1.始まりのかくれんぼ
「もうい〜いかい♪」
聞き慣れた女の子の声が聞こえる。
5時を過ぎてすっかり人のいなくなった、夕焼けが照らす校舎の中で、私たち4人はかくれんぼをしていた。
校舎は4階建てで、どこに隠れても良いことになっている。
私は1階の教室の中、掃除用具入れの中に隠れていた。
「もうい〜いかい♪」
特徴的な、間延びした呼びかけ方はユウちゃん独特だ。
誰も返事はしないけれど、もう30秒を数え終わったのだろう。ユウちゃんの声が移動を始めた。
段々と、近付いてくる。
1階に隠れたのは盲点だろうと、わくわくしながら隠れたけれど、やっぱり探しにくるまでに時間のかかる2階や3階にした方が良かったかもしれない。
後悔をしながらも、ユウちゃんの声が通り過ぎるのを聞いて、ホッとする。
しばらくは戻って来ないだろうと考えて、私は1度掃除用具入れを出た。
隠れるためとはいえ、埃っぽいそこにはいつまでもこもっていたくはない。
____カツン、カツン……
足音がして、私は慌てた。ユウちゃんが戻って来たのだろうか。
掃除用具入れを開けようとした時、教室の扉がガラッと開いた。
そこに立っていたのは、見回りに来た先生だった。まだ電源の入っていない懐中電灯を持っている。
「……3年2組の上本か?」
「……はい」
こんな時間にここにいることを、きっと怒られてしまうだろう。
さっきまで、人のいない校舎にワクワクしていたのに、先生に見つかったら変にドキドキしてしまう。
「もう遅いぞ。親御さんも心配するし、帰りなさい」
先生の声は落ち着いていて、怒っている雰囲気ではなかった。
「あの、高橋さんと、川井さんと、森川さんも一緒に遊んでいて。3人に声をかけないと……」
「あぁ、高橋と森川なら、さっき会って、帰るように伝えたぞ」
どうやら先生は、上の階から見廻ったらしい。ユウちゃんには出会っていないが、2人は先に帰ったと言う。
「川井もいるんだな?なら、先生が探して帰るように伝えておくから、上本も暗くなる前に先に帰りなさい」
「……お願いします」
ここで、ごねても仕方ないだろう。そう思って、私は素直に頭を下げた。
先生は教室を見渡すと、「もう誰もいないな、この教室には」と呟いて私を促して廊下へ出た。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
教室の鍵を閉めながら、先生に見送られて下駄箱に向かう。
先生の言う通り、一緒にかくれんぼをしていたはずのキョーカちゃんとミナちゃんの靴はもうなかった。
どうやら、2人して先に帰ったらしい。校門で待っていることを期待したが、いなかった。
ユウちゃんもすぐに出てくるだろうと思って、少し校門で待ってみた。しかし、ユウちゃんは一向に出てくる気配がない。
隠れる側の私たちと違って、探し回る鬼役だから、先生も探すのに手間取っているのかもしれない。
でもきっとすぐに出てくるだろう、と思って私は家に向かって歩き出した。
普段よりもノロノロと、時折来た道を振り返りながら歩く。ユウちゃんが追いついてくれることを期待して。
けれど結局、ユウちゃんが追いつくことはなかった。