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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界最強の付与魔法師 〜「バフ&デバフは役に立たない」と勇者パーティを追放された俺、実は最強でした。戻って来いと言われても……俺が作ったパーティの方が強いので……〜

「アルス・フォルレーゼ……お前はクビだ!」


 な、なんだって……?

 俺は、耳を疑った。


 俺は付与魔法師として勇者パーティで活動している。


 勇者パーティは世界を脅かす魔王・魔族に対抗するために各国が共同で組織した選りすぐりのパーティだ。

 歴史的にはかなり古くからあるらしい。 


 そこで、俺は主に強化魔法を味方に付与し、仲間をアシストする役割として勇者パーティに入った。

 誰よりも付与魔法に関しては実力がある自負がある。


 俺がパーティに入ってから、勇者パーティは苦戦していた魔物を余裕をもって倒せるようになったし、移動速度を向上することで余計な時間を削減できるようにもなった。


 飛躍的に効率が上がった。

 そのはずだったのだが……。


 朝食を食べ終わった後、朝の定例会議で俺のクビを宣告されてしまった。

 俺が何かとんでもないことをやらかしたわけではない。


 いつも通り朝を迎え、今日も一日頑張ろうと気合いを入れていたところだった。

 俺は動揺を殺し、落ち着いた声で勇者パーティのリーダー、ナルドに聞き返す。


「な、なんだよ急に……。何かの冗談か?」


「冗談なわけねーだろ! さっき決めた、お前はクビだ。何度でも言うぞ! お前はクビだ! クビ! クビ! クビ!」


 さっき決めたって……。

 普段から気分屋だとは思っていたが、まさかパーティメンバーの進退まで安易に決めてしまおうとは……。


「アルス、確かにこれまでお前の強化魔法は重宝してきた。だがな、強化魔法はポーションで代用できるんだよ!」


「で、でもポーションより俺の方が効果は——」


「ああそうだ! ポーションよりお前の強化魔法の方が強い。だがな……その差はお荷物を抱えるほどじゃねえんだ! 経験値泥棒が!」


「……!」


 この世界では、魔物を倒すことで経験値を獲得でき、その経験値量に応じて人はより強く成長することができる。


 魔物を倒して得られる経験値は一定であり、パーティメンバーが増えれば増えるほど一人当たりの経験値量は減ってしまう。


 要するに、より多くの経験値を得るために俺をパーティから追い出したいというわけだ。


 しかし、俺だって立派に勇者パーティに貢献しているつもりだ。

 急にクビだと言われても納得できない。


 きちんと俺がパーティの役に立っていることを説明して考え直してもらおう。

 秘密にしていたわけではないが、説明するまでもないことだと思って言ってなかったことがある。


 これを言えば、考え直してくれるかもしれない。


「ナルド、実は——」


「ああうるせえ! お前のクビはもう決定事項なんだよ! 何を言おうが覆らねえ! 出ていけ!」


「……っ!」


 長年——とまでは言えないかもしれなが、三年も一緒に冒険をしてきたパーティメンバーの言い訳など聞く価値もない、か。


「そうだ! てめえは邪魔なんだよ!」


「お前のせいで俺まで割り食ってんだからな! そこんとこわかってんのか?」


「空気読んでよね〜」


 今まで仲間だと思っていたパーティメンバーたちから、次々と心ない言葉を投げられた。


 そうか、そうかよ。


 そっちがその気なら、もういい。


 俺は、固く拳を握りしめた。


「わかったよ……。後悔しても知らないからな? こんな形で追い出されて、俺が戻ってくると思うなよ?」


 俺がそう宣言すると、パーティメンバーたちは顔を見合わせて俺を嗤った。


「どの口が言ってんだテメー。お前なんか呼び戻すわけねーだろが!」


「そうだ! 勘違いも大概にしろ!」


「これで効率が上がるな!」


 …………。


 やれやれ、何か勘違いしているようだな。


 このパーティは、俺が——というより付与魔法があったから成り立っていたと言っても過言ではない。


 そのことを理解せず……いや、理解しようともせずに追い出そうとするとは。哀れでしかない。


 俺は、勇者パーティ自体には大した思い入れはなかった。俺の家族を奪った魔王、魔族に仇討ちをするのと同時に、これ以上の災厄を未然に防ぐために勇者パーティを利用していた。


 既存の組織を使った方が簡単だと思っていたが……そうではなかったようだ。

 この辺りが限界らしい。


 十中八九、勇者パーティは俺がいなくなったことで困り、俺を呼び戻そうとするだろう。

 しかし、宣言したように俺はもう戻るつもりはない。


 俺は、完全にこのパーティを見限ったのだ。


「じゃあな」


 元パーティメンバーたちに一言声をかけるが、ジロジロと見るだけで返事を返す者は誰一人としていなかった。


 ◇


 朝の定例会議をしていた宿を出て、俺は冒険者ギルドに向かった。

 やらなければならないことは決まっているが、すぐに達成できるようなことではない。


 ひとまず冒険者になり生活を安定させることがスタートラインだ。

 俺は冒険者になることなく勇者パーティに所属していたため、冒険者の資格がない。


 まずは、どこかの冒険者ギルドで冒険者試験を受け、ライセンスを取得しなければならない。


 現在拠点にしているのはベルガラム村。

 冒険者ギルドは各村に存在しているが、ランセンスを取得することができる村は限られている。

 幸いにもベルガラム村はある程度規模が大きいため、このギルドで試験に合格することでライセンスを取得できたはずだ。


 ガラッ。


 冒険者ギルドの扉を開け、中に入る。


 左には大量の依頼書が貼られた掲示板が並び、右には冒険者用の酒場。

 奥には受付がある。


 勇者パーティもギルド経由で依頼を受けたり、司令を受け取ったりをするが、基本的にリーダーが手続きをするので、あまり建物に入ったことがなかった。


 なるほど、こんな感じなのか。


 新鮮さを感じつつ、受付へ向かう。


「いらっしゃいませ。ご用件はいかがでしょうか?」


「冒険者ライセンスを取りたいんだ」


「なるほど、冒険者志望ということですね。最短で今日試験を受けられますが、いつになさいますか?」


 冒険者ギルドでは、毎日昼ごろから試験を行っている。

 まだ朝なので今日の試験に間に合うらしい。


 一日でも早く冒険者にならないと食うに困ってしまうので、これはラッキーだ。


「今日で頼む」


「かしこまりました。では、こちらの用紙にお名前とジョブをお書きください」


「ああ」


 俺は、受付嬢から用紙を受け取り、名前とジョブを書き込んでいく。


 ジョブというのは、生まれながりにして神から与えられた職業のことを指す。


 剣士や魔法師など多種多様だが、俺の職業は付与魔法師。

 強化魔法でパーティメンバーをアシストするのが主な役割だ。


「アルス・フォルレーゼ……付与魔法師……あ、あの……もしかして、勇者パーティの方でしょうか?」


 名前で気づかれたか。

 隠す必要もないが、変に目立つのも仕事がやりにくそうだ。


 嘘にならない範囲で誤魔化しておこう。


「いや、勇者パーティとは何も関係ないぞ。っていうかわりとよくある名前だろ?」


「た、確かにそうですが……」


 どうにか上手くいったようだ。


「それでは、試験の説明をしますね。冒険者ギルドの試験は、全部で4回の試験があります。魔力試験、的当て試験、実技試験、最終試験です。順番に試験の全てを合格する必要がありますが、決して困難なものではありません。不合格となっても、何度でも再受験が可能です。頑張ってくださいね」


「ああ、わかった」


 俺のようなサポート職であっても、最低限の戦闘力はないと一人前の冒険者としては認めてもらえない。


 一見して試験の回数が多いようにも思ってしまうが、命の危険が伴う冒険者になるのならこのくらいの壁は乗り越えられないと話にならない。


 冒険者の死亡率というのは、初心者のうちが最も高く、ベテラン冒険者ほど低くなる。

 初心者冒険者を死なせないよう、ギルドも色々と考えた結果なのだろう。


 早く冒険者になりたい俺としてはやや面倒だが、スムーズに終われば一日で全て終えられる。

 気合いを入れて頑張るとしよう。


「それでは、事前に魔力試験を行いますので、別室にどうぞ」


「わかった」


 俺は受付嬢の後をついていく。

 魔力試験というのは、魔力の総量を計測する試験のことである。


 剣を使うにせよ、魔法を使うにせよ、冒険者である限り魔力はどうしても必要になる。

 正確な魔力量は勇者パーティに入るときにしか計測したことがないが、おそらく大丈夫だろう。


 あれだけ毎日頑張ってきたのだ。

 増えることはあっても減ることはないだろう。


「この部屋です。どうぞお入りください」


「ああ」


 連れてこられた部屋には、中央に丸い水晶がある以外は何もない部屋だった。

 魔力測定用の水晶は綺麗な球体だが、くすんでおりお世辞にも綺麗な見た目ではない。


 受付嬢が触れることで、水晶が淡く煌めく。


「このように触れることで魔力を吸収し、魔力量を示してくれます。輝きが大きいほど魔力量が高く、逆に輝きが小さければ魔力量が少ないということです」


「なるほど。どのくらいが合格点なんだ?」


「先ほどの私の魔力量では厳しいですね……。もう少し輝けば合格できると思います。一般人の私ですらもう少しで手が届きますので、それほど高いハードルというわけではありませんよ」


「なるほど……ともかくやってみる」


 俺は、水晶に手を乗せた。

 すると——


 ピカッ!


 たちまち水晶は強烈な蒼い光を放った。

 これだけ輝いていればさすがに合格だろう……と一瞬思ったのだが。


「どうした? 固まっちゃって。もしかして何か間違えてたか?」


 受付嬢は目を見開き、微動だにしなくなっていた。

 早く合格判定をしてほしいのだが……。


「す、すみません! こんなの初めて見たもので……すぐに確認しますね!」


 どうやら、やっと我に帰ってくれたようだった。


 勝手に手を離すわけにはいかないので、そのまま水晶に手を触れていると——


「熱っ」


 だんだんと水晶の温度が上がり、火傷しそうなほど熱くなってしまった。

 見た目も赤い球に変化してしまっている。


 俺は鍛えているので実際に火傷することはないが、200度くらいはあるんじゃないだろうか。


 受付嬢がメモを取っていると——


 ピキピキピキピキ……。


 という嫌な音がしてきた。

 これってもしかしてだが……。


「なあ、この水晶って割れること……あるのか?」


「いえ、今までそんなことは一度も聞いたことがありません。絶対に大丈夫です!」


「そうか、なら良かった」


 そのときだった。


 パリンッ——!!


 ガラスが割れるような音が部屋に響き渡り、俺の魔力量を計測していた水晶が粉砕したのだった。


「どういうことだ? 割れたんだが……?」


 受付嬢は魔力測定用の水晶が割れることは絶対に割れることはないと言っていたが、粉々になってしまった。


「あ、ありえないです……。水晶は魔力を吸収して測定するので原理的には許容量を超えると割れますが、その許容量はSランク冒険者の方でも十分に耐えられるほど余裕のあるものになっています」


「でも実際に割れたわけなんだが……」


「そ、そうですね。前代未聞です。……ハッ!」


 何かに気づいたような素振りを見せる受付嬢。


「アルスさん、やはりあなたは勇者パーティ——」


「違う。常識的に考えて勇者パーティの付与魔法師がわざわざ冒険者になるはずがないだろ?」


「で、ですよねー……」


 事実として今は『勇者』ではないのだから、嘘はついていない。


「そもそも、仮に勇者様だとしても水晶が粉砕するほどの魔力をお持ちだとは思えないですし……」


「ん……まあ、そうだな」


 魔力は剣や魔法を使う際に消費するもの。

 生まれながらにして誰もが魔力を持ち、身体の成長とともに増えていく。


 身体の成長は先天的なものだが、消費した魔力が回復する際に微増したりもする。

 他にも強い敵との戦闘による経験値獲得で微増したりなど様々な方法があるが、どちらにせよ後天的に魔力量を引き上げるには血の滲むような努力が必要だ。

 

 俺は、勇者になるまでには勇者として最低限の魔力量しか持ち合わせていなかったが、後天的に膨大な魔力を手に入れた。


 そういえば、このことも勇者パーティの面々には言えていなかったな。

 勇者や冒険者は実力が全て。


 努力の過程など見せずに結果だけを見せればいいと思っていたが、そのせいで実際よりも勇者アルスは過小評価されてしまっていたようだ。


 まあ、今となってはどうでもいいのだが。


「そんなことよりも、試験結果はどうなるんだ? 判定不能で不合格と言われても、これは抑えようがないんだが……」


「いえ、これはもちろん合格です! それはご安心ください!」


「よかった」


 俺は胸を撫で下ろした。

 他の試験はどうにかなるとしても、ここで躓くと永遠に冒険者になれない可能性もあったからな……。


「それにしても、迷惑かけちゃったな」


「……? 何がですか?」


「水晶を壊しちゃったから、しばらく試験ができないだろう」


「いえいえ、お気になさらないでください! 壊れるのは想定外でしたが……本来はギルド側が想定しておくべきことです」


「そう言ってくれると助かるが……」


 俺もギルドも悪くないとはいえ、迷惑をかけてしまったのは事実だ。

 上手く魔力放出を加減する技術を身につけていればこうはならなかっただろう。


 これからの課題だな。


「痛っ……」


「ん、どうした!?」


 割れてしまった水晶を片付けていた受付嬢が悲痛な声を漏らした。


「い、いえ……少し指を切ってしまっただけです! だ、大丈夫ですから!」


「結構派手に切ったな……」


 切れてしまった部分から血が出てしまっている。

 切り傷は後になっても痛むんだよな……。


 元を正せば俺が水晶を壊してしまったせいで怪我をさせたのだから、罪悪感を感じてしまう。


「ちょっと、怪我した指に触れるぞ」


「え?」


「ジッとしててくれ」


 普通の付与魔法師は強化魔法しか使えない。

 たとえば味方の攻撃力を強化したり、防御力を強化したり……など。


 もちろん、強化魔法だけでも強力ではある。

 でも、俺はそこで満足しなかった。


 付与魔法の本質的は強化魔法を付与することだけに限らない。

 付与魔法の本質は、何らかの『性質』を付与すること。


 そのことに気づいた俺は、強化魔法だけに縛られない付与魔法の無限の可能性を感じた。


 頭の中で昔のことを思い出していても仕方がない、やってみよう。


 患部を再生するイメージを俺の頭の中で描き、付与魔法を構築する。

 そして、受付嬢の指に魔力を流し込む——


「ヒール」


 まるで回復術師が回復魔法をかけたの如く一瞬で怪我を治癒することに成功した。


「……えっ!? け、怪我が治ってる!?」


「もう痛くないか?」


「え、はい……。あの……アルスさんは付与魔法師なのでは……?」


「うん。付与魔法師が回復魔法を使えたら何か問題があるか?」


「そりゃあ……い、いえ。水晶を壊した時点でもう何が起こってもおかしくありませんね。ともかく、怪我を治していただきありがとうございます!」


「うん。どういたしまして。……あっ」


 受付嬢の怪我を治したことで、俺は閃いた。

 物に対しては試したことがなかったが——


「どうせならこの水晶を直せないか試してみるか」


「そ、そんなことができるんですか!?」


「やったことないから約束はできないよ。でも、どうせ壊れてるんだし失敗しても問題ないだろ?」


「え、ええ。もちろんです……」


 修復に成功すれば怪我のリスクを負わせなくて済むし、水晶がないことで迷惑をかけてしまうこともない。


 俺は、粉砕してしまった水晶の破片が元の形に戻るようイメージし、付与魔法を構築する。

 破片の上に手をかざし、魔力を流し込む。


「リペア」


 すると、破片の一つ一つが自動的に元に戻っていき、綺麗な球の形になった。

 どうやら作戦はうまくいったようだ。


「す、すごい……! 本当にありがとうございます! 正直助かりました!」


「ハハ……どういたしまして。まあ、元はと言えば俺のせいなんだけど」


「そ、そんなことありませんから!」


 慌てて俺のフォローをしてくれる受付嬢。


「あ、それで次の試験なんだけど……的当て試験だっけ?」


「そうです! 的に魔法か剣で攻撃していただいて、その攻撃力で合否が決まるものですが……アルスさんのこの魔力量なら絶対大丈夫だと思います!」


「あんまり期待されてもプレッシャーになるんだが……」


 あくまでも俺は付与魔法師。支援職だ。

 さすがに合格はできると思うが、変にハードルを上げてしまったせいでがっかりさせてしまわないか心配だな……。


「ではご案内しますね〜!」


 ◇


 受付嬢に連れてこられたのは、ギルドの裏にある広めの演習場。


 試験による騒音を軽減するためか、周りは木々に囲まれている。

 開けた場所に横並びでカカシのような見た目の的が五体立っていた。


「あの的をこんな風に——」


 説明しながら、受付嬢は初級魔法『火球』を放つ。

 ゆらゆらと頼りない軌道で火の球が飛んでいき、カカシに着弾。


 ポンッ。


 と可愛い音が鳴った。

 少しだけカカシが淡く輝いた。


「攻撃すると、攻撃力に応じて輝くんです。三回攻撃していただいて、最も攻撃力が高かった一回がカウントします! 基準ですが、先ほどの私の攻撃より一回り強力になれば合格できます」


「なるほど」


「この試験は剣でも魔法でもどちらでも構わないですが……アルスさんは魔法でしょうか?」


「そうだな。どっちでもいいが……魔法の方が都合が良さそうだ」


 というのも、俺は付与魔法を駆使することにより剣も問題なく扱えるのだが、今は剣を持ち合わせていない。


 魔法なら道具がなくても使えるので、どちらでも良いのなら魔法の方が都合が良いのだ。


「ど、どっちでもいい!? ……承知しました。いつでも大丈夫ですので、攻撃をお願いします」


「わかった」


 チャンスは三回か。

 カカシに当たった攻撃だけがカウントされるため、必ず当てなければならない。


 となると、一回目はほどほどの攻撃で確実に的に当ててそこそこのスコアを確保し、二回目、三回目の攻撃は全力を出して高スコアを叩き出す作戦でいくとしよう。


 使う魔法は、さっきの受付嬢が使ったものと同じく『火球』。


 俺は付与魔法師だが、『火球』くらいのシンプルな魔法ならわざわざ付与魔法に頼らずとも普通に使うことができる。


 俺に限らず、攻撃魔法を主な役割とする魔法師や、回復魔法を主に使う回復術師など、多くの魔法系サポート職が初級魔法くらいは共通して使えるのが常識である。


 初級魔法で最低ラインのスコアを確保しつつ、本命は付与魔法を使った高威力の魔法で挑むとしよう。


「よし」


 俺は、カカシから二十メートルほど離れた場所から火球を放った。

 直線的に力強い軌道を描き、超高温の火球が飛んでいく。


 そして、的に着弾。


 ドガガガガガアアアアァァァァ————ンンンンッッッッ!!!!


 着弾した瞬間、火球は大爆発を起こし、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 濛々と煙が立ち上がり、地面は高音で一部ガラス化してしまっている。


 攻撃は上手くいったが——


「やっぱり火球じゃこの程度が限界か……」


 俺が肩を竦めていると、受付嬢はなぜか目が飛び出るんじゃないかというくらい驚いていた。


「な、な、な、何ですかこれ!? やばすぎますよ!?」


「うん? 安心してくれ。さすがにこれは全力じゃないよ」


「って、はあああああ!? こ、これで全力じゃない……ええええ……」


 そんなことを話しているうちに煙が晴れてきた。


「それで、このくらいの攻撃力だと評価はどうなる……って、あれ?」


 どのくらい輝いているのかを確かめようとカカシを確認しようとしたのだが……。


「カ、カカシがバラバラになってます……。う、嘘でしょ……。っていうか、爆風だけで隣のカカシまでボロボロに……ええええ……」


 的であるカカシは見るも無惨な姿になってしまっていたのだった。

 どれも完全に壊れてしまったようで、輝きは皆無だった。


 全部で五つあるカカシの全てをついでに壊してしまったようで、測りようがなさそうだ。


「これって壊れるもんなのか?」


「壊れるわけないです……いえ、実際に壊れてるので変な話なのですが……。と、とにかく合格です! 誰がなんと言おうと合格です!」


「良かった、合格になるんだな。あ、でもあと二回試験残ってるよな?」


「やらなくていいです! もう合格ですから!! っていうか全部壊れて試験のしようが……」


「リペア×5」


 さっき水晶を壊したのと同じ要領で五つのカカシを全て元通りに修復した。


「試験のしようはありますが、必要ありません!!」


 ……ということで、的当て試験は火球を放っただけで終わってしまった。


 ◇


 的当て試験を終えた後は約一時間ほど時間が空き、昼になってから実技試験が行われることになった。


 場所は、さっきの的当て試験と同じギルドの裏庭。


 Cランク冒険者と決闘形式で一対一の試合を行い、試験官であるCランク冒険者が合格と認めた者だけが最終試験に進める。


 冒険者にはE〜Sまで各ランクがあり、新米冒険者は全員が初めにEランク冒険者になる。

 ギルドからの依頼をこなし、実績を積み重ねることでDランク、Cランクと段階的に上がっていくという仕組みだ。


 Cランク冒険者になって始めて一人前の冒険者として見られることになる。

 そんな相手に認めてもらわなくちゃいけない。


「俺の他に三人も受けるんだな」


「はい、すべての試験を一日で終えようとする方は珍しいです」


「そういうもんなのか」


 俺の他の三人は、緊張した面持ちで時間が来るのを待っていた。

 俺は18歳だが、皆んな俺より一回りほど若い。


 ふっ……なかなか懐かしい光景だな。


 俺も勇者パーティの試験を受けたときはこんな風になっていた気がする。

 

 やることもないのでそんなことを思っていると——


「待たせたな。今日は俺が相手をさせてもらう」


 試験官が来たようだった。


 40歳近い見た目だが、筋骨隆々の頼もしい体格。

 剣を持ってきている……ということは、おそらく剣士だろう。


「既にこの試験のルールは聞いてきてるはずだが、念の為おさらいするぞ」


 ふむ、アバウトそうな見た目によらずなかなか丁寧な試験官だな。


「俺とお前たちで一対一の決闘を行う。剣でも魔法でも、得意なスタイルを選べ。一方が戦闘不能になるか、降参するまで続くぞ。試合の内容で合否を決める。お前たちは俺に勝つつもりで挑んでこい。何か質問があるやつはいるか?」


 質問、か……。


 俺はスッと右手を上げた。


「よし、なんでも言ってみろ」


「決闘の内容で合否を決めるってことだが……どういうポイントで評価してるんだ?」


「いい質問だ。これは実際の依頼と同等の試験……最終試験を受けるのに相応しい能力があるかどうかを見ている。基本的な戦闘力やピンチの際の切り抜け方、状況判断能力を総合的に見ている」


 ややふわっとした評価なんだな。

 俺がほしい回答とは違ったが、まあいいだろう。


「つまり、あんたに勝てば合格ってことなのか?」


「……ふっ、できるものならやってみるが良い。俺は腐ってもCランク冒険者だ。俺に勝てれば誰も合格で文句はないだろう。だが——今までそういうことを言ったやつで俺に勝てたやつはいないがな」


 よし、言質は取れた。

 いくらサポート職とはいえ、俺は元勇者パーティの一員。


 Cランク冒険者との決闘が苦戦することはあっても、負けることはないだろう。

 ふわっとした基準だと、不合格になってしまう可能性がある。


 勝てば必ず合格……これは安心感が違う。


「よーし、じゃあ今並んでる順番で一番俺に近いやつからかかってこい」


「は、はい……!」


 どうやら、俺は二番目のようだ。

 一番目を避けられたのは幸運だった。


 先の決闘を見て、対策を立てるとしよう。


「い、いきます!」


 一人目の冒険者志望者は、魔法師のようだ。


 中級魔法『ファイアストーム』——燃える竜巻を発生させる魔法を使うようだ。

 この歳でこの魔法を使えるとは、勝利有望だな。


 しかし……。


「なるほど、よく練習しているな!」


 キンキンキンッ!


 試験官は剣を振り、竜巻を断ち切ってしまったのだった。


「……なっ!」


 まさか、全く通用しないとは思っていなかったのだろう。

 同世代に比べればかなり優秀な部類。


 それゆえに自分を客観視できていなかった。

 その奢りにより——


「こ、降参です……」


 首に刃を突きつけられた冒険者志望者は敗北を認めた。


 攻撃が通用しない可能性が頭の片隅にでもあれば、もう少しマシな立ち回りができただろう。


「攻撃自体は強力だったが、先制攻撃に失敗してからの対応力にやや問題あり……だな。悪いが、これでは合格とは言えん。次の試験はまた実技試験で良いが、しっかり立ち回りを鍛えるように。期待している」


「は、はい! ありがとうございました……」


 肩を落としてギルドの裏庭から出ていく冒険者志望者。

 次は、俺の番だ。


「ん、次は付与魔法師か。珍しいな」


 実は、付与魔法師は一般の冒険者でも珍しい。

 ジョブは神から与えられるものなのだが、その割合には偏りがあり、魔法師や剣士は多い反面、付与魔法師や回復術師などは少ない傾向がある。


 しかし『ユニークジョブ』と呼ばれる強力な能力を持つ特別職に比べればありふれた存在でしかないのだが。


「ん、付与魔法師は魔法でいいんだっけか?」


「俺の場合は魔法も剣も使えるが……剣は持ち合わせがなくてな。魔法で受けようと思っている」


「ん、剣は私物の持ち込みは禁止だぞ。試験ではギルドから貸し出す決まりになっているが、借りるか?」


「え、借りられるのか」


「ああ。魔法に比べて剣は個体によってそれだけで戦闘力が大きく変わるからな。試験に使うにはフェアじゃないだろう。俺が使ってるのもギルドのものだ」


 そう言いながら、試験官は剣の柄に刻まれた模様を見せてくる。

 確かに、ギルドの模様が刻まれていた。


「なるほど……。それなら今回の試験は剣を借りたい」


「よし、わかった。準備しよう」


 試験官がそう言うと、ギルド職員が剣を俺に届けてくれた。


「しかし両方使えるってのは初めて見たな。まるで魔法剣士じゃねえか。まあ、どっちも中途半端だとどうしようもないんだがな……。よし、いつでもかかってこい」


 どうやら、さっきと同様で先制攻撃を譲ってくれるようだ。

 このチャンスを活かして一気に攻め込むのも作戦としては有効だが、それだと不意打ちをで勝ってしまうようで気分が悪い。


 初撃は様子見も兼ねて、ある程度の実力を示すとしよう。


 まずは自分に四つの強化魔法(バフ)——『移動速度強化』『攻撃速度強化』『攻撃力強化』『命中率強化』を付与する。


 そして剣にも同様の強化魔法を付与する。


「なっ……剣にも強化魔法を付与できるのか!?」


「ああ、ちょっとした工夫でな」


 付与魔法の本質は性質付与。

 その対象はなぜか生物だけに限られるという固定観念がある付与魔法師が多いが、それは違う。


 魔法理論を深く学び、魔法の性質を理解すれば生物だけに限られないことに気づくのはそう難しくない。

 何せ、ごく普通の人間である俺にできたのだからな。


 強化魔法が完了したことを確認し、俺は地を蹴った。


 同時に、今度は試験官と試験官の剣に対して四つの弱体化魔法(デバフ)——『移動速度弱化』『攻撃速度弱化』『攻撃力弱化』『命中率弱化』を付与する。


「速い……っ! くっ、しかもなぜか身体と剣がいつもより重く……ど、どういうことだ!?」


 混乱している中、俺は剣を横なぎに一閃。


 頭上を掠め、パラパラ……っと試験官の髪が落ちた。


 と思ったら、試験官の髪はどうやらヅラだったようだ。

 ヅラが丸ごと落ちてしまった。


 まだ若いのに、大変だな……。


 というか、他の冒険者志望者やギルド職員もいる中で隠していたであろうデリケートなことをバラしてしまったのは申し訳ない。


「………………悪かった」


「き、気にするな……」


 しかし、同情はするがこの決闘に対して手加減はしない。


 俺は足に『踏み込み強化』を付与し、音速を超えて接近する。


「き、消えただと!?」


「ここにいるぞ」


 試験官が気づいた頃には、俺は剣の切っ先を寸止めしたのだった。


「……こりゃ参った。降参だ」


 ふう、どうやら無事に勝てたようだ。

 負けることはないと思っていたが、俺は目先の金に困っているという問題がある。


 俺はほっと安堵した。


「す、すげえええ……」


「Cランク冒険者に勝っちまうなんて、あいつ何者なんだ!?」


 後ろで見ていた二人の冒険者志望者からそんな声が聞こえてきた。


 しまった……。目立つつもりはなかったのが、うっかり目立ってしまったようだ。

 俺は周りにすごいと思われるために強くなりたいと思ったわけじゃない。


 むしろ目立つと否が応でも面倒ごとに巻き込まれてしまうことを分かっているから勇者パーティでもなるべく目立たないようにしていたくらいなのだ。


「名前……なんという?」


 さっきまで決闘していた試験官が尋ねてきた。


「アルス・フォルレーゼだ」


「アルス……勇者パーティの付与魔法師か!?」


「いや、勇者ではないぞ。勇者ならここで試験を受けてはいないだろ?」


「う、うむ……確かにそれもそうか。それに、アルスは付与魔法師の域を超えてるからな……」


 それはさすがに過大評価だと思うがな……。

 上には上がいる。


 俺は、自分が規格外などと自惚れてはいない。


「それにしても、さっきはそのなんだ……悪かったな」


 地面に落ちたヅラを横目で見つつ、俺は改めて謝罪をした。


「あ、ああ。これが真実の姿だからな……。アルスが悪いわけではないさ」


「もし良ければなんだが……生やそうか?」


「生やす? 何をだ?」


「その……髪のことだ」


「そ、そんなことができるのか……!? これまでに軽く500万ジュエルは投資してるんだが、全く毛根が復活する気配がないんだが……」


 この国の通貨はジュエルというものが使われている。

 冒険者の収入はピンキリだが、一般の労働者の収入は毎月30万ジュエル程度。


 一年半以上の収入を毛根に投資していたことになる。

 中にはこうした治療を施すことで毛根が復活し、髪が復活する者もいるが、復活しない者も大勢いる。


 ハゲは恥ずかしいことではないと割り切ることができれば幸せなのだが、そう割り切れる人間ばかりではないというのがこの世界の悩ましいところである。


 むしろハゲる理由の一員としてストレスというものがあることが分かっている。


 ハゲていること自体がストレスになり、そのせいでさらに深刻なハゲに繋がる無限悪循環に陥ってしまう者も多いのだ。


「できる。ちょっと頭を貸してくれ」


 俺は試験官のツルツルな頭の上に手を翳し、付与魔法を構築する。


 毛根が復活し、再び力強い髪が生えてくることをイメージして性質を付与する——


「よし、できた」


 その瞬間、ニョキニョキと力強い髪が生えてきたのだった。


「う、うおおおおお!!!!」


 長年の悩みの種が解消されたのか、ものすごく嬉しそうだ。

 これほどまでに喜んでくれたら俺も嬉しい。


「ありがとう……本当にありがとう!」


「ど、どういたしまして……」


 ちょっとドン引きするくらい感謝されてしまったようだ。

 試験官に俺の手を両手で握られる。


「この恩は一生忘れない! 俺の名前はクリスだ。これから何か困ったことがあったら俺に相談してくれ!」


「お、おう……ありがとな」


 ハゲをバラしてしまったお詫びのつもりくらいでしかなかったのだが、困った時の相談相手が増えるのは良いことだ。


「アルスさん、合格おめでとうございます。それでは、次の試験——と言っても最後の試験ですが……準備はよろしいですか?」


 ニコニコ顔の受付嬢が俺に確認してきた。


 そう、まだ試験は終わっていないのだ。


 本物の依頼と同等難易度の試験をクリアして初めて冒険者になることができる。


「いつでも大丈夫だよ」


「さすがですね……。普通は実技試験が終わった後はクタクタになって後日とするのですが……では、内容をご説明するので一旦ギルドに戻りましょう」


「ああ」


 俺は返事をして受付嬢の後ろをついていった。


 やや裏庭から離れたところで、少しだけ気になっていたことを確認する。


「クリスの髪のことって知ってたのか?」


 ヅラが落ちた時、受付嬢は笑顔ではあったが驚いた様子はなかった。

 初めて知ったにしては引っかかる反応を不思議に感じたのだ。


「もちろん知ってましたよ! というか、気づかれてないと思ってたのはクリスさん自身くらいだと思います」


「そ、そうなのか」


「今までもたまにズレてましたし……」


「………………」


 俺はなんとも言えない気持ちになった。


 ◇


「今回の最終試験の内容は、採集依頼です」


 受付嬢は本物さながらの依頼書を俺に見せながら説明する。


 最終試験の内容は、毎回バラバラなものになるらしい。とはいえ通常の依頼と同じく討伐・採集・護衛など基本的な形式になる。


 いくつかのパターンがある依頼書からランダムで選ばれる。


 今回の俺の試験は採集になるようだった。


「アルスさんには、ポーションの材料となる『活力草』を20本採集していただきます。ただし、制限時間は5時間。上手く戦闘を避けるもよし、戦闘をしつつ効率的に回収しても構いません」


 活力草というのは、受付嬢の説明からもあった通り、生命力を回復させるポーションや魔力を回復させるポーションの原料になるものだ。


 高ランク向けの狩場ならありふれたものだが、低ランク向けの狩場だと生えている数が少なく集めにくい。


 広範囲を移動しなければならないため、避けたくても魔物とエンカウントする場合もあるだろう。


 集める数が少なければ上手く魔物との遭遇を回避することもできるだろうが、5時間という時間制限が難易度を引き上げている。


 Eランク冒険者にとっては5時間で20本を集めきるのはややハードな内容かもしれない。


「ただ、お察しの通り……やや採集試験としては、やや難しめの内容だと思います。しかし、圧倒的な試験結果を出されたアルスさんならクリアできるはずです。試験とはいえ、少しですがきちんと報酬も出るので頑張ってくださいね!」


 報酬ももらえるのか!

 Eランク依頼程度の報酬だと雀の涙だとは思うが、少しでも貰えるのはありがたい。


「ああ、問題ないと思う。5時間後にここに戻って来ればいいんだな?」


「はい、その認識で構いません」


「一応の確認なんだが、採集のついでに魔物を倒した場合は、それも買い取ってもらえるんだったよな?」


「もちろんです。今回は制限時間がある依頼なのであまりお勧めはしないのですが……」


「ちょっと気になって聞いてみただけだ。気にしないでくれ」


 俺は受付嬢から依頼書を受け取り、冒険者ギルドを出た。


 ◇


 ベルガルム村を出た俺は、村から北東に位置するイスタル森林を目指した。


 今回採集するもの——活力草は、周辺にいる魔物の魔力にあてられて成長するという特性がある。

 そのため低ランク向け狩場では自然に生えにくく、高ランク狩場ではありふれた存在になるのである。


 逆にいえば、ギルドからは採集する場所を指定されてはいないのだから、最初から高ランク向けの狩場で楽に回収してしまえばよいと考えた。


 勇者パーティ時代にこの辺りの魔物のおおよその強さは理解している。

 魔物の強さがソロでなんとかできる程度の強さでかつあまりベルガルム村から移動して時間がかからない場所——そこが、イスタル森林だった。


 たくさんの木々が生える森林の中を歩いていると、さっそく活力草を見つけた。

 それも、まとめて10本生えている。


 至る所に生えているので、すぐに20本くらいなら集まるだろう。


「ピギィ!」


 その時、足元からネズミ型の魔物が飛び出してきた。


 グリーンラット——防御力は大したことがないが、とにかく素早く毒牙による攻撃力が高い。


「うるさい」


 俺は飛びかかってきたグリーンラットの動きを正確に見切り、足で急所を蹴飛ばした。


「キュウゥ……」


 他にも複数の魔物が俺を狙っていたようだが、グリーンラットがワンパンされたことでそそくさと逃げてしまった。


 例外はあるが強い魔物になるほど知能も高くなる傾向がある。

 勝てない相手には挑まない——懸命な判断をしたということだろう。


 いや、知能が高いからこそ強い魔物になるのかもしれない。


 どちらにせよ、採集がやりやすくなってありがたい。


「よし」


 目的の活力草20本を回収し終えた。

 しかし、ギルドに戻ろうと村を目指して移動を始めたところ——


「や、やめて! こないで————!!」


 悲痛な声を漏らす女の子の声がした。

 一人——ということは、俺と同じくソロ冒険者か。


 どうやら、魔物の群れに突っ込んでしまい、大量の魔物に囲まれてしまったようだ。


 魔物の種類は、ブルーウルフか。

 縄張りに踏み込みさえしなければ積極的に人を襲うことはないが、縄張りには特に目印となるものがないため、青いウルフに常に警戒しなければならない。


 他に一人で考えることが多いソロ冒険者にとってはトラップのような存在である。


 襲われていたのは、金髪碧眼の美少女。

 サラサラのロングヘアーに、一切の無駄がない華奢な肢体。しかし華奢ではあるが、胸は大きい。


 一言で言えば、まるで御伽噺に出てくるお姫様のような美少女だった。


 剣を持っているのでおそらく剣士だとは思うのだが、腰を抜かしてしまって動けそうにない。

 既に何度か攻撃を受けているのかローブの装甲が剥がれてしまい、防御力が下がってしまっている。


 防戦一方でかなり苦戦しているようだ。


 あのままだと、確実に死ぬな……。


 仕方ない。

 あまり他の冒険者に干渉したくないが、このまま放っておいて嫌な知らせを聞いても寝覚めが悪い。


 助けるとしよう。


 まずは、魔物に襲われている女の子が怪我しないよう、強化魔法(バフ)をかける。


 ——『防御力強化』『魔法抵抗力強化』『回避力強化』『移動速度強化』の四つを付与。


 そして、魔物に対して弱体化魔法(デバフ)を付与する。


 ——『移動速度弱化』『攻撃速度弱化』『攻撃力弱化』『命中率弱化』の四つを付与。


 ここまで、約0.5秒ほど。


 その後俺自身に対して強化魔法を付与し、踏み込むと同時にブルーウルフの鋭い牙が少女を襲う。

 しかし——


「え……? 痛く、ない……?」


 強烈な痛みが襲うことを覚悟し、死すらも考えていたであろう少女は想定外の事態に困惑していたようだった。

 

「ちょっと熱くなるから、俺から離れないで」


「え!? あ、あの……あなたは!?」


 俺は質問に答える間も無く、付与魔法を展開する。


 付与魔法の本質は性質付与。

 全てを付与魔法で再現することはできないが、大抵のことは再現することができる。

 いや、それどころかより強力に改変することも可能だ。


 つまり、付与魔法は攻撃魔法にも応用できる。


 俺を中心に空洞を作り、その周りを焼き尽くす性質をイメージし、付与魔法を展開。


 ——『灼熱の業火(プロミネンス)』。


 俺と少女の周りを囲むように巨大な炎の壁が出来上がり、触れた部分を一瞬で焼き尽くしていく。

 ドーナツの穴の中にいるような感じなので、めちゃくちゃ熱い。


 少女も少し汗ばんでいるようだ。

 俺の腕にしがみついている格好なので、滑って万が一業火に巻き込まれでもしたら大変だ。


 俺からも少女を抱えるような姿勢になった。


 付与魔法の応用で魔力を使った周辺探知により、周辺の魔物の状況を探る。

 ブルーウルフたちが全滅したことを確認し、俺は魔法を解除した。


「あ、あの……危ないところを……ありがとうございました!」


「どういたしまして。まあ、そんなに大したことはしてないけどな」


「あ、あれが大したことないなんて……もしかしてかなり高位の冒険者の方ですか……?」


「いや? まだ正式な冒険者ですらないぞ。この薬草をギルドに届ければ冒険者になれるらしい」


 言いながら、俺はさっき回収した活力草を少女に見せる。


「冒険者試験でここに来たってことですか!? 試験でこんな場所に……!?」


「ああ、それはそうなんだが……活力草の回収場所をここにしようと決めたのは俺だ。ギルドは特に場所を指定しなかったからな」


「な、なるほど……そういうことですか。って、それにしても強すぎますよ!?」


「まあまあ、俺の話は別にいいだろ? そもそもなんでここにソロなんかで来てたんだ? 失礼な言い方にはなるが、まだ実力が足りてないように思うが……」


 俺は自分の強さを誇示したいわけではない。

 むしろそういうのは勘弁願いたいので、そう言ってもらえるのはありがたいがこの話を長く続けたくはないのだ。

 だから、話題を切り替えた。


「あっそれは……私、勇者になりたいんです」


「勇者……? 勇者ってあの勇者?」


「はい、その勇者です! 私も世界の平和のために勇者になりたいと思っていて、そのために経験値を溜めてたんです! 格上の魔物を倒した方が経験値効率も良いですし。ですけど、死にかけたので反省はしてます……」


 少女が勇者のことを話す瞳はすごくキラキラしていた。


 俺の場合は付与魔法師が当時求められていたから、冒険者としてのキャリアを積まないまま勇者になった。

 この子の場合は、剣を使っているということは剣士なのだろう。


 剣士が勇者になるには、既存の勇者より強くなければなることは難しい。

 そのためにまずは冒険者になって地道に強くなろうとしていたというわけか。


 俺から言わせれば勇者なんてこれほど憧れるほど良いもんじゃないんだがな……。

 そう思った時には、つい言わなくても良いことを口走ってしまっていた。


「夢を壊すようで悪いが……剣士は既に勇者パーティにいる。なかなか茨の道だと思うぞ」


 しかし、返って来た反応は意外なものだった。


「大丈夫です! 私、剣士ではないですよ! 剣聖ですっ!」


「剣聖……?」


「はい、剣聖です」


 剣聖……どこかで聞いたことがある。

 そうだ、昔読んだことがある古文書に書いてあった気がする。


「つまり、ユニークジョブか」


 剣士や魔法師、回復術師、付与魔法……etcのような一般的なジョブではなく、特別なジョブが神から与えられることがある。


 同時に生存しているのは世界で各ジョブごとに一人ではないか——とまで言われるほどに稀有な存在だ。


 強くなるためにたくさんの経験値を必要とする反面、成長すれば通常のジョブとは比べ物にならないほど強くなると言われている。


 剣聖の場合は同じく剣を扱う剣士と比較されがちだが、評価としては剣士の完全上位互換に当たるとされている。

 まだ成長途上だが、剣聖なのであれば勇者になることは夢でもなんでもない現実的な目標と言える。


「そうです! 私、頑張れば勇者になれるって聞いて……頑張ろうって思いました!」


「でも、勇者なんてそんなに良いもんじゃない……と思うぞ」


 俺は内情を知っているだけに、勇者なんて冗談でも勧められない。特にこの子は話していると本当に無垢で純粋な子だろうということが伝わってくる。


 こんな良い子をあんな場所に送り込みたくない。

 やんわりと説得していたところ——


「確かに大変だということはわかります! でも、付与魔法の勇者アルス様と一緒に冒険するには勇者になるしかないはずです!」


「ブフッ」


「ど、どうしたんですか!?」


 いきなり俺の名前が出たものだから、めちゃくちゃ驚いてしまった。

 変なやつだと思われたらどうしよう?

 いや、もうすでに思われてるな。じゃあいいか。


「な、なんでもない。なんでその……アルス様と冒険したいんだ?」


「私、アルス様が大好きなんです! いえ、愛してます! アルス様のお嫁さんになるために、まずは一緒に冒険して、私のことを知ってもらおうと思うんです!」


「ブフッ」


「……!?」


「す、すまない。君の夢を笑ったわけじゃないんだ……。でも、会ったこともない相手だろ? なんでそこまで好きになれるんだ?」


 恐らくこの子は戦闘にあまり向いていない。

 ブルーウルフの群れを相手に身動きできなくなってたしな……。


 本人もあまり魔物と戦うのは好きではないだろう。

 それでもなお弱みを克服して勇者なんかになろうと言うのは、よほどの強い想いがないとできることではない。


「アルス様は命をかけて私を救ってくれたんです。私、恩返しをしたいと思ってて、アルス様のことをずっと考えてたら大好きになっちゃったんです。もうこれは、お嫁さんになって一生ご奉仕するしかないと思うのです」


「お嫁さんはともかく、アルス様がそんなことを……な」


 う〜ん、全然思い出せないな。

 この子を助けたことなんてあったっけ?


「もう三年も前ですが、私の故郷——ルーリア村に魔物の軍勢が押し寄せてきたことがあって、その時村はピンチになりましたし、私は魔物に殺されそうになりました」


「ああ、あの時か」


 完全に思い出した。


「確かあの時はたまたま勇者パーティが物資の補充のために立ち寄ろうとしたところがルーリア村で、俺と同じくらいの歳の子が避難に遅れて魔物に捕まってたから助け出したんだよな。確か、その子の名前はセリア・ランジュエット——」


 あっ、うっかりここまで言っちゃったけど俺の正体、バレてないよな……?

 できることなら隠し通したいが……。


 ジーッとセリアは俺のことを見た。


「な、なんでそんなに詳しいことまで知ってるんですか!? しかも、私の名前まで……」


「い、いやそれはだな……」


「あっ、わかりました。あなたがアルス様なんですね! よく見たらあの時の少年にすごく似てる気がします!」


 自信満々に俺のことを勇者アルスだと断定するセリア。

 さすがにこれは言い逃れするのは無理そうだな……。


「あれ? でもそれだとおかしいですね……。アルス様は勇者パーティ所属のはずです。冒険者をしているのはおかしいです」


「まあ、その疑問はもっともだと思うよ。勇者アルスはちょうど今朝に勇者パーティを追い出されて冒険者になったんだよ。もう今はただのアルスでしかない」


「な、なるほど……アルス様がそんな大変なことになっていたんですね……。ということはやっぱりあなたがアルス様!」


「ま、まあな……」


「信じられません! ずっと会いたかったアルス様が目の前にいるなんて!」


 完全に俺のことをアルスだと信じ切っているのだろう。

 セリアは俺の胸に飛び込んできたのだった。


 まあ、偽物なら大問題だが、本物だし別にいいのか……?

 っていうかもしかしてさっきのセリアの話からすると——


「も、もしかして俺と一緒にパーティやるとか言わないよな……?」


「あ、その方が都合いいですね!」


 やっぱりついてくる気だ……!

 不本意ではあるが、行動の自由がある以上は勝手についてくる者を止めることは俺にはできない……か。


 しかしまぁ、剣聖——ユニークジョブなのなら、きちんと育てれば既存の勇者よりも強くなるだろう。

 それなら、俺の目標である平穏な日常を取り戻し、二度と災厄が起こらないようにするためには魔王の討伐は必須。

 その目的には合致する。


 意図しない形ではあったが、結果的には悪くない。


 ともあれ、俺のソロ冒険者ライフは一日保たずに終わりを迎えたようだった。


 ◇


 今朝、アルスを追い出した勇者パーティ一行は今日も魔物を狩るため、いつものようにベルガルム村を出た。

 片道一時間ほど移動し、ジュラルド丘陵についた。


 なだらかな丘が並ぶこの場所は今日のように天気が良い日にはとても景色が良い。

 アルスを追い出したことで気分が良かった勇者パーティ一行はいつも以上に活気付いていた。


「今日からは同じ労力でも手に入る経験値が大きく変わるぞ! 何せ無能を追い出したんだからな!」


「「「「「万歳!!」」」」」


 アルスを追放したことを喜ばしいと思っているのは勇者パーティのリーダーであるナルドだけでなく、他五人のパーティメンバーも同じ。

 ナルドの独断で決めたというよりも、パーティメンバーの総意により自然に決められたことだった。


「ここにポーションがある! 多少金はかかったが、しっかり回収するぞ!」


 アルスのような付与魔法師がいなくとも、街で売られているポーションを使うことで強化魔法を得ることはできる。

 もちろん、ポーションによる強化魔法が付与魔法師によるものよりやや劣ることは勇者たちも理解していたが、攻撃力はそれでも足りている——というのが彼らの認識だった。


 しかし、アルスの話を聞かなかったばかりに、重大なことを一つ見逃していた——


「な、なんか今日の魔物強くねえか……?」


 パーティメンバーの一人が呟く。

 そのように感じていたのは一人ではなかったようで……。


「だ、だよな……夜でもないのに魔物が強化されてるのか……?」


「攻撃は強いし防御力は高いし、おまけに素早くなってるぞ……!」


「回復が間に合わない! ポーションを飲んで!」


 アルスは、味方を強化するだけでなく、敵を弱体化することでもパーティに貢献していた。

 そのことを伝えようとしたが、勇者たちは聞く耳を持たなかったのだ。

 そのため、なぜ敵がこれほどまでに強いのかは知る由もない——


「き、気のせいだ! 気にするな! いつも通りやればそれでいいはずだ!!」


「し、しかし……これは……」


「うるせえ、しっかりやれ!!」


「……さーせん、まさかそんなことないですよね!!」


 明らかに普段と変わらない敵が手強くなっていても、気のせいだとして勇者パーティはアルスの貢献を信じようとしなかった。

 勇者たちの戦闘力が下がり、逆に敵がさらに手強くなってはいるものの、もともと安全マージンはしっかり取られた上で狩場に出ている。

 そのため、直ちに死ぬことはなかった。


「ふ、ふう……なんとか倒せたな。……ほらみろ、アルスなんて関係ねえんだ! まったく問題ない、続けるぞ」


 この時点で、薄々なにかがおかしいことには全員が気づいていた。

 アルスをパーティから追い出した以外には、なにも変わらないにもかかわらず、あまりにも変化が大きすぎた。


 しかし、あのような追い出し方をした手前、もはやどうすることもできなかった。

※追記

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[一言] 追放系やれやれ実力は隠したいんだがななろうテンプレを煮詰めて固めたオマージュ短編というかパロディ作品ですよね? まさか今になってギルド登録試験の魔力計測で計測不能で水晶玉が割れるシーンを読む…
[一言] おもしろかった。連載向けてがんばれ~。
[気になる点] 面白いですが、ハーレムはちゃんと一夫多妻で婚姻関係にして欲しいですね。 続編希望です。
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