第3話 ヨハンナの気まぐれ
エフトニア王国の宮殿に暮らす三人の姉妹は仲良く暮らしていた。
年頃の王女のハートを射止めようと、お茶会には多くの若い貴族が集まった。
エフトニア国王の首都であるシューレは国一番の大都市である。街の周囲には石の壁が築かれ、街中には綺麗な川も流れていた。
壁の外には広大な平地が広がり、東は森、西には湖が点在し、南北は小麦畑の大平原である。そして、街の中央部には、城壁で囲まれた壮麗な王宮があった。
中央は官僚たちが出入りする石造りの巨大な議事堂となっており、回廊を右手に進めば王が住まわる宮殿である。
そして、回廊を左手に進むと、そこは、王女達が住む離宮となっていた。
十六歳になったばかりのレイニャ王女は、長女のサーラに向かって意見していた。
「お姉様、なぜ、東の花壇を取り壊すのですか?」
窓から差し込む光を浴びたブロンズの髪の少女には、王女らしき気高さと末娘らしいかわいらしさがあった。
ゆったりとソファーに座る十九歳のサーラは生意気な末妹を軽くあしらった。
「ああ、私のために、父上が別邸を建ててくれるらしい。あの花壇は邪魔なのだ。」
「お姉様が、父上におねだりしたのでしょう。別に、お姉様の別邸はどうでもいいです。でも、ヨハンナお姉様が大事にしている花壇を壊さなくてもいいでしょう。毎朝、花に水をやり、一生懸命に育てた花なのです。それを壊すなんて酷い。」
膨れっ面のかわいい妹に、サーラは薄っすらと笑みを零した。
サーラが右手の指を軽く弾くと、近くに控えていた侍女は急いでお茶の準備に入った。
「レイニャ、おまえは姉思いの優しい妹だ。美味しい紅茶が手に入った。まあ、飲んで行け。」
レイニャは情熱的なオレンジ色の目を輝かせて、サーラを真直ぐに睨みつけていた。しかし、姉の方も長女らしく肝が据わっている。そんな視線を受けてもたじろぐことなどなかった。
そんな姉に、レイニャは食い下がる。
「お茶なんかで誤魔化されません。花壇を壊さないと約束してくれるまでは、ここを動きません。」
「だから、美味しい紅茶でも飲んで落ち着けと言っているのだ。おまえは思い立ったら止まらない。激情に駆られて突っ走りすぎるのが悪いところだ。」
レイニャはプーと頬を膨らませ、サーラを睨みつけた。
「それに、そんなかわいらしい顔で睨まれても、気を損じることもない。」
そこに、侍女がティカップを持ってやってくる。まずは、サーラの前で跪きトレイの上のカップを差し上げる。
サーラがカップを取ると、今度はレイニャの前で侍女は跪いた。
「ああ、ありがとう。」
カップを受け取ったレイニャは紅茶を一口飲んだ。まろやかな風味が口の中に広がり、何とも言えない高貴な味わいがあった。
続いて侍女はクッキーも差し出す。
口の中にクッキーを頬張ったレイニャは、もう一口紅茶を飲んだ。
「これ、美味しい。」
機嫌が直ったレイニャに、サーラはニッコリと笑って見せた。
「そうだろう。花壇の事だが、あれは、ちゃんとヨハンナの承諾を貰ったぞ。」
口を押えたレイニャはゴクリと紅茶を飲み込んだ。
「えっ、そうなんだ。」
「私が、そんな酷い姉に見えるのか?良かったら、そのクッキーを持って行け。」
レイニャは大きな瞳を輝かせて頷くと、愛嬌のある甲高い声を出した。
「おおっ、全部いいの?」
「好きなだけ、持っていくがいい。」
そこに、丁寧にお辞儀をした侍女が入室してくるのが見えた。
「サーラ様、宰相ヨーラン様が見えられました。」
サーラは少しだけ体を起こすと、真面目顔で答えた。
「わかった。応接室に通しておけ。」
クッキーを手にしたレイニャは嬉しそうな顔でお辞儀した。
「お邪魔虫は退散します。へへっ。」
「ああ、いつでも、遊びに来るがいい。」
サーラの部屋を出たレイニャはクッキーを掴んだ右手を前にして走り出した。
「ワーイ。クッキーだ。」
廊下を走るレイニャを付添いの侍女が追いかけていく。いつもの別宮の風景である。
「レイニャ様、廊下はお静かにお歩きください。」
「ウフフフ。クッキーだ。そうだ。ヨハンナお姉様にも食べさせてあげよっと。」
小麦と砂糖の入った絶妙な味のクッキーにレイニャはご満悦だった。
ヨハンナの部屋の前まで来たレイニャは、無造作にドアを叩くと思いきり開け放った。
「ヨハンナお姉様、サーラお姉様がクッキーをくれたの?すごーく、美味しいよ。」
走り込んできたレイニャを見たヨハンナは読んでいた本を閉じると膝元に置いた。
窓辺の椅子に腰かけるヨハンナは絶世の美少女である。髪は窓の光を受けて銀色に輝き、深緑の瞳には憂いを感じさせる落ち着きと深さがあった。
「あいかわらず、慌ただしいわ。」
ヨハンナの腰に抱きついたレイニャは、彼女の膝に顔を乗せると、右手に持ったクッキーを差し出した。
「美味しいよ。エヘッ。」
「ありがとう。でも、もう子供ではないのだから、膝の上には乗らないで。あなたの方が、背が高いくらいなのだから。」
ヨハンナはゆったりと優雅な口調で妹を窘めた。
「うーん?でも、お姉様は、お姉様よ。」
二つ上の腹違いの姉をレイニャは心から慕っていた。少し高飛車なサーラも根は優しくって良い姉なのだが、静かに、優しく包み込んでくれるヨハンナはもっと好きだった。
「レイニャ、あなたも十六歳になったのだから、もう少し女らしくしなさい。」
「これでも、女らしくしているつもりよ。スカートを捲り上げずに走っているし、お姉様に言われた通り、口に手を当ててクッキーを食べたよ。」
ヨハンナは優しく妹の髪を撫でながら注意した。
「廊下をドタドタ走ること自体がダメなのよ。本当に、あなたはお転婆ね。」
「あっ、そうだ。お姉様。なぜ、花壇を壊すことを承諾したの?」
笑みを浮かべたまま、ヨハンナは答える。
「私は、サーラお姉様のすることには逆らわないわ。折角、咲いたお花達には申し訳ないけど、仕方ないわね。」
「お姉様は、いつもそうやって、自分を誤魔化すのね。嫌なら、嫌だと言えばいいのに・・・。」
「誤魔化してはいないわ。ただ、私がサーラお姉様に逆らうことは許されないのよ。」
顔をあげたレイニャは納得できない顔だった。
「でも、ヨハンナお姉様は、みんなに好かれている。だから、きっと、お姉様が女王になった方がいい。」
ヨハンナは、そんなレイニャの口を押えた。
「ダメよ。そんなことは、絶対に言わないで。本当に、絶対に言ってはダメよ。」
「うーん。だって、レイニャは、ヨハンナお姉様が大好きだもの。」
「それは嬉しいわ。でも、聞き分けて頂戴。」
ヨハンナの真剣な様子を見たレイニャは頷いた。
「うん。わかった。」
顔を上げたレイニャは部屋の中を見回した。テーブルの上にも、本棚の上にも、豪華絢爛な花が飾られている。
ヨハンナが身に着けているダイヤの首飾りも、エメラルドの髪飾りも、とても素敵だった。これらのものは、全て、彼女に求婚してくる殿方からの献上品なのだ。
サーラとは比較できない程の数の若い男性からの贈り物。ヨハンナはモテモテである。
サラサラの髪に深いグリーンの瞳をしたヨハンナには美しさだけではなく、若い男を虜にする神秘的な魅力があった。
日夜、プレゼントを送ってくる貴族の子息から、滅多に彼女を拝むことすらできない平民まで、彼女のファン層は広がっている。
ヨハンナの腰に抱きつくレイニャはヘラヘラと笑い出した。
「どうしたの?変な笑い方しないでよ。気持ち悪いわ。」
「だって、ヨハンナ姉様に抱きつけるのなんか。私くらいでしょう。すごーい、優越感だ。」
「何を言っているの。あなたをお嫁さんに欲しがっている方だって、たくさんいるわ。」
「アハハハ、世の中にはゲテモノ好きもいるのね。」
それを聞いたヨハンナは妹の髪に優しく触れた。
「あなたは、かわいいわよ。とってもね。」
昼下がりの庭で、男性用の服に身を包んだレイニャは木刀を持ち、長身の青年に向かっていた。
「エーイ。」
切りかかるレイニャの木刀を軽く弾いたユーリエは後ろに飛んで身構えた。絶対に怪我などさせられない王女の相手は神経を使うところだったが、ユーリエは持ち前の優しげな顔を崩すことはなかった。
ただ、宮廷官僚である彼は兵士でもないので、それほど剣術に優れているわけでもなかった。彼女の側近となった二年前であれば、適当に相手ができたのだが、十六になったレイニャの相手は荷が重くなりつつあった。
レイニャは歯を食縛り必死の形相で切りかかっていく。
「ヤー、エーイ。」
ユーリエは器用な木刀裁きで、何とかレイニャの木刀を裁いた。不得意と言えども、貴族の嗜みである。
「レイニャ様。脇が甘いですよ。」
「えっ?そうかな。こんな感じかな。」
木刀を構えたレイニャは脇を閉めてみた。
「そうです。今朝は、このくらいにしましょう。」
「えー、もっとやりたい。」
目を細めたユーリエは、軽く頭を撫でると、傍らに立つ侍女に目をやった。
「太陽が高くなると、お肌に良くないですよ。」
「うーん。なんか子供扱いだな。レイニャは、もう、子供じゃない。」
布を手にした侍女のゲアリンデが歩み寄り、レイニャの汗を拭き始めると、ユーリエはさっさと宮殿の中へと向かってしまった。振り向きもせずに手を振った彼は最後に言い残す。
「まだ、子供ですよ。ヴァルター殿との打ち合わせがあるので、先に戻ります。」
レイニャは頬を膨らませて、彼の後ろ姿を睨みつけた。
「うん、もう。」
汗を拭くゲアリンデは顔色も変えずに耳元で囁いた。
「ユーリエ様、素敵ですね。」
「何が素敵なものか。ちょっと、顔が良いだけで、憎たらしいったらありゃしない。」
「そうですか。でも、大好きなのでしょう。」
「冗談でしょう。いっも、上目線なのだから、大嫌い。ベー、だ。」
ゲアリンデは、そんなレイニャを見てニコニコと笑った。
「はいはい。部屋に戻ったら、ドレスの着付けですよ。今日は、侯爵様主催のお茶会です。」
「ああ、ドレスか。面倒くさいな。と言うより、お茶会自体が面倒くさい。」
お茶会というのは、貴族の男子に与えられた交際の場である。本日のお目当ては、三人の王女である。
貴族にとって、王女のハートを射止めることは、将来のためにもとても有益なことである。若い三人の王女、それは、貴族たちの求愛のターゲットとして申し分ない存在だった。
午後の日差しの中、宮廷前の庭園には贅を尽くした料理と酒が並べられ、数十人の貴族で埋まっていた。
ありきたりの挨拶に笑みを作ったレイニャは右手を差し出し接吻を受けると、両手でドレスを掴んで軽くお辞儀をした。慣れすぎるくらい、慣れている貴族の挨拶である。
目の前の貴族の青年は、一生懸命喋っていたが、レイニャは聞いてはいなかった。
凄い人だかりに埋まっているヨハンナが気になって仕方なかった。あまり、社交的ではないヨハンナは、いつも多くの男性に迫られて、最後は困り果ててしまうのだ。
それに比べて、一番価値があるだろうサーラの周りはわりと閑散としていた。レイニャと比較しても少ないいくらいである。
「うーむ。私もまんざらでもないのか。ヘヘッ。」
レイニャの呟き声を聞いたユーリエはクスクスと笑い出した。
余裕の顔で見下ろされているレイニャは頬を膨らませて睨み返した。
「ぬぬぬ、何を笑っていやがる。」
「いやいや、お子様の相手をしてくださる奇特な方々が、随分といるものだと思いましてね。」
「うぬぬー、腹が立つ奴だな。そうやって、いつも馬鹿にする。私は王女だぞ。偉いんだぞ。」
ユーリエは笑いながら、軽くレイニャの頭を撫でた。彼のお得意の仕草である。
「はいはい。レイニャ王女様。」
「ふふふ。さては、やきもちを妬いているな。さっきの男、必死に私を口説いていたぞ。うーんと、なんて言っていたのかは忘れたけど、そういうことだ。」
「おままごとでもしようと誘われましたか?」
「ふふーん、いつまでも、そうやって子ども扱いしているがいい。今に、見ていろよ。」
「ずっと、見て差し上げていますよ。」
相手にもしてくれないユーリエにレイニャは必死に食い下がったが、いつものことで、彼はまじめには聞いてはくれなかった。
「ああ、つまんない。そろそろ、ヨハンナ姉様を助けに行こうっと。」
「はいはい。がんばって下さいね。」
我先にと乗り出す青年たちが、次々にヨハンナを言い寄っていた。
エフトニア有数の侯爵家嫡男アロイスが自信たっぷりに誘う。
「ヨハンナ王女様、もうすぐ、我が屋敷のバラ園には珍しい花も咲き乱れています。是非とも一度、御足労願えませんか。」
由緒正しき伯爵家嫡男のバルトーがアロイスを押しのける。
「いえいえ、そんなバラ園よりも、自然に咲く美しい花の方が・・・。」
並み居る有名貴族の子息達は、なんとかヨハンナを誘おうと必死だった。
「いやいや、明るいテラスでのお茶を・・・。」
ヨハンナは静かに目を伏せ、曖昧な答えをするばかりである。
「ああ、いえ、お誘いは嬉しいのですが・・・。」
そんな彼女の後ろにはいかつい男が立って監視していた。ヨハンナの側近でもあるヴァルターである。彼は宮廷官僚のひとりで、ヨハンナの側近でもあった。実直で堅い男だが、部下からの信任厚き官僚であり、何より体格が良くいかにも屈強そうに見えた。
彼の役目のひとつは、王女であるヨハンナの身辺警護と相談役である。レイニャに対するユーリエと同じ役目である。
そんなヴァルターの視線に、走ってくるレイニャの姿が映った。
ヨハンナの肩に抱きつくように飛び込んだレイニャは、群がる男達に向かって言い放った。
「お姉様は、誰にも渡さない。だって、お姉様は、この国なんかよりも、ずっと、ずっと、大切なレイニャの宝物だもの。」
木漏れ日を浴びた美しきヨハンナは安心したようにレイニャの手を握った。
天真爛漫、屈託のないレイニャは、あっという間に場を圧倒してしまう。
「王女様がそのようなことを言われて良いのですか?」
「いいの、いいの。ねえ、バラ園、レイニャを連れて行ってよ。」
こんな王女姉妹の光景は永遠に残しておきたいほどに素晴らしき輝きをはなっていたのだが、やんちゃなレイニャに男達は身を引いてしまう。
「ああー、でも、バラ園など、レイニャ様には退屈だと思いますよ。」
それを聞いたレイニャは、ヨハンナの耳元で囁いた。
「お姉様、バラ園は退屈らしいですよ。」
男は慌てて言い訳するしかなかった。
「いやいや、そう言う訳ではなく、レイニャ様のような御活発な方には、という意味です。」
レイニャは目を大きく見開いて、男達を眺めた。淑やかで美しいヨハンナとは対照的に、明るく活発なレイニャは貴族の男を翻弄する。
「じゃあさあ。私が行って、おもしろいところってある?」
レイニャの勢いに押されて黙ってしまった貴族達だったが、後ろの方から声がした。
「そう言えば、東の森に、アスレチック施設ができましたよ。」
その声に、レイニャは興味津々の目を向けた。
「アスレチック?えっ、それって、何?」
「ええ、大きな木に結ばれたロープを掴んで移動したり、丸太の障壁を越えたりして遊ぶのです。」
それを聞いたレイニャはオレンジの瞳をキラキラと輝かせた。
「わあ、それはいいな。ねえ、ねえ、ユーリエ、聞いた。アスレチックだってさ。今度、遊びに連れて行ってよ。」
ヴァルターの隣で腕を組んで見守っていたユーリエは首を横に振った。
「そのようなところ、私は行きたくはありません。行くなら、言いだした、その男に連れて行って貰えばよろしいでしょう。」
「えー、じゃあ、あなた、連れていってくれる。」
いきなり振られた細面の青年は頭を掻いてしまった。
「いやー、困ったな。誠に、失礼なのですが、私のお目当てはヨハンナ様なので・・・。」
「あっ、そうか。じゃあ、お姉様もいっしょに行きましょう。」
駄々をこねるように、揺するレイニャの手を押さえたヨハンナは、人垣の後ろの方にいる青年に視線を向けた。
貴族ではあるのだろうが、見知らぬ顔だった。おそらく、上級貴族ではないのだろう。
「そうですわね。たまには、宮殿の外もいいかもしれませんね。あなた、お名前は?」
ヨハンナの前を埋める侯爵や伯爵家の面々を越えての視線に、青年の顔は赤く染まり、心臓は破裂する程にドキドキし始めていた。
そして、ヨハンナの前の貴族達は一斉に振り返り、彼に注目した。
「あっ、ローガン・ナバルと申します。」
ナバルの家は子爵であり、王宮に出入りする貴族としては、最下層の身分である。しかも、彼は、なよなよとした頼り替えのなさそうな青年だった。
男達からは溜息が漏れた。今まで、誰の誘いにも乗らなかったヨハンナの心を動かしたのが、こんな男になるとは信じられない様子だった。
レイニャも少し驚いていた。
どうせ、行かないだろうと思って言ったつもりだった。まさか、乗ってくるとは思っていなかったのだ。
一部始終を見ていたユーリエは、憂鬱そうに下を向いてしまった。宮廷の外に出るとなれば、また、いろいろと警備や申請手続きが必要になる。レイニャだけであれば、非公式な外出も可能であったが、ヨハンナもいっしょとなれば、そうもいかない。
「ああ、また、面倒なことを・・・。」
そんなユーリエの肩をバシンと叩いたヴァルターは高らかな笑い声をあげた。
「ワハハハッ。そんな顔をするな。手伝いますぞ。」
「ああ、ありがとうございます。」
繊細で美しいヨハンナではあるが、ヴァルターの目から見れば、少し弱すぎるように見えていた。
王宮という権力欲が渦巻く世界に生まれたからには、そこで、したたかに生き抜く力も必要なのだ。
宮廷に引きこもり、花を育てて本を読むだけのヨハンナが森に出かけようというのであれば、それは歓迎すべきことであるとヴァルターは思ったのだ。
目の前にいる二人の貴族と会話をしていたサーラは、にぎやかな妹達の方に視線を向けた。
「気になりますか?」
彼女の側近であるラッセルは、少し心配そうにサーラの顔を見つめた。とても、冷ややかな目をした三十過ぎの男である。
「いいえ、別に・・・。」
宮廷の廊下をヨハンナと並んで歩くレイニャは姉の横顔を見て質問した。
「でも、びっくり。お姉様が、アスレチックに行くなんて言うとは思わなかったな。」
美しき銀髪が揺れていた。深遠なるグリーンの瞳の奥には、彼女だけの深い世界があるように見える。そして、その深き心は誰にも覗き見ることはできない。
とても無口で無表情な第二王女が何を考えているのかなど誰にもわからなかった。ただ、ひとり、妹のレイニャを除いては、である。
ヨハンナはレイニャ手を掴むと深い瞳を向けた。
「単なる気まぐれよ。」