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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第三章 無限の彼方
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23話 ソレは分からなかった

 岩が剥き出しになった大地。

 その隙間を縫うように木々が立ち並んでいた。自らの命を終わらせまいと根を張り巡らせていた。


「――肉弾戦に持ち込もう」

「え? 俺、戦い方分かんないけど……」


 場所は、リオの北のはずれ。そこにある洞窟前の平原だ。

 そこにイオとシリウス、ハレー、それにゲミンガとスピカが一堂に会していた。怪我人がいるので戦いを長引かせることは許されない状況だ。


「イオ、行くよッ!」

「ッ! 分かった!」


 分厚く鋭い蹄を足下の岩に引っ掛けて、脚部をバネのように扱い、イオは一瞬でハレーの近くまで飛び込んだ。

 短い間ではあったが、シリウスのスパルタ訓練が効いているようだった。


「うりゃあッ!」

「だぁッ!」


 イオの隣に連なるように、シリウスも地を駆けてハレーの脇へ滑り込んだ。

 そして、そのまま二人の拳が敵へ炸裂したのだが……手応えは大したものではなかった。拳には鋼を殴った時のような鈍い音と硬い感触が返ってくるのみ。


「投降するか、負けて死ぬか。二つに一つだ」


 攻撃が効かなかったという事実に驚いたイオは、一拍遅れてとある事実に気付かされた。

 なんとイオたちが繰り出した二つの拳が、ハレーの右手と左手によってそれぞれ受け止められてしまっていたのだ。はっきり見直すまで気付けなかったほどの素早い防御だった。


 考えるまでもなく、混血のパワーを抑え込むなんて普通の人間では不可能のはず。

 ましてや二対一の状況。絶対におかしい。おそらくハレーは普通の人間ではない。


「僕は兵器――」

「く……ッ、どりゃァッ!!!!」

「魔法使いと精霊使いの両方を――」

「倒れろッ!!!!」

「確実に殺すために生まれてきた」


 イオは拳を引っ込めて、すぐさま次の攻撃に切り替えたのだがどれも効果は薄い。頭を狙っても足を狙っても、全て的確に受け止められてしまう。


「魔術と精霊術を封印できる無魔法、強靭な機体、半永久的に尽きない命。どれを取っても僕には敵わないはず」


 ハレーは丁寧に説明してくれた。どうやら無属性なる謎の魔法を操ることも、体を機体と呼べるほど頑丈であることも、そしてイオと同じく不死の存在であることも。


 しかし、そんな説明なんて本当は要らなかった。

 なぜなら彼に触れた時に察したからだ。皮膚があまりにも固すぎて人間のものとは思えなかった。イオの土塊を破壊した時だってそうだ。

 全部おかしかったし、何となく勝てる希望がないことも分かっていた。


「だから、投降を促す」

「ッ……そう言われて投降するヤツがいるかよ! 俺は諦めねェからな!」


 イオは威勢の良い啖呵を切りつつ、脳を高速回転させていた。勝つための方法を限られた時間の中で模索していた。

 幸いにも隣にはシリウスがいるので、考える余裕だけはあった。もし襲われても彼女が少しだけ時間を稼いでくれるだろうという確かな安心感があった。


 だが残念なことに、今のイオたちではハレーを突破する方法がないように思えた。もしかしたら負けるかもしれなかった。

 しかし、負けられない理由がある。

 絶対にゲミンガとスピカを死なせる訳にはいかないのだ。人を癒す能力を持った自分がいながら、リブラの要人を二人も死なせることになってしまったら全く笑えない。管理局の皆に顔向けできなくなる。


 それに、きっと後悔が残るだろう。

 それだけは嫌だった。


「シリウス、アイツの体って金属っぽくないか? 魔法で焼き落とせないか?」

「魔法は効かないって言ってたじゃん!」

「そ、そっか」


 正直獣化は長く()たないだろうし、ゲミンガたちの体はとっくに限界を迎えているだろう。

 こんな絶望的な状況を総括したイオの脳は、もっと時間があれば良かった、などと下らない現実逃避に侵食され始めるのだった。


(……やっぱりゴリ押すしかないか?)


 これはヤケクソもいいところだが、もうどうにもならないなら全力を出し切って散ってしまおうとイオは心に決めたのだった。

 なぜならそれがこの状況で唯一の後悔しない方法だと思ったから。


「喰らえッ!!!!」

「おりゃぁッ!!!!」


 息を合わせて、もう一度飛びかかった。

 まるで猛獣の縄張り争いのように、互いの肉を食み合うように、イオの蹄とシリウスの鉤爪をハレーの体に差し込み続けた。


 もちろん当たっても傷は与えられなかったし、もし傷を与えられたとしても血は流れないだろう。心では分かっていたが、獣化の影響によってか一心不乱に突撃することしか考えられなかった。

 絶対に助けようと決心した手前、それは長く続かなかった。


「はァッ、はァッ……クソ!」

「ふゥ……ふゥ……ゴホッゴホッ!」

「諦めろ」


 悪魔が囁いてきた。

 普段なら耳も貸さないような気持ち悪い言葉が、今日だけは耳元に甘ったるく纏わり付いているような気がした。

 もう疲れたし、諦めたくなってきた。


「――脆い」


 そんな甘言に心を揺さぶられていると、何か鋭い感覚が腕に走った。

 イオはその感触を頼りに腕に視線をやった。


「……ッ!?!? いだぁぁぁぁっ!!!!」

「どうし……ッ!? じっとして!!!!」


 なぜかイオの腕は、彼の胸の前でバツ印を描いていた。心臓を守るように交差していた。

 自分自身、それに後から気付いた。


「ぐ……っ、あぁぁぁぁっ!!!!」


 どうやらイオの本能的な防御反応が出たらしく、それによって彼が守られた結果だった。

 見てみると、ハレーが投げ飛ばしたバスタードソードが、ちょうどイオの胸の前で両腕に食い込んでいた。

 二本の腕骨が緩衝材に、そして肉が滑り止めになって命取りの一撃を防いでいた。


「あぁぁぁ……治れ治れ治れ――」

「落ち着いて、深呼吸して、ほら!」

「ふぅ、はぁ、ひぐっ、っは、げほっ……」


 腕が切り落とされなくて本当に良かった。

 激痛によるショックで脳が停止でもしていたら、イオの『不死』による自己再生は難しいものになっていただろう。

 しかし、それでも腕で受け止めるのは好ましい選択とは言えなかった。なぜなら彼の残り少ない理性を、無理な防御で更にすり減らす形になってしまったからだ。


 もう一度言うが、獣化にはバランスが肝心だ。野性に身を委ねつつ、それを理性で抑え込まなければならないのだ。

 そのバランスが崩れることは、混血にとって最も恐ろしい結末を招くことになる。


「――イオ? 一旦木に寄りかって……ね?」

「……グルァ」

「っ! だ、ダメ! 落ち着いて!」

「…………ガゴォォォォッ!!!!」

「暴れないでっ! きゃっ!?」


 近くの木に座り込もうとしたところ、イオは完全に理性を保てなくなってしまった。

 そして、そんな彼を立ち上がらせまいとシリウスは必死に抑え込んだ。これを止めなければ敵味方もろとも全てを破壊されてしまう。

 もちろん彼自身も、無事では済まない。


 不幸中の幸いだが、今の彼の姿勢だと足に力が入りにくいはずだ。この優勢な立ち位置を利用してガッチリと固めればいいだろう。

 シリウスは持てる全てを出し尽くして、イオの全身に絡み付いた。いわゆる武道における絞め技を繰り出したのだった。

 それをハレーは余裕の表情で眺めていた。


「こちらの勝利、か。感慨もなければ、息を呑むような余韻もない。酷い終わり方だ」


 彼はそう言うと、真っ直ぐにイオたちの方へ歩いていった。木の根本で暴れ狂う茶色の牛と、それを抑える白色の狼。それらを視界の中心に捉えた。

 どうやら情けをかけるつもりはないようだ。その証拠にバスタードソードの刃先がチラリと光って、今か今かと主の再来を望んでいる。彼はすぐにでも剣を手に取って、イオたちを手にかけるだろう。

 まあ、こんな時に手加減をしない姿勢を取るのは彼らしいと言えば彼らしいが。


「その牛を静かにさせよう」

「――ッ!? 待って!」

「まず脳髄を断裂させる。生物の本質はそこに眠っているはずだ」

「やめて! 来ないでッ!!!!」


 ハレーは、イオの側に落ちていたバスタードソードを拾い上げ、軽く何度か振って見せた。

 彼の洗練された構えはある種の美しさを内包していて、それが逆に不気味な雰囲気を纏っていた。


 なぜそう思ったのかと言うと、シリウスはこれから殺されるとはっきり分かっていたのに、その実感が湧いてこなかったからだ。

 彼女はイオを抑える役目を忘れて、ただ目前に掲げられた大剣に見惚れるばかりだった。


「そこを動くな」

「グッ……ガァッ、ゴァッ!!!!」

「――あ」


 ゆっくりと近付いてくるハレーの歩みが、シリウスにとっては更に遅く感じられた。

 死の前の一瞬が無限のように思えた。これが走馬灯というヤツか。

 彼女の脳裏に、世話になった師匠や幼少期を共にした今は亡き兄の姿が蘇ってきた。

 そんな時だった。


「――ぐッ、ガぁっ!!!! ごほっ、げほっ! シロン、やれ!」


 歪んだ時空を切り裂くようにイオの声が響いた。

 先ほどまでは泥沼のように汚く、情けなく弛んだ声だっのに、今はまるで鳳の鳴き声か、川のせせらぎのように澄んだ声。理性を取り戻した、紛れもない一人の少年の声だった。


「何を……っ!?」


 それが聞こえた次の瞬間、ハレーの歩みは小さな突起に引っ掛かって遮られることになった。

 足首からグニャリとバランスを崩した彼は、体が支えを失ったことによる唐突な浮遊感に襲われた。


 イオの魔法が効いたのだ。

 ハレーの意識外から、予想外かつ小規模な、それでいて確実な一撃を喰らわせた。盛り土で彼の侵攻を食い止めたのだ。


「イオ君、今行くよっ!!!!」


 そして、小さな盛り土によってバランスを崩したハレーの背中に、シロンの飛び蹴りが炸裂した。

 二人の仲が織り成す見事なコンビネーションが、ここに来てうまく決まったのだった。


「――最後は俺が決める! シリウス、俺を呼び止めてくれてありがとな! おかげで大事なものに気付けたぜ!!!!」


 更に、イオがハレーへ追撃をかました。

 追撃とは名ばかりの、終戦の一撃だ。


「だりゃぁッッッッ!!!!」


 イオは考えていた。

 どうすればハレーの動きを止められるのか。


 それを考えた結果、素直に蹄で心臓にあたる部分を貫くことにしたのだ。

 体の中心なんだから、いくら兵器にとっても重要な部分だろう、という勘に基づいた攻撃だったが、どうやら成功したようだ。

 イオは再び獣化し、指先を蹄に変化させて掌底を打ち込んだのだが、それが敵のコアを貫いた。


「――ごっ」

「どうだ!?」


 機体のド真ん中を貫かれ、体内の金属パーツをボロボロと噴出させたハレー。彼は数歩だけフラついた後、一度だけビクンと背中を震わせた。

 程なくして彼の動きは鈍くなり、それから完全に行動を停止させた。


 それからグラッとこちらに倒れ込み、イオの右腕を両手でグッと掴んで、こちらを睨み付けたまま壊れたのだった。


「――ごめん、イオ君! 少し遅れちゃった!」

「いいや、十分間に合ってたぜ! それよりゲミンガさんとスピカさんの治療を!」


 単なる無機物と化したハレーを打ち捨てて、イオは二人の重傷者の下へ駆け寄った。

 すぐさま淡い翡翠色の光をフワフワと出し、その生命エネルギーをゲミンガの目とスピカの足を塗り付けていった。

 シロンは持ってきた布で止血をしたり、患部の消毒を続けていた。幸か不幸かゲミンガたちの意識はなかったので治療はスムーズに、そして静かに行われたのだった。


 その治療を離れた所から見ていたシリウスは、唐突に訪れた勝利に困惑しつつも、自分の力がイオに貢献できたことを嬉しく思った。

 その後、何を思ったのか、彼女は金属の塊……もといハレーを拾い上げて、その心臓部にバスタードソードを刺して、二度と動けないよう木に固定した。


 こうして、少年少女の戦いは何とか幕を閉じた。

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