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3.消えた日常






 その次の日からだった。

 悪夢のようなかくれんぼが始まったのは。


 始まりは、学校に1番近い一軒家に住むキョーカちゃんだった。


 突然学校をよく休むようになり、家に電話してもキョーカちゃんが出ることはなかった。


「アヤちゃん、今日キョーカちゃんの家に一緒に行かない?」


 そう言って、放課後目の前の席に立ったのはキョーカちゃん宛の連絡ノートを持ったミナちゃんだった。

 持ち物などを書いておく連絡ノートは、休みの日は登校班の誰かに親が渡し、学校では仲の良い子が連絡内容を書いて同級生が届けに行くことになっている。


 家の近いミナちゃんは、毎日キョーカちゃんに連絡ノートを届けていた。


「行く!」


 先生は朝の会の時に、キョーカちゃんのおやすみ理由を濁していた。

 体調が悪いとは言っていなかった。

 きっと、仲の良い友達が変わり果てた姿で見つかったことを気に病んでいるに違いない。


 ミナちゃんと二人、他愛無い会話をしながらキョーカちゃんの家に向かう。

 キョーカちゃんの家は、大きな一軒家だ。


 ミナちゃんが慣れた様子でインターフォンを鳴らし、「高橋です」と告げると少しやつれたような、綺麗なお母さんが出てきた。


「いつもありがとう、ミナちゃん。……綾ちゃんもきてくれたの?」


「こんにちは。キョーカちゃんが心配で。今何してますか?」


 少しだけ表情を明るくしたキョーカちゃんのお母さんにそう聞くと、お母さんは少し考えた末に、私たちを手招きした。


「ちょっと……会っていかないかしら?キョーカ、私が声を掛けても部屋から出てきてくれないの。お友達が来たと知ったら、出てきてくれるかもしれない」


 キョーカちゃんのお母さんに案内されて、私達は階段を登り、〝きょうか〟と平仮名で書かれた名前プレートが飾られた扉の前に立った。


 ミナちゃんと顔を見合わせて、それから躊躇いがちにノックする。


「……」


 返事はない。

 なら、と今度は口を開く。


「キョーカちゃん。大丈夫?アヤだけど」


 今度は返事の代わりに、ゆっくりと、扉が開いた。


 中から覗いたのは、顔色の悪いキョーカちゃん。

 いつもは綺麗に編まれている髪も、今はボサボサだった。


「アヤちゃん……?ミナちゃんも……。中入って。お母さんはだめ。来ないで」


 心配げなキョーカちゃんのお母さんが少し近づくと、キョーカちゃんは首を振って「来ないで」と繰り返す。


「どうしたの、キョーカちゃん」


 キョーカちゃんのお母さんには悪いと思いながら、子供が入るギリギリの隙間しか開かない扉の中に、ミナちゃんと二人で体を滑り込ませる。


 キョーカちゃんは絨毯の敷いてある地面にぺたりと座り込み、私たちにも座るように促した。


「ユウちゃん……ユウちゃんが来るの」


 最初はぽつりぽつりと。

 そして、だんだん嗚咽混じりになってくる。


「ユウちゃんは、私達のことを探してる」


 断片的に、時々止まりながらもキョーカちゃんは話を続ける。


「待って待って、キョーカちゃん。ユウちゃんって、あの、ユウちゃん?わたしたちの友達の」


 たまりかねたように、ミナちゃんがキョーカちゃんを止める。キョーカちゃんは、のそりと首を動かして、頷いた。


「そう。そのユウちゃん」


「……ユウちゃんは、死んだんじゃ無いの?」


 もう一度、キョーカちゃんが頷く。


「死んだユウちゃんは、あのため池から来るの」


 キョーカちゃんは、自分の部屋の窓から見える学校を指した。ユウちゃんはため池で発見された。


「ずるずる、足を引きずりながら。私たちを探しにくるのよ。見つかったらきっと……連れて行かれちゃう」


 わ、とキョーカちゃんが泣き出した。

 背中を撫でたり、大丈夫だよ、そんなの夢だよ、とキョーカちゃんを励ましていると、ようやく泣き止んだキョーカちゃんが再び話を再開する。


「ユウちゃんは、毎晩、あそこから出てきて歩いて来るの。初めて来たのは5日前」


 キョーカちゃんが休み出した日だ。それに、ユウちゃんの死体が見つかった日の翌日でもある。


「わたしはたまたまトイレに入ってたの。ユウちゃんはトイレの前を、ずるずる、音を立てながら通っていった」


 廊下には、ため池の水見たいな変な臭い匂いのする水が這った跡を作っていたらしい。翌日にはその跡も消えていたという。


「ユウちゃんは部屋の中も探してた。部屋中、変な匂いがして、床が濡れていたから」


 でも、と続ける。その日はクローゼットを開けなかったらしい。だから、キョーカちゃんはクローゼットの中で次の日眠ったそうだ。


「今日もきっと来る……ユウちゃんはきっとわたしたちを恨んでる」


 あの日、先に帰ってしまったから。

 待っていたら、ユウちゃんは死ななかったかもしれない。


 私達は3人とも、少なからずその罪悪感があった。


「……きっと夢だよ。ユーレイなんて、いるわけないじゃん」


 ばかばかしい、と言い放ったのはミナちゃんだった。

 私だって正直、キョーカちゃんの言っていることが本当だとは思っていない。


「キョーカちゃん、これ、連絡ノートね。明日は学校きてね。きっと悪い夢を見たに決まってるから、今日はゆっくり寝なよ」


 キョーカちゃんは、俯いたまま、ゆっくり頷いた。


「そうだよね、夢だよね」


 と繰り返している。


「じゃあ、帰るね」


 ミナちゃんが立ち上がったのを見て、私も慌てて立ち上がる。

 友達の家は、なんだか少し居心地が悪い。1人だけ残されるのはイヤだった。


「まって、ミナちゃん、私も帰る」


 キョーカちゃんはまだ俯いたまま。

 その姿につい後ろを振り返りながら、ミナちゃんを追いかける。


「ミナちゃん、綾ちゃん。キョーカはどんな様子だった?」


 扉を開けると、キョーカちゃんのお母さんがさっきと変わらない様子で立っていた。

 私とミナちゃんは顔を見合わせて、どうしたものかと思案する。


 キョーカちゃんは幽霊に怯えてるみたいです、なんて言えるわけがない。


「キョーカちゃんは……ユウちゃんがいなくなったから、落ち込んでるみたいです」


 濁した結果、出てきたのはそれだけだった。


 キョーカちゃんのお母さんは「そう……」とため息みたいな声を出して、「ありがとう」と続けた。


「今日は来てくれてありがとう、2人とも。きっとキョーカも喜んでいるわ」


 キョーカちゃんのお母さんの顔は曇ったままだ。

 けれど、弱々しいながらも笑みを浮かべて、私たちを見送ってくれる。


 私とミナちゃんは、少し早歩きでキョーカちゃんの家を離れた。


 もうすぐ5時だ。夕暮れが赤く道を照らしている。


 どこからかふと、学校裏のため池の生臭い匂いがした気がして、すん、と鼻を鳴らす。

 気のせいだったみたいだ。


「アヤちゃん、どう思う?」


 一度角を曲がり、キョーカちゃんの家が見えなくなってから、歩みを緩めてミナちゃんが口を開いた。


「どうって。ユーレイのこと?」


「うん」


「だってさっきミナちゃん、夢だって言ってたよね」


「夢だよ、きっと。でも。でもさ、アヤちゃん。キョーカちゃんって、ユーレイ信じて無いんだよ。花子さん覚えてる?トイレの花子さん。ドアをノックして、遊びましょ、って声かけるやつ」


 ほんの数週間前にクラスで流行った怪談話。

 私たちの学校では、4時44分に、トイレの4番目の個室を、4回ノックして「花子さん遊びましょ」と4回声をかけると「は、あ、い」と返事があって、おかっぱの子供が出てくる、と言うものだった。


 みんな好奇心からその噂話を確かめようとするけど、きゃあきゃあと騒ぎながらも実践する人はいなかった。

それをいとも簡単にキョーカちゃんはやり、「ほらね、何も出なかった」と肩を竦めたのだ。


「それは、覚えてるけど」


「ならやっぱり、キョーカちゃんの話は……本当なのかもしれない」


 あの怯え方は普通じゃなかった。






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