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Mother Lights

目を開けるとそこは、一面真っ暗な世界だった。

とても暗くて、寒くて、怖くて。どこまでも闇が広がってる。

そんな、すぐにでも逃げ出したくなるような場所に”ボク”はいた。

これからどうしよう?走ってここから逃げ出す?それとも、うずくまって我慢する?

遠くを眺めても明かりは見えない。

もしかしたら、この世界は全てが闇に包まれてて、明るい場所も、暖かい場所も、楽しい場所も、どこにも無いのかもしれない。

そう考えたら、もううずくまるしかなかった。


???「本当にそれでいいの?」


突然、背後から女の人の”声”がした。

それは、どこかで聞いたことがあるような懐かしくて優しい声。

後ろを振り返る。

でも、そこには誰もいない。なにも無い。


ボク「気のせい………?」

 

寂しくなってまたうずくまると、もう一度。


???「本当にそれでいいの?」

 

はっきりと、今度は目の前から聞こえた。

これは聞き間違いなんかじゃない。


ボク「誰?」


顔を上げながら尋ねるけど、やっぱり誰もいない。


???「アナタこそ、誰?」

 

姿形の無い誰かに、そう聞き返された。


ボク「えっと、ボクは………?」

 

記憶を巡らせるけどなにも出てこない。名前も、思い出も、自分が男か女なのかさえも。

ボクの頭の中は空っぽだった。


ボク「………あれ?なにもわからない。思い出せない」

 

怖くなって涙が溢れた。

冷たい涙が頬を伝って、さらに体を寒くさせる。


???「大丈夫。これから探していけばいいから」

 

誰かはボクを元気づけるように言った。


ボク「探す?できるの?こんな、なにも無い真っ暗な世界で。どうやって?」


???「旅をするの。そうすれば、きっとアナタ自身が見つかる。もし、アナタが誰かわかったらワタシのことを教えてあげる」


ボク「本当?」

 

???「うん、約束する」

 

優しい声は言った。

不思議だけど、ボクは自分のことよりもこの声の正体の方が気になってた。


ボク「………わかった。じゃあ、旅に出る。キミは一緒に来てくれるの?」


???「もちろん。旅の最後まで」

 

ボクは声と一緒に自分探しの旅を始めた。




この真っ暗な世界をしばらく歩いた。

距離や時間はわからないけど、とにかく、くたくたになるぐらい歩いた。

ボクと声は並んで歩く。

姿は見えないけど、いまは横から声が聞こえてくるから、きっと隣にいてくれてると思う。


ボク「どこまで歩けばいいの?ずっと暗いだけだよ?」


不安になって尋ねる。


???「もうちょっとだと思うから、頑張って」


声に励まされ再び歩き出す。

少しすると―――


ボク「うん?………あれは光?」

 

真っ暗な空から、一つの小さな光の玉がゆっくりと降ってきた。

初めて見る光、綺麗に白く眩しく輝いてる。


???「触ってごらん、優しくね」


声に促されて、ボクの元まで降りてきた光の玉を、両手の手のひらで優しく包み込む。


ボク「―――すごい!」

 

自然と声が出た。その光はとても明るくて、温かくて、楽しくて。

この世界とは真逆のチカラがあった。

気が付いたら、またボクは泣いてた。

でも、流れたのはさっきみたいに冷たい涙なんかじゃなくて、今度は温かい涙。頬を伝う度に心をホッとさせる。


???「もっと眩しくなるよ、少し我慢してね」

 

その声に反応するように触れた光は眩しさを増して、真っ暗だった世界を一瞬にして光り輝かせた。


ボク「なにが起こるの?」

 

急な世界の変化に戸惑ってボクは尋ねた。


???「旅らしく観光だよ。大丈夫、ワタシも一緒に観るから。心配いらないよ」

 

世界を輝かせた光は、やがてボクも光に変える。

途端にボクは意識を失った。


 *


「―――■の子なんだって?じゃあ、可愛い名■考えないとな」


「そのことなんだけど、さっき良い■前を思いついたの」


「おお!どんなだ?」


「『み■こ』。”■の子”って書くの。どうかな?」


「なんか古臭くないか?」


「じゃあ、最近っぽく『ぴ■ちゅう』?”■る宙”って書いて」


「いや、飛躍し過ぎだろ。とりあえず、”■”って字を入れたいのはわかった」


「だって、この子の人生が■り輝いてほしいから」


「………じゃあ、こんなのはどうだ?」


 * 


「―――んねこ、ねんねこ、ねんねこよ」

 

ゆったりとした優しい歌声で目を覚ました。


ボク『………ここは?』


???『ここは前までいた世界とは違う世界。こういう世界をいくつも観ていって、アナタに自分を探してほしいの』

 

新しい世界を見渡すと、辺り一面に色が付いてた。赤や青、黄や緑、いろんな色が。

元居た世界には無かった色がたくさん。


???『綺麗?』


隣から声が尋ねてきた。


ボク『うん、とっても綺麗。さっき見た光よりも綺麗かも』


???『………そっか、それは良かった』

 

声はボクの感想を聞いてとてもうれしそうだった。


ボク『あれ?………ボク浮いてる?』

 

さっきから体がふわふわして足が地に着いてない。雲になった気分だ。


???『ワタシたちは本当はこの世界にいてはいけない存在なの。だから、意識だけがここにあるの』


そのふわふわした状態でもう一度周りを見渡してみる。

いまボクらがいるところは四角い部屋の中。

元の世界の永遠のような広さはなくて、丁度良い広さだった。

そして、目の前には一人の赤ちゃんを抱きかかえた男の人が座ってる。

赤ちゃんはまだ幼くて男の子か女の子かわからない。

その子を抱きかかえたお父さん?らしい男の人からはまだ少し青年っぽさを感じた。


ボク『あの人たちは?』


???『ごめんね、これ以上は教えてあげられない。ワタシはアナタを旅に導くことしかできないの』


ボク『そっか、ありがとう。あとは自分で探してみるよ』

 

ここにはこの親子しかいない。だから、二人を見てればきっとなにかがわかるんだと思う。

もしかして、どっちかが過去のボクで思い出を見てるのかな?


男「ゆりかごのつなを、木ネズミが揺するよ―――」


ボクがこの世界で目を覚ます前から、男の人は赤ちゃんに歌を歌ってあげてるみたいだ。

ゆったりとした優しい歌詞とテンポで、それが子守歌ということがわかった。

男の人の声は懐かしさや優しい感じがする。

ボクの隣にいる声の印象と同じだ。


男「ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ………眠ったか。おやすみ、みつき」

 

どうやら、赤ちゃんの名前は”みつき”というみたいだ。

男の人は眠った赤ちゃんをベビーベッドに移す。

そして、その隣に布団を敷いて部屋の明かりを消して眠ってしまった。

明かりが無くなってボクらはなにも見えなくなる。

これじゃなにも探せない。

そう思ったとき、世界一面が光り輝いた。この世界に来る前の意識を失ったときと同じ現象だ。

もう、この世界で自分探しは終わりなのかな?まだ、ボクのことはなにもわかってないのに。


ボク『もう終わり?』


???『………そうみたいだね。一度元の世界に戻るよ』

 

ボクはまた光へと変わって意識が無くなった。


 *


「まだ■ないのか?」


「うん、■に寝てていいよ」


「それ、なに■んでるんだ?」


「■フラー。こういうの手■りに憧れてて」


「器用なもんだな」


「やる前は難■そうだと思ったんだけど、始めたらハマっちゃって」


「そっか。でも、あまり遅くまでやるなよ。お前■弱いんだから」


「うん。あと少し■終わるから大丈夫。おやす■なさい」


「ああ、おや■み」


 *


なにもない薄暗い世界で目を覚ました。

まだ意識があやふやで視界もぼやけてる。


ボク「………夢?」

 

目を覚ます前になにか見てた気がする。いや、聞いたのかな?

でも、夢の内容を思い出そうとしてもすぐに霧のようなモヤがかかる。


ボク「あれ、あまり暗くない?」

 

元の世界に戻ってきたはずなのに真っ暗ではなかった。

世界全体がほんの少し前よりも明るい。それに、少しだけ暖かい気もする。


???「どうしたの?」

 

声がボクの様子を尋ねてくる。


ボク「なんだろう?世界が前より明るくて、暖かくて………」


???「楽しい?」


ボク「うん」

 

でも、どうしてこんなことが起きたんだろう。光に触れたから?それとも、違う世界を見てきたからかな?


ボク「そうだ。さっきの世界でボクのことなにもわからなかったんだ。どうしよう?」

 

二人の親子がいた世界で、ほとんど手掛かりを掴めなかったことを思い出した。


???「大丈夫、焦らないで。旅を繰り返していけばきっと最後にはわかるから」


ボク「そうなんだ。じゃあ、またさっきみたいに光を探すの?」


???「そうだね、また少し歩くよ」




ボク「―――あ、光!」

 

前みたいに、空から一つの光の玉が降ってきた。


ボク「触ればいいんだよね?」


???「うん」


そっと光に触れて、それは世界を包んで、ボクはまた光になった。


 *


「―――私はね、あなたのお■さんだよ。あっ、いまお■蹴った!元気一杯だね」


「本当か!元気なんだな」


「■■も呼び掛けてみてよ」


「お■さんだぞ!わかるか?」


「それで私がお■さん………あっ、また蹴った!お■さんよりもお■さんの方が好きみたいね?」


「くっ………じゃあ、生まれたらどっちが先に■前を呼ばれるか勝負だ!」


「ふふっ、気が早いよ」


 *


どうやら、世界と世界を移るときに夢を見るみたいだ。

夢を見る度に意識ははっきりとしてきて、いまでは夢の内容をしっかりと覚えることができる。

だけど、この夢は一体なんなんだろう?

旅先の世界となにか関係があるのかな?

そんなことを目覚めたばかりの頭で考える。


???『大丈夫?』

 

声に心配されハッとする。

夢のことよりも、いまは新たな世界のことをしっかり観察しないと。

さっそく、世界を見渡してみる。

視界のほとんどを白色が埋め尽くしてた。

そんな白一色の光景には、白いだるま、白い小山、空から降ってくる白い小さな粒がある。


ボク『これは雪?つまり冬?』


???『そうみたいだね。もしも、体があったら、すごく寒かっただろうね』

 

他にもなにかないか、よく周りを見てみる。

すると、小さな雪山の穴から一人の女の子がひょっこりと顔を出した。

毛糸のニット帽にマフラー、手袋も着けて全身モコモコの恰好をしてる。


「みつきー!そっちのかまくらできたー?」


声は別のかまくらから届いた。あの女の子の友達からだ。

友達は何人かいて、それぞれがお手製のかまくらを作って遊んでる。

そんな子供たちを見てる中で気になったのは、さっき呼ばれた女の子の名前。


ボク『みつき………前に観た世界にいた赤ちゃんの名前と同じ?』

 

ここには、あの赤ちゃんのお父さんらしき男の人はいない。

ということは、ボクはあの女の子の思い出を見てるのかな?

その女の子に注意して様子を見る。

それにしても………


ボク『楽しそう』


???『羨ましい?』


声が尋ねる。


ボク『うん。もしも、ああいう風に遊べたらきっと幸せなんだろうなって思う』


???『………そうだね』

 

そのあと、少しの間女の子達の遊んでるところを眺めて元の世界に戻った。

今回もボクのことはわからなかった。

でも、あの女の子がカギということはなんとなくわかる。

あの子がボク自身なのか、どういう関係なのか。あと何度の旅でわかるのかな?


 *


「■■■■の歌を、カナリヤが歌うよ―――」


「それ■■■だよな?練習してるのか?」


「うん、この子を寝かしつけるのに■おうと思って」


「じゃあ、俺にも■えてくれよ。一緒に練習しよう」


「■■■もね、いろいろあるんだよ。なにがいいかな?」


「ラ■バイ、■ラバイ、お休みよ―――」


「うーん、それはちょっと」


 *


目覚めると世界はさらに明るくなってた。

まだ少し暗さは残るけど、もう足元が怖くないくらいには明るい。


???「また、世界は明るくなった?」


ボク「うん。寒さもなくなってって―――うわっ!」

 

声に答えようとして振り向くと、黒い人影がボクの隣にいた。


???「どうしたの?なににビックリしたの?」


影から声がする。

ということは、この影さんがずっとボクのそばにいてくた声の姿なんだ。


ボク「いままでずっと暗かったから、キミの姿に気付かなかったんだ。声だけだと思ってた」


???「そうなんだ、驚かせてごめんね」

 

改めて影さんを見ると、少しぼやけてるけどなんとなくシルエットがわかる。

髪が長くて、背は低め。声でわかってたけど、やっぱり女の人だ。


ボク「よし、じゃあ行こう!光を探しに」

 

早くこの人のことが知りたい。

どんな名前で、性格で、ボクとどういう関係なんだろう?


 *


「………ごめ■ね、こんなときに体調崩して。この■にも悪いよね」


「大丈夫。ただの風■だろ?気にするなって」


「でも、■社まで休んで家■とか全部任せちゃって」


「た■にはいいよ、こういうのもさ。いかに■事が大変か痛感できた。いつもあり■とうな」


「こち■こそ、すぐに治すから、早く■気になるから」


「ああ!俺特製のお■ゆを食べれば一発だ!」


 *


そこは薄暗い世界だった。

たくさんの人が大きな部屋の中にいて、いくつもある丸テーブルを数人で囲んでる。

そんな中、唯一明るい場所に二人の男女がいた。

白いタキシードを着た男の人と、同じく白いドレスを着た女の人がライトを浴びて並んで立ってる。


ボク『これは結婚式?』


???『違うよ、これは結婚披露宴。結婚したことをお友達やお世話になった人に報告して、一緒にパーティーをするの』

 

いまは新郎の人が新婦との出会いの話をしてる。

それを話してる新郎、それを聞いてる新婦や参加者たちは皆幸せそうな顔をしてる。


「―――みつきさんとは、高校で同じクラスになって以来―――」

 

”みつき”………飛ばされる世界の先々にいる女の人。

この人の人生を追いかけて観ていってるということは、やっぱり彼女はボクなのかな?

将来、彼女の身になにかが起こって、記憶を失ってあの暗い世界へ飛ばされたとか。

いろいろ考えてるうちに新郎新婦からの挨拶が終わって、次はその両親からの挨拶が始まるみたいだ。

今度は三人の男女がライトを浴びてる。

一人は知ってる顔。最初に観た世界で、赤ちゃんを寝かしつけてたお父さん。前に見たときには無かったしわや白髪があった。

男「新婦■父、――■■でございます。僭越で■ござ■ますが―――」

 

男の人が話してる途中、急に世界が輝きだして、あっという間にボクは元の世界へと戻される。

いつも急だけど、今回はより一層早い気がした。


 *


「———非■に申し上げに■いのですが、出■時は難産が予■されます」


「………詳■く聞かせても■えますか?」


「先程■検査でわかったことな■ですが、お■の中にいるお■様が病気にかかっています。

病名は―――といって、大人にしてみれば風邪と■じ様なものなのですが、お腹の■ちゃんにかかってしまうと■に係わってきてしまうんです」


「………難産というのは?」


「ええ。病気の進行によって出産時に■ちゃんが■んでしまう可能性があります。また、出産が長引けばお■様自身の■も危険になるかもしれません。

もちろん、これ■まだ可能性の段階ですし、こちらでは万全の準備で■を尽くしますが………頭に入れ■おいて下さい」


「………先生、私の■なんてどうなってもいいです。だから、だからこの子の■だけは救って下さい。お願■します。お■いします」


「そんなこと■うなよ。ただ、可能性があるってだけだ。きっと、きっと■丈夫だから、な?」


 *


嫌な夢を見た。内容は覚えてるけどその内容自体はよく分からない。

それでも、嫌な気持ちになって暗い気分になってしまう。

この世界で最初に目覚めたときのことを思い出した。

あのときはこの世界が嫌で、うずくまることしかできなかった。

でも、もうそんなことはしない。

だって、もうこの世界は明るいから。

暗さはなくて寒さだって全くない。


ボク「どうして、いまの世界はあんなに急に終わっちゃったの?」


???「きっと、時間が迫っているんだね。旅にも期限はあるから。でも、大丈夫。次が最後だから」


ボク「次で?次でボクが誰だかわかるの?」


???「うん。だから、少し急ごう」

 

言われるまま、少し急ぎ気味で次の光を探す。

影さんは世界が明るくなるとは反対に暗さが増してた。


 *


「もうすぐだな、予■日。早く■■■、歌ってあげたいよ」


「………もし、■がダメでも、この子は■むから………そのときはお願いね」


「な、なに言ってんだよ、バカ。■■がいて、お■がいて、■もいて。それで家族■人で暮らすんだろ?

■■■だって練習したじゃないか。帽■だって、マフ■ーだって、手■だって編んだんじゃないか。自分で手渡さないとダメだろ?」


「………そうね、うん。そうだよね」


「ああ。大■夫。きっと、大丈■だから」


 *


一人のお婆さんが病室のベッドで横になってる。

そして、お婆さんを囲むようにその家族らしい人たちは立ってた。

きっと、お婆さんの子供たちなんだと思う。心配そうにお婆さんを見つめてる。


お婆さん「………私の人生は、幸せなものだった。お爺さんは先に逝ってしまったけれど、息子がいて、娘がいて、そして孫も。

たくさんの家族に囲まれて、私は………幸せだった―――」

 

お婆さんはそのまま静かに眠った。家族に看取られて幸せそうに笑顔で。

周りの人たちはそれに涙を流してた。愛して愛されて、きっとこのお婆さんの家族も幸せなんだろうな。


ボク『人は死んだらどうなるの?天国に往っちゃうの?それとも、生まれ変わるの?』


???『どうだろうね』


ボク『思い出はどうなるのかな?やっぱり忘れちゃうのかな?』

 

もしも、ボクが”みつき”という女の人なら、こんな幸せな思い出は忘れたくない。

いや、忘れない。それだけははっきりと言える。

そんなことを考えてると、一つの考えが頭の中でまとまった。

ああ、そっか。みつきはボクの………

みつきがいる世界と、世界を移る合間に見る夢の内容を思い返す。

ボクは全てを理解した気がした。ボクのことも、元の世界も、移った世界のことも、そして影さんの正体も。

最後に、病室の名札の名前を確認して最後の旅は終わった。

 

 *


”家族■人で幸せに暮らす”それが私の■だった。

■■と■■と私で。でも、それはどうも■わないらしい。

なら、せめてこの■だけでも。

例え、私が代わりに■ぬことになっても、この子には■きてほしい。

だから、ワタシは―――


 *


最後の旅が終わって帰ってきた世界はとても眩しかった。

最初の頃の暗さなんてもう思い出せないほどだった。


ボク「いまので旅は終わったんだよね?」


???「そうだね………どうだった?」

 

明るくなった世界に反して、さらに暗さを増した影さんは尋ねる。


ボク「楽しかったよ、とても、もう忘れられないくらいに」


???「………そう、それは良かった。それで、自分のことはわかった?」


ボク「うん、わかったよ。全部、なにもかも」


???「教えてくれる?」

 

影さんは急かすように言う。もう時間は無いみたいだ。


ボク「ボクは………ううん、”私”は”木村光輝きむらみつき”。あの旅は、ずっと光輝の人生を追ってた。だから」


???「あの光景は、光輝の過去の思い出?」


みつき「ううん、そうじゃない」

 

私は首を横に振る。


みつき「あれは………私の未来。未来の可能性」


???「当たり、よくわかったね」


みつき「だって、光輝はあのとき安らかに死んだもの。家族に看取られて、幸せそうに。それに………」


???「それに?」


みつき「それに、あんな幸せな思い出を忘れるわけがない。例え、死んでも、どうなっても決して忘れられない」

 

友達と楽しそうに遊んで、好きな人と結婚して、最後は眠るように死んでいった。

思えば赤ちゃんのときからか。お父さんに子守唄を歌ってもらってスヤスヤ眠ってた。あのときから光輝は幸せだった。


???「そっか………じゃあ、次はワタシのことを教えないとね」


みつき「ううん、大丈夫。もう、わかってるから。わかってるから………………”お母さん”。いま、私がお母さんのお腹にいることも」

 

影さんは驚いたような動きをする。影全体がビクッとした。


お母さん「どう………して………?」


みつき「私ね、旅の合間に夢を見てたの。ううん、あれは夢じゃない。私が実際に聞いた話。お母さんのお腹の中で聞いた話。

そこで、あるお母さんが悩んでた。このままだとお腹の子は死んじゃうって………それで、私の話と結びついた」


お母さん「………そっか」

 

お母さんは静かにつぶやく。悲しそうに、寂しそうに。


お母さん「そうだよ、私はあなたのお母さん。ずっと隠しててごめんね。でも、どうしてもあなたに明るい未来を見せたくて、”ここ”に来たの」


みつき「私は、生まれるときに死んでしまうはずだった。だから、私に未来を見せたの?生きる希望を持たせるために?」


お母さん「そう、あなたが心から生きたいと思えば、産まれてこられるはずなの。だから―――」

 

―――そのとき、世界全体が軋むような歪な音がした。世界全体でとても大きな音で。

そして、無限に思えた世界が狭まってくるのが見えた。段々と、遠くからこちらを中心に崩壊していく。


お母さん「………もう、この世界も終わりみたいだね。でも、大丈夫。あなたは希望を持てた。だから、きっと元気に生まれてこられる。本当に、良かった」

 

お母さんは泣いてるみたいだった。影だから表情は見えないけど、きっと泣いてるんだと思う。


お母さん「きっと、ここであったことは全部忘れてしまうけど、あなたは幸せになれる。あの未来のように。だから、元気に生まれてきてね?

お母さん、待ってるからね………?」

 

お母さんは震えてた。


みつき「………嘘、だよね?」


お母さん「え?」


みつき「質問していい?」

 

お母さんの返答を待たずに質問を投げかける。


みつき「どうして、あのときお父さんと一緒に子守唄を歌ってなかったの?どうして、結婚披露宴のときいなかったの?

どうして………………私の未来に”お母さん”がいないの?」

 

私が観た光輝の思い出に、お母さんは出てこなかった。

たったの一度も。


お母さん「それは………」


みつき「嫌だよ私、お母さんがいないと。お父さんの子守歌もいいけど、お母さんのも聴きたい。お母さんと一緒に遊びたい。お母さんと、お母さんと………」

 

世界の崩壊は進んでいく。もう少しで、いま私たちがいるここも無くなる。


お母さん「ごめんね。でも、もう遅いの。ワタシ、この世界に来るので疲れちゃったから」


みつき「………じゃあ、私の光を半分あげる。この光って、生きる希望なんでしょ?だから、最初は世界が真っ暗だった。

病気の私は生きる力が無くて、でも、お母さんが幸せな未来を見せてくれたから、段々と希望が持てた。だから、世界は明るくなっていった」

 

だから、自分の命に代えて、私を生んでくれようとしたお母さんの影は段々と暗くなっていった。死ぬ覚悟がついていったから。


お母さん「ダメよ、光を分けるなんて。そんなことをしたら、アナタは不自由な体で生まれてくるかもしれない。寿命が半分になってしまうかもしれない」

 

私は精一杯に叫ぶ。お母さんに届くまでずっと全力で。


みつき「私はね?私はお母さんがいなきゃ幸せになれないっ!!お母さんがいない世界なんていらないのっ!!」


お母さん「………大丈夫。だって、未来でアナタはあんなに幸せそうだったじゃない」

 

確かに、お母さんがいない世界でも私は最期まで幸せだった。


みつき「かもしれない………でもね?未来の私といまの私は違うの。いまの私は未来を知ってる。幸せな未来を知ってる。

だから、あれ以上の幸せが欲しいの。あの世界に、お母さんもいればきっともっともっと幸せだからっ!!」


お母さん「………………」


みつき「私は体が不自由になっても構わない、寿命が半分になっても。お母さんがいればっ!!」


お母さん「そうなったら、アナタはあの世界のような幸せは掴めないかもしれない。ワタシは、お母さんはアナタの幸せを一番に考えたいのっ!!」

 

脅すようなことを言われた。

でも、めげない。挫けない。


みつき「じゃあ、あの未来はいらない。あんな、お母さんがいない世界なんて。でも、だからって幸せを諦めるわけじゃないっ!!

体が不自由でも、寿命が半分でも、それでも幸せになるっ!!お母さんがいて、お父さんがいて、友達もいて、結婚もして、最後は幸せに死ぬっ!!

だから、私のわがままを聞いてっ!お母さん!!」

 

私はお母さんを抱きしめる。影だから掴めはしないけど温もりは感じる。

そして、この世界の光をお母さんに半分分けた。

方法なんてわからなかったけど、いままで見た未来の景色に、お母さんが一緒にいることをイメージしたらどうにかなったらしい。

終わる世界は前のように薄暗くなって、そして私たちが立ってた場所も消え去った。




私が本当の世界へと生まれる前の束の間、最後にお母さんと話すことができた。


お母さん「………私、あなたと一緒に生きたいと思ってしまった。ダメなのに、本当はダメなのに………」


お母さんの影は私から光をもらって、白く輝く光の影へと変わっていた。


みつき「全然ダメなんかじゃないよ?私のことずっと思っててくれていいんだよ?ずっと、これから先も!」


お母さん「いいのかな………?本当に?」


みつき「うんっ!だから………また、後でね。私元気に産まれてくるから!そしたら、私の面倒よろしくね!」

 

お母さんの影は消え去って、あとは私だけ。

本当に終わる。私の長い旅も、この意識も、思い出も、なにもかも。

ううん、一つだけ残る。

あのとき感じた光の眩しさを。だから、私は決して生きることをあきらめない、幸せをあきらめない。

ああ、ほら光が見えてきた。

新たな世界の光だ。

そろそろ、お母さんやお父さんに私の顔を見せないと。

心配で倒れちゃうかもしれない。


 *


お父さん・お母さん「「ゆりかごの夢に、黄色い月がかかるよ、ねんねこ、ねんねこ、ねんねこよ」」

 

ゆったりとした二つの歌声で目を覚ました。


お父さん「あれ?起こしちゃったか?」


お母さん「あなた、声が大きいのよ。子守歌なんだから、もっと静かに歌わなきゃ」

 

二人の声はどこかで聞いたことがあるような懐かしくて優しい声。

周りを見渡すと、辺り一面に綺麗な色が付いてた。赤や青、緑や黄みたいないろんな色が。


お母さん「どうしたの?お腹空いた?」

 

私は抱きかかえられる。とても温かい。

私はこの温もりを知ってる。いつか、私が誰かを抱きしめたときのだ。


お父さん「ほら、光輝。お父さんって言ってごらん?」


お母さん「お父さんよりもお母さんの方が好きよね?ね?光輝?」

 

ごめんね、お父さん。一番最初は決めてるんだ。




みつき「おかーさん!!」

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