21話 冷血
これが天命なのだろうか、いや違う。
きっと違うはずだ。
もっと素晴らしい運命が、もっと崇高な使命が用意されていたはずだ。それを与えられた世界で明るく輝くための方法を知っていたはずだ。
「スピ……カ……」
ちゃんと分かっている。
「い……って、ぇ……」
分かっているのに、誰かの呼吸音と心音が酷くうるさく聞こえた。本当に邪魔だと思った。
今すぐ止めてくれ、と彼は言いたかった。
「はぁ、はぁ……っ……」
混濁する意識の中、ゲミンガは地面を這いつくばりながら近くで血を出して倒れているスピカの所まで向かうのだった。
もう救う方法なんてないのに、彼はそんな現実を無視して彼女の体に寄り添おうと決めたのだった。
◆◆◆
悲劇が起きる少し前。
彼にとっては痛みなど無に等しかった。
なぜなら目を貫かれた痛みが霞んで消えてしまうほどの衝撃を与えられたから。
無論、それで彼の目が治ることはないが。
「やはり、幸福は毒だ」
「だ、ま……れ……」
意識と無意識の狭間を彷徨うゲミンガ。
その側に、彼に対して憎悪という確かな感情を抱かせた男が立っていた。
見た目は白髪に白眼の美少年で、背中に大きなバスタードソードを担いでいた。
名前はハレーだと分かった。彼の腕に刻印が施されていたから。
更に所在地がジェミニという国であることも追加で分かった。先程フードの男がそう漏らした。
「楽な方へ、楽な方へ、ダラダラと流れていくから足下を掬われる。君はまともに体術の訓練をしたことがあるか? 特定の技術に秀でてるか? まさか魔術と精霊術だけか?」
「っ、黙れ!」
ゲミンガは自分の体に残っていた全ての魔力を一点に集中させ、ハレーの頭を目掛けて放った。言うまでもなく確実に殺したかったので首を狙った。
昔読んだ解剖学書に首は人の要だ、と書かれていたのを思い出したからだ。
これがうまくいけば魔法は敵の体内に潜り込み、炸裂するはずだ。
しかし、何秒経っても破壊は起こらなかった。
「魔法か……それもまやかし、虚無に過ぎない」
(なぜ効かない……!?)
結果だけ見れば、まさか膨大なエネルギーの塊が一瞬の内にあらぬ方向へ逸れてしまったのか。
ゲミンガは目の前で起こった不測の事態に、閉口して目を見開くしかなかった。
「遺言を聞かせてくれ。それと伝える先も。あまり長いと覚えられないから短く簡単に」
「……クソが」
「それは空に向かって言えばいい。こちらの預り知るところではない」
ハレーは背中に担いでいたバスタードソードを左手でしっかりと掴み、腕を振り上げた。
そして、一切躊躇うことなく、その刃先をゲミンガの首へ添えて―――
「ちょっと待った!」
振り下ろそうとしたところ、そこに割り込む声が聞こえてきた。
凜とした少女の声は木々をすり抜け、ハレーの耳に飛び込み、これから行われるはずだった殺害を妨げることに成功した。
ハレーは長く伸びた髪を翻し、後ろ方へ振り替えって声の主を探した。そうするとすぐに狼人の少女の姿を捉えられたのだった。
「あなた……はァ、はァ……悪い人?」
「曖昧な聞き方だ。それは誰から見た場合の悪人なんだ。定義は様々だから答えかねる」
「そんなバカみたいな返答をするってことは、たぶん悪い人だね。安心した」
白色の狼は爪で地面を掻き、牙を鳴らした。どこにも人としての面影はないが、その声だけは人のものだった。おそらく風魔法か何かで人の声を再現しているのだらう。
一触即発の空気が新たに展開された訳だが、そんな場所にまた新たな存在が割り込んで来た。
狼ほどの覇気は持ち合わせていなかったが、随分と目の据わった牛の混血の少年がやって来た。年齢不相応に冷静で、狼とは反対にあまり敵意を剥き出しにしていなかった。
それが余裕による態度なのか、はたまた弱者らしい振る舞いなのか判断することはできなかったが、ハレーは少なくとも牛人は脅威にならないと決め付けたのだった。
「今から治療をします。どいてください」
彼は驕り高ぶる訳ではなく、かと言って下手に出る訳でもなく、あくまで真摯に語りかけたのだった。




