6.次は私の番
ミナちゃんがいなくなった日は、ユウちゃんは来なかった。
次の日の朝の会で、やはり、ミナちゃんは学校の裏のため池で見つかったと西本先生が言った。
私はやっぱり、としか思わなかった。それと、次にため池に浮かぶのはきっと私だ、と。
その日の夜から、とうとう、かくれんぼが始まった。
学校から家まで、子供の足で15分ぐらいかかる。
ユウちゃんは、ピッタリ7時58分に家に入ってきた。
「もうい〜いかい♪」
ユウちゃんの声だった。私は、部屋のクローゼットの中でうずくまっている。
ミナちゃんのノートによると、初日にユウちゃんが探す場所はわからない。
次の日からは、前日に隠れた場所を避ければ良い。
今日さえ、乗り切れば、あとは隠れる場所をローテーションすれば良いだけだった。
ユウちゃんは、ぺたり、ぺたりと水に濡れた足で家中を歩き回っているみたいだった。
怖い。知っている声、知っている子のはずなのに、背筋がゾワゾワとするような恐怖が湧き上がってくる。
「もうい〜いかい♪」
ため池の生臭い匂いと、ユウちゃんの声が近づいてくる。どこの扉も開けた音がなくて、多分ユウちゃんはまだ細かいところを探していない。
クローゼットの前を歩く音、そこで立ち止まる音がした。
こわい。こわい。
クローゼットが、ゆっくり開いてゆく。
いや、開かなかった。目の錯覚だ。再び歩いていく音がして、遠ざかっていく。
私の部屋の隣の、洗面所の納戸の扉が開く音がした。
はあ、と息を吐く。
ひとつ、乗り越えた。これで安心だ。明日はクローゼットの中に隠れなければ良い。
クローゼットの中に持ち込んだ目覚まし時計をふと見ると、時刻は10時。
もう何時間もここへこもっている気がしたけれど、たった2時間ぐらいしか経っていない。
「……朝の5時まで、後何時間……?」
ユウちゃんがいなくなるまで、あと7時間もある。
クローゼットの中でなど、なかなか眠れなかった。
「もうい〜いかい♪」
しかも、ユウちゃんは不規則にその声を出して、クローゼットの前を通過する。
もう納戸を開けた後とはいえ、ユウちゃんがクローゼットを開かない保証はなかった。
眠気にうつらうつらとしつつも、眠れない夜が過ぎていく。
何とか1日目を乗り切った私はクタクタで、5時の明るくなってからそっとクローゼットを開いて、誰もいないことを確認してからゆっくりと部屋へ出た。
生臭い匂いと、床には何かが歩いたような跡。
ベッドへ一応入ったものの、それらが気になって眠れなかった。
足跡と臭いは、2時間ぐらいすると自然に消えた。
私の眠気はどこへもいってはくれないけれど。
「朝よ、綾ちゃん……どうしたのその顔!」
一晩眠れなくてやつれた顔を見て、お母さんが大きな声を出す。
「……眠れなくて」
「そうよね。今度はミナちゃんも、だもの」
ミナちゃんの名前を出してすぐに、お母さんは口を塞ぐ仕草をする。
ユウちゃんの死から以降、私を気遣った家族は死んだ友人たちの名前を口に出さないようになった。
「綾ちゃん、今日は学校お休みしましょう?学校へは、お母さんが電話しておくから寝なさいな」
「うん……」
朝ごはんを食べる気もしなくて、私は部屋へ戻って布団に潜り込んだ。一晩寝ていなかったので、一瞬で眠りに落ちる。
夢の中は学校で、私は学校の中でかくれんぼしている。鬼はもちろんユウちゃんで、「もうい〜いかい♪」と言いながら近づいてくる。
見つかりそうになった途端、目が覚めた。何だか寝た気がしなかった。
次の日も、次の日も、ユウちゃんは探しにくる。
自室のクローゼットの中、洗面所の納戸の中、和室の押し入れ……隠れる場所を変えながら、私は隠れる。
不思議なことに、ユウちゃんが家を徘徊している間、お母さんたちは決して部屋から出てこないし、隠れる私に疑問を持つこともなかった。
うつらうつらと、時々意識を飛ばしながらも毎晩隠れていると、時々大声を上げて、ユウちゃんに見つかることなんてどうでも良いから飛び出して行きたくなる。
そんな衝動を堪えながら、必死に耐えた。
学校へは、一応行っていた。
ユウちゃんは学校から来ているというのに、いつもかくれんぼをしている家の中では眠れるわけがなくて、学校に行っている方が気が紛れた。
気がおかしくなりそうな毎日を過ごしながら、私は小学校を卒業した。
5年生の自然学校の時、家にいなければユウちゃんは来ないと知った。
いや、多分、小学生が徒歩では来れない距離には来れないのだ。ユウちゃんは毎晩、歩いてくるから。
だから、早く家を出ようと思った。
夜にはまともに勉強などできるはずはなかったけれど、かくれる場所に教科書を持ち込んで必死に勉強した。寮のある高校に入りたくて。
寝不足の頭はなかなか働かなかったけれど、それでも必死に頑張った。
努力の甲斐あって、私は寮のある高校に入ることができた。
ようやく、ユウちゃんの呪いから逃げ切れたと思った。寮では思った通り、ユウちゃんは来ない。
隠れる必要がなく、布団の中で眠れる生活はすごく快適だった。
新しい友達もできた。
全てが順調になった。
そのまま、家にはほとんど帰らずに大学へ進学して独り暮らしを始め、地元からは離れた場所に就職した。
もう、苦しかったあの日々なんて思い出したくもなかった。無理矢理に忘れて記憶に蓋をした。
『綾ちゃん、ご飯はちゃんと食べれてる?夜は眠れてる?』
お母さんからは定期的に電話がくる。
「大丈夫だよ。仕事もうまく行ってる」
『ねえ、今度家に帰ってこれない?おばあちゃん、体調崩したらしくて。しばらく家でみようと思ってるの。おばあちゃんもあなたに会いたがっているし』
本当は、あの恐怖を忘れたわけじゃなかったけれど。もう、あれから何年も経っている。
だから、もう、あのかくれんぼも終わったんじゃないかと思って。
「わかった、来週、三連休があるから帰るよ」
お母さんたちにも会いたかった。