神経を養うために卓球を……以下同文)が軽く肩をすくめてネタバラシするのだった。
「ディマスやホアキンが来ないと誰もノールスとは組みたがらないので、ひとりで黙々と壁に向かってラケットを振るだけなのが嫌なんじゃないの。てゆーか、ハブにされている自覚があるなら辞めてもらいたいんだけど。あれ見て『卓球ってなんか陰キャのスポーツ』って判断して、その場で踵を返す初心者とか多いから」
「「「「「「……ああ……」」」」」」
そうかと納得する一同。
「そういうことでノールス。言っておくが追放とか放逐ではないから。あくまで『攻略組からの離脱』を推奨しているだけで、『卓球倶楽部』の方へ天下りするなり、冒険者を続けるならウチの三軍あたりと一緒に採集クエストを受けるなり、雑用クエストを受けるなりすればいいさ」
かなりの厚情をくれるディマスに対して猛然と反発するノールス。
「嫌だ! 攻略組から離れたら手取りが十分の一以下だろう!? 断固反対だ! そもそも僕の付与魔術のお陰でこの冒険者パーティはトントン拍子にAランクまで上れたんだぞっ!」
「いや、皆の努力とチームワークの結果だけど……ノールス、お前そんな風に思ってたのか?」
ノールスのおこがましい発言に、『ひとりは皆のために、皆はひとりのために』をチームのスローガンとするディマスは表情を曇らせる。
だが、その言葉を違う意味に捉えたらしい。ノールスはここが正念場とばかり自分の有能さを力説するのだった。
「そうとも! 冒険では常に僕が補助魔法『強靭』や『剛腕』『瞬足』『魔力アップ』を使って、皆が本来の数倍の能力を使えるように、密かに強化していたんだ。だから僕が居なくなったら皆の本来の実力なんて、AランクどころかCランクも怪しいくらいなんだ」
「「「「「「「いや、それはない」」」」」」」
優越感たっぷりに仲間を見下すノールスの言いたい放題に、一斉に首を横に振る攻略組のメンバーたち。
「だって俺ら、ノールス抜きで何度かダンジョンに行ってるけど、いない方が攻略がサクサク進んでいるからな。いま過去の最高到達深度七層を軽々と超えて、二十六層に到達している。その成果と進捗が認められてのAランクへの抜擢だぞ?」
「だいたいノールスの付与魔術ってなんか変なのよね。確かに目に見えて効果は上がるけど、反動が凄くて半日もすれば身動きが取れないほど消耗するし、翌日以降数日は筋肉痛とかで悶え苦しむから、絶対に泊りがけで攻略とかに行けないし」
「体内魔力も無茶苦茶にされるから、平常に戻すまでにどれだけ苦労することか……つーか、余計なお世話」
「そのくせ『付与魔術は本人にはかけられない。自分の襟首を持って自分を持ち上げようとするも同然だから』とかぬかして、素の状態でチンタラ歩くので傷病兵をひとり抱えているのと同じで、二人以上がフォローにつかないといけないから、邪魔くさくてしょうがないって言うかー」
各々が日頃腹に抱えていた不満をぶちまける。
「お……お前らそんな風に僕を見ていたのか!? なに様のつもりだよ~っ!!」
「「「「「「「お前が言うな!!!!」」」」」」」
「いや、そういう感情面とかプラスマイナスは別にして、今度Aランク冒険者グループに昇進するわけだ。そうなるとつまり――」
場をまとめるためにディマスが大きくて手を叩いて、全員の注目を集めながら改めてノールスに言い放った。
「規定上無資格の付与魔術師はメンバーに加えられないわけだ」
「え゛っ、ノールスって無資格だったの?!」
驚愕の声を上げたのは国家二級魔術師免除を持つフィオリーナである。
「な、なにを言ってるんだ、免許くらいあるさ。ほら」
そう言って粗末な木製の免許証を見せるノールス。
それを脇からヒョイと取ってまじまじと確認する司法官の資格も併せ持つ賢者リディア。
「“地方四級魔術師資格”。試験も実技もなし。どんな阿呆でも魔力があれば持てる免許ね。本来は国が管理するダンジョンには潜れないけど、B・Cランクの荷物持ちって名目にしていれば、グレーゾーンだけどまあお目こぼしはあるかな。さすがにAランクになるとその手の誤魔化しは効かないけど」
用は済んだとばかり免許証を投げ返され、ノールスはどん臭くもキャッチし損ねて顔に当てて蹲る。
「ということで、規定上不可能ということで諦めてくれノールス。てか、お前に毎年国家試験を受けるように費用は負担していたはずだよな?」
「僕は本番に強いんだ! あんな試験なんかで何がわかる!!」
ああ、毎年筆記試験でつまづいて落ちていたのか……と納得する一同。
なおここにノールスの性格を誰よりも知って毛嫌いしている花売り(聖光神教会認定聖女)がいれば、
「甘いわね。この馬鹿が毎年試験を受けているわけないでしょう。最初に受けた段階で挫折した、次からの試験はバックレて、費用は全部無駄遣いしているのに決まっているわ」
と、的確に実態を看破したことであろう。
「ということで、ノールスの代わり……と言っては彼女に失礼ながら、新たに攻略メンバーとして加入してくれた期待の新人、国家三級補助魔術師のローザちゃん十六歳でーす!」
ディマスの紹介に合わせて扉が開き、ミニスカート姿の少女が元気いっぱいに挨拶をした。
「初めまして、ローザ・ガルデッラです。得意は支援魔術と探知魔術、幻影魔術。それとアイテムボックスでは倉庫一個分くらいのものまで収納できます! ちなみに入会したきっかけは、卓球場で分裂魔球とか消える魔球とか使っていたところをスカウト(ry」
「「「「おおおおおおおおおお~~~っっっ」」」」
「すげえ、完全にノールスの上位互換じゃないか!」
「ノールス本人の意向を無視した決定に若干思うところがあったけど、その理由と彼女を見たら完全に納得できたわ」
「これは仕方ない」
途端に若干ノールスに同情していた一部のメンバーたちも、たちまちに掌を返してローザ嬢を歓迎するのだった。
「な、な、なんでこうなるんだ!? スカートか?! ミニスカートがええんか!? だったら次から僕もミニスカートを穿いて冒険に出るから! だから頼む、僕を捨てないでくれ!!」
とりあえず手近にいた盗賊のイザッコに取りすがるも、
「手前、もしそんな不気味なモン見せたら、その場で殺すぞ! 脅しじゃねえ、モンスターより先に息の根をとめる! 絶対だっ!!」
本気で切れたイザッコに振りほどかれるノールス。
それならばと、歓迎するメンバーに囲まれてチヤホヤされているローザに食って掛かった。
「はん! そんな実戦も経てない子供に何ができるって言うんだ!? 確認するけど、君は支援魔術で通常の何倍まで強化することができる?」
「えッ……それは当然、最高が一・五倍ですけれど……?」
突然の質問にしどろもどろするローザの答えに、勝ち誇った表情でノールスは言い放つ。
「たったの一・五倍! 僕なんて最高で七倍の強化ができて、それを長時間維持できるけど」
「ええええええええええええっ!?!」
と目を丸くするローザ。
実力差に恐れおののいたか、と含み笑いを浮かべるノールスに向かって、ローザが異常者を見る目で見つめながら言い聞かせる。
「いや、それ違法ですよ。人間を強化する場合、その人間の持つ能力以上の力を付与した場合、良くて筋肉痛、悪くてその場で自爆したみたいに破裂死するので、後遺症が残らないようにその時々に相手と体調をよく把握して、最高でも一・五倍まで強化するのが法令で定まっています」
「え゛……?!」
「「「「「「「おい……!!!!」」」」」」」
当然把握していないノールスの目が点になり、同時にいままで下手すれば味方に死と隣り合わせの術をかけられていた……と知ったメンバーたちの額に青筋が浮かんで、ひりつくような殺気が解き放たれた。
「てゆーか、よく年がら年中……それも話の流れからして長時間そんな無茶な付与魔術をかけられていて無事でしたね。例えるなら完全武装のフルプレートを着て連日前人未到の山脈で高地トレーニングさせられていたようなもので、よほど皆さんの潜在能力が高くないと確実に死んでいました。――ある意味、その負荷のお陰でレベルが上がって、短時間にAランク冒険者になれたとも言えますけど」
付け加えられた一言に一縷の望みをかけて、ノールスが殺気を高めるメンバーたちに偉そうに講釈を垂れる。
「わははははははっ! そういうことだよ、諸君。結局は僕のお陰でAランクになれたも同然。僕の付与魔術あってものものだろう。なっ!?」
「「「「「「「「やかましいわ! お前は追放だ追放っ!! この疫病神が!!!」」」」」」」
全員の心が一つになった瞬間であった。
その後、着の身着のままで冒険者グループ【♣ヒヨコ沢卓球倶楽部♣】を追放されたノールスだが(装備はギルドの支給品だし、退職金はこれまで散在していた借金に回してなおかつ足りなかった)、『元Aランク冒険者グループの(自称)幹部で立役者』という肩書が書かれた履歴書を使って、どこぞのCランク冒険者グループに潜り込んだらしい。
◆ ◇ ◆ ◇
新たなメンバーで快進撃を続ける【ヒヨコ沢冒険者グループ】ホームにて、新聞を読んでいたディマスが、サブリーダーであるアンナ(ノールスが居なくなったので宿屋を引き払いホームに戻ってきた)に、ふと気になった……程度の口調で話しを振った。
「Cランク冒険者グループの【暴風の風車】が、オークの集落を殲滅するために仕事を受けて全滅したらしい」
「ふーん」
「ただ現場を見る限りどういうわけかグループメンバー全員が内側から爆ぜたように爆死しているか、まるで自分の動きについて行けなかったかのように壁に激突して、トマトみたいにシミになって自滅していたらしい」
「へ~~え、不思議なこともあるものねー」
「同行した付与魔術師だけが行方不明らしいが、ま、現場の状況からしてオークに連れ去られて今頃はエサだろうな」
「あらそう」
心底どうでも良さそうなアンナの反応に、苦笑したディマスは新聞を折り畳んで机の脇にあるラックに放り込んだ。
少し前までこのグループにいた付与魔術師については思い出すのも面倒らしい。
そう判断して彼もこの話題を忘れて次の仕事に取り掛かるのだった。
「ノールス」のネタもとがわかる人は、たりらリラーンですね♡