5.かくれんぼのルール
「どうしたの、ミナちゃん!」
次の日、登校してきたミナちゃんの顔はどんよりと暗く、顔色が悪かった。
「昨日……ユウちゃんが来たよ」
ぼそぼそと、それだけを言って席に座り、顔を伏せてしまった。
授業の際、顔色の悪さを心配した西本先生にミナちゃんは保健室へと連れて行かれた。
「高橋は今日は早退するそうだ。……上本、高橋の帰る準備をして持っていってくれるか?」
「はい」
2限目の最初に西本先生がそう言ったので、私は席を立ってミナちゃんのランドセルに荷物を詰めた。
といっても、ミナちゃんはランドセルの中身をほとんど出さずにロッカーに入れていたみたいで、机の上にあった筆箱、机の中に入っていた自由帳だけを入れるだけで済んでしまった。
ミナちゃんのランドセルを背負って、保健室に向かう。他のクラスは授業中で、休み時間ではない廊下を歩くのは何だかドキドキした。
保健室へ着くと、優しそうな保険の先生がカーテンの閉められたベッドへ案内してくれる。
「ありがとう、上本さん。高橋さんのランドセル、ベッドの横の椅子に置いておいてくれる?」
カーテンをそっと開けると、ミナちゃんは布団を下へずらして私を見つめてくる。
「起きてた?」
「……うん」
何を言えば良いんだろう。
「……キョーカちゃんが言ってたこと、本当だった。夜にはユウちゃんがうちへ来るの。怖い。夜なんて来なければ良いのに」
怯えた顔。青白い顔。昨日は眠れなかったんだろう。
「どうしよう。なんでわたしのところに先に来たんだろう。今夜も来るのかな」
「わかんない……」
やがてミナちゃんのお母さんが迎えにきて、帰って行った。
次の日も次の日も、ミナちゃんはどんどん顔色を悪くしながらも休まずに学校へ来ていた。
休み時間、ミナちゃんは自由帳に何かを書いている。
「何書いてるの?」
「ユウちゃんのこと……。アヤちゃん、多分わたし、もうそろそろダメだと思う」
「なんで……?」
「もう、こんなの耐えられないもん」
ミナちゃんのお家は両親共に働いていて、昼間学校を休むと1人になってしまうらしい。この前の早退の時は、ミナちゃんのお母さんも仕事を早退してくれたらしい。
だから、ミナちゃんは夜中眠れなくても、どんどん悪くなる顔色のままで学校に来るのだそうだ。
ミナちゃんはそのまま黙り込んで、黙々と鉛筆を動かしていた。
ある日突然、ミナちゃんは学校に来なくなった。ユウちゃんがいなくなってから、半年ぐらいが経っていた。
「高橋が、行方不明になったそうだ」
朝の会で担任がそう言った。
ようやく、キョーカちゃんやユウちゃんのことが噂にならなくなってきた頃で、その言葉はみんなに2人のことを思い出させた。
教室中の注目が、私に集まる。仲良し4人グループは、1人だけになった。
キョーカちゃんがいなくなった日のように、西本先生は私を会議室へ呼んだ。
「大丈夫か、上本?」
「大丈夫です」
大丈夫じゃない。
ミナちゃんがいなくなった、それはユウちゃんが私のところへ来るということだ。
私はミナちゃんがいなくなったことを悲しむよりも、ユウちゃんが来ることを恐れた。
「辛いかもしれないが、教えて欲しい。高橋に変わったことはなかったか?」
「キョーカちゃんがいなくなって、眠れてなかったみたいです。だから、キョーカちゃんがいなくなった頃からずっと体調が悪いみたいでした」
「そうか。確かに、ずっと顔色が悪かったな。昨日は何か変なことを言ってたか?」
昨日は、何か言ってただろうか。
「いいえ……ここ数日は特にしんどそうで、話しかけてもあんまり喋ってくれなかったです」
「わかった。上本、あんまり気落ちしないようにな」
西本先生の話はそこまでで、私は教室へ帰った。教室では、ミナちゃんの話で持ちきりだった。
「また校舎裏のため池に浮かぶんじゃないか?」
「次は上本の番かもしれないぞ」
「じゃあその次は誰だ?」
無責任な噂話が、教室のあちらこちらで囁かれる。
放課後まで、私は俯いて過ごした。
終わりの会が終わると、みんなが帰る準備をして教室を飛び出していく。
1番最後になった私は、なんとなくミナちゃんの机に近づく。
「……自由帳」
ミナちゃんが、ずっと何かを書いていたノート。
何となく、それを手に取って自分のランドセルにしまった。
机の中に残ったお道具箱や、ロッカーの中の体育館シューズはそのうち保護者が取りに来るだろう。
ユウちゃんのときも、キョーカちゃんのときもそっだったから。
自由帳が見つからなかったら、ミナちゃんのお母さんは不思議に思うだろうか。
多分、気づかないだろう。
集団下校で、誰とも話さずに家に帰る。
家に帰ると、心配そうなお母さんが何か言いたげにこちらを見ていたが、結局「おかえり。もうすぐお夕飯できるからね」とだけ言って、台所へ戻っていった。
私は部屋に駆け込んで、自由帳を引っ張り出す。
最初の方のページは、おそらくユウちゃんたちが生きていた頃であろう、落書きがたくさん書いてある。
ユウちゃんが書いたうさぎの絵もあった。ユウちゃんは4人の中で1番絵が上手かった。
真ん中ぐらいのページまでは、同じような落書きや、迷路などが描いてあった。
真ん中のページを過ぎると、雰囲気がガラリと変わった。
〝ユウちゃんが来た〟
と書いてある。
〝ユウちゃんは、夜中の7時43分になると学校の校門から出てくる。毎日同じ時間?〟
〝多分ユウちゃんは池の裏から出てきてる。だって生臭いし〟
〝ユウちゃんは徒歩で学校から、わたしの家まで来る〟
〝徒歩で歩いてくるから、キョーカちゃんの次がわたし?学校に近いところから来てる?〟
〝ユウちゃんは、玄関の扉がしまってるかどうかには関係なく家に入ってくるけど、押し入れの扉とかは、開けて確認してる〟
〝ユウちゃんは、5時ぐらいになると学校に戻っていく〟
〝狭いところ、例えば押し入れとか、トイレの中とかは、一晩に一ヶ所しか見てない。扉を開ける必要があるから?一晩に一つしかものを動かせない、とか?〟
最後のページまで、時に日記のようになりながら、ミナちゃんは毎晩くるユウちゃんの行動を書き起こしていた。
最後のページに、ボールペンでこう書いてあった。
〝1.ユウちゃんは、殺された校舎裏からスタートする。
2.ユウちゃんは、一晩に一箇所だけ細かい場所(例えばトイレの個室)まで探しにくる。
3.ユウちゃんは、5時になると探すのをやめる。
4.ユウちゃんは、前日に隠れた場所は必ず探しにくる。〟