7.みぃ、つけ、た♪
「ただいま」
「おかえり、綾ちゃん」
懐かしい我が家は、何にも変わっていなかった。
私の部屋も。母の優しそうな顔も。
お布団に横になっているおばあちゃんとも少し話をして、早めの夕食とお風呂を済まして、部屋の中でスマホを触る。
ふと見ると、8時前だった。家の中が不自然なほどに静まりかえっている。
「おかあ……」
お母さん、と声を出そうとしてやめた。
かすかに、生臭い匂いがする。
「もうい〜いかい♪」
もう、忘れてしまった、あの子の声。
慌てて立ち上がって、クローゼットの中に身を押し込む。
クローゼットの中は、子供の時よりも狭く感じた。
「もうい〜いかい♪」
ユウちゃんの声が近づいてくる。
それから、湿っぽい足音も。
すごく近付いて、遠くなって。
あれ、ユウちゃんは私がいない日も、毎日探しに来てたんだろうか。
昨日はどこを探したんだろう。
毎日隠れていれば、安全な場所がある。
何年も空いた今日、どこへ隠れれば安全なのか。
心臓の音が、自分で聞こえるようだった。
近付いて、離れて。
まだどこの扉の音もしていない。
1分が、永遠のようだ。
一度私の部屋から離れて、それからまた戻ってきた。
ぺたり、ぺたり。
裸足の子供の足音が、クローゼットの前で、止まった。
クローゼットの扉が、ゆっくりと開いていく。
「……ゆ、うちゃん……」
座った私と、そんなに変わらない背丈。
ゆうちゃんはどんな顔だったろう。
この子は本当にゆうちゃんだろうか。
濡れた黒髪、池の水を吸って浮腫んだ身体。
瞼も、顔の輪郭も、浮腫のせいでよく分からない。
目は開いているのか、瞼の隙間からぎょろっとした黒目が覗いているだけだった。
ユウちゃんかも分からないような、その子と、目が合った。
「みぃ、つけ、た♪」
次の日、小学校の裏のため池で成人女性の遺体が見つかったそうだ。
完
ここまでお読みいただいてありがとうございました。