-転- 夢見る若者の背中を押す僕
多くの人間は、何の力も持たない。
剣技も魔法も、所詮は持たざる者の足掻きでしかないのだ。本当の意味で才能を持つ、選ばれた者はほんの一握りしかいない。
だから、目当ての存在は簡単に見つかった。
胸の部分に輝く光は、加護の証だ。
もしかしたら、本人すらも気付いていないかもしれない、才能の欠片。
冒険者ギルドの一階、依頼書の貼り付けられた掲示板の前で、三人の男女がわいわいと騒いでいた。
「出遅れちゃったか~。ろくな依頼が残ってないな」
「どうするレッグ? また薬草採り?」
「え~。森に行くのはもういいよ。疲れるし、つまんないし」
「けどお金がないと困っちゃいますよね~」
「リイン。アタシらの金欠は、アンタの食費が九割くらい原因だからね?」
「照れますなぁ」
男が一人、女が二人。
まだ、成人もしていないような若い三人組だ。
掲示板には、誰でも受けられるランク指定なしの依頼しか載っていない。
相応の報酬を期待できる依頼については、窓口に行って職員から斡旋を受けなければならないが、駆け出しらしき彼らでは門前払いがいいところだろう。
「ちょっといいか」
「え? あ、ギルドの職員さん?」
「君たち、新人か?」
「そう! 少し前に田舎から飛び出してきたばっか!」
勝気そうな瞳の少年が、元気よく答えた。
特別大柄というわけではないが、それなりに鍛えられた体をしている。腰に剣を差しているし、間違いなく剣士だろう。
「冒険者になりたくてさ! 田舎で農夫として一生を終えるなんて御免だし。お前らだってそうだろ?」
「アタシはアンタが心配だから……じゃなくて! ちょっとくらい、町のことが知りたかっただけ。人生ケーケンってヤツ」
茶色の髪をポニーテールにした少女が、言い訳っぽく答えた。
背中に弓を背負い、手には指抜きのグローブを装着している。
「わたしも~。少しは神殿の外が知りたかったので~。あとご飯」
ぐうう、と最後の少女のお腹が鳴った。
垂れ目が特徴的な、どこかおっとりした雰囲気の女の子だ。簡素な法衣を身にまとっており、手には錫杖を抱えている。
装備を見る限り、剣士、弓使い、僧侶か。
最初の二人は幼なじみで、僧侶の少女はこの町で知り合ってパーティーを組んだらしい。
前衛が一人というのは心許ないが、バランス自体は悪くない組み合わせだろう。
「依頼を受けたいみたいだけど」
「そうそう。けどオレらFランクだからね。受けられる依頼なんて、薬草集めとか、そんなのばっか。せめて魔物退治とか、戦って活躍する系の依頼が受けたいのにさ~」
「ふうん。戦うのは好きか?」
「好きっていうか……向いてるって感じ? なんか、剣を握ると力が湧いてくるんだよ。魔法は使えないけど」
やはりか。
自分の目が正しかったと確信し、ナウルは念のため確認した。
「それ、冒険者ギルドに言ったか?」
「言った言った。何かの加護かもって言われたよ。まあ、今の段階だと役に立たないから、もっと鍛えたら鑑定したらどうかって」
馬鹿馬鹿しい話だ。
折角、生まれ持った力があるというのに、それを育てなくてどうするというのか。
それが冒険者ギルドの体質だ。
加護を持っていても、何だかんだと理由をつけて他の新人と同じように扱う、マニュアル至上主義の凝り固まった保守体制。
くだらない慣習も柔軟性のない制度も反吐が出る。
だからこそ、ナウルは彼らに声を掛けたのだ。
高位の冒険者には割の良い依頼が割り当てられ、駆け出しには誰にでも出来る雑用を押しつけるだけ。
彼らの境遇に、以前の職場の自分が重なったという部分もある。
既存の価値観に凝り固まった冒険者ギルドの老害や、今の地位に胡坐をかく傲慢な冒険者に用はない。
「腕に自信はあるか?」
「あったりまえ! じゃなきゃ冒険者になんかならねーって」
「分かった」
ちょっと待ってろと言い残して、ナウルは二階を訪れた。
他の職員は黙々と事務仕事をしており、彼には目もくれない。
目当ての書類を確保し、再び下に戻ろうとしたところで、また面倒な相手に声を掛けられた。
昨日も文句をつけてきた、年下の先輩職員だ。
「……グーリンさん。あなたには書類の作成をお願いしていたはずですが?」
「ちょっと冒険者に頼み事されたんだよ。冒険者の支援が僕たちの仕事だろ」
適当にあしらい、一階に戻る。
ギルド職員であれば、依頼書を持ち出すことは簡単だ。
ほら、とナウルは三人に依頼書を渡した。
「Dランクの任務だ。ゴブリンの討伐。村の近くにゴブリンの巣が出来たらしい」
「お~! いいねいいね、冒険者っぽい!」
「け、けど、自分のランクより上の依頼は受けちゃダメだって……」
「そういう規則ですよね~」
少女二人は慎重な性格らしく、消極的な態度だった。
弓使いの少女は不安そうに、僧侶の少女は笑顔ながらも規則を理由に否定的だ。
対照的に、剣士の少年はやる気満々だった。
「大丈夫だって! ゴブリンなんか、木の棒で殴るだけで倒せる雑魚だぜ? いけるいける!」
「けど……問題になりませんか?」
そんな問いかけに、ナウルはニヤッと笑い返した。
「依頼を達成して言ってやればいい。間違ってたのは自分たちのランクです! ってさ」
冒険者ギルドだって、結果を出せば何も言えないはずだ。
正しいのがどちらか、思い知らせてやる。
――そして、順当な結果が訪れる。
その日の夕方、冒険者ギルドに怒声が響いた。
「ナウル・グーリン!」
名前を呼ばれて顔を上げると、乱暴な足取りで近付いてくるギルドマスターが見えた。
温和な性格で、怒ることなど想像も出来なかった彼が、顔を真っ赤にしている。
「新人に依頼を渡したのはお前だな!」
もうバレたのか。
ということは、新人たちが既に依頼を達成したということか。
こんなに早く終わるとは思っていなかった。
予想以上の成果に、ナウルは笑みを浮かべて堂々と答えた。
「そうですよ。何か問題が?」
「この馬鹿が!」
殴られた。
ギルドマスターに、顔面を。
気付いた時には椅子から転げ落ち、遅れて頬に鈍い痛みが走った。
何も分からないままに混乱するナウルに、ギルドマスターが罵声を浴びせる。
「死んだぞ! 新人がだ! 依頼も失敗、その所為で依頼人の村にまで被害が出た! 今も攫われた何人かが行方不明だ! どう責任を取る!?」
「……え?」
死んだ? 誰が?
あの子たちか。
数時間前に笑顔で依頼書を受け取った彼らの姿と、ギルドマスターの言葉が結びつかない。
「そ、そんなはず……だって、依頼は、ゴブリンで」
「依頼書のランクはDだ! Fランクの駆け出しが受ける依頼じゃない! ランク制度の意味も分からないのか!?」
「そ、それは……」
Dランクなどという評価は、冒険者ギルドが勝手に決めたものだ。
ナウルの判断では、彼らでも十分にこなせるはずだった。
たとえ駆け出しの冒険者だとしても、ゴブリン如きに負けるはずがない。
彼らはやる気があったし、何より少年は特別な加護を持っていた。
「今はゴブリンの討伐と、村人の救助が最優先だ。だが、事が終わったら必ず責任を持ってもらうぞ。いいな!」
唾をまき散らしながら吐き捨て、ギルドマスターが一階に向かう。
おそらく、ゴブリン討伐に差し向ける冒険者を見繕いに行ったのだろう。
ナウルは呆然としたまま、取り残された。
彼に声を掛ける職員はいなかった。