19話 前進
意識が覚醒する時にいつも思うことがある。
起きる前は何があったんだろう、と。
人は五感を駆使して外界の情報を取り入れる。耳で聞き、鼻で嗅ぎ、目で見て、手で触れ、そして喰らう。
しかし、寝ていたら情報が頭に入ってこない。
一体そこには何があるんだろうか。
「―――ん、あ」
そういう訳でいつも不安になる。
「っ、ごめん! 気絶してた……か?」
寝ている間に何か大事なことを逃してしまっているのではないかと、そんなどうしようもないことによく一人で頭を悩ませている。
だから、もしこれからどうしようもない場面に立たされたとしても、せめて目を逸らさないでいたい。
なぜなら知らないことが一番怖いから。
イオは体についた汚れを払い、安置されていたベッドから体を乗り出した。
シロンから捲し立てられたのは、ちょうどその時だった。
「今すぐ二人の音を聞いて!」
「……え?」
「まだスピカさんとゲミンガさんが戻ってきてないの! 朝までには戻ってくるって約束したよね!?」
「あ……そ、そうだ。そうだった」
「さっきの男が飛んで行った方向! 偶然か知らないけど二人がいる洞窟の方だなんだよ!」
彼女の切羽詰まった表情によりイオの心は追い詰められた。せっかくの気持ち良い目覚めが、大切な二人の仲間の失踪によって掻き消された。
こっちは普通の日々を送りたいのに、なぜこうも世界は生き辛く作られているのだろうか。
あまりに歪んでいて、見るに堪えないほど醜悪。
イオはそんな世界への文句と不安を抑え込み、シロンの言う通りに『耳』を洞窟の方角へ傾けた。
そこから聞こえるはずの心音を確認し、一刻も早く二人の無事を確認しようとしたのだった。
「……嘘だろ。何も音が聞こえない」
「な、なんで!?」
「心臓が弱ってる、と思う。とりあえず行こう!」
イオは、背中を強く押されるようにして足を前に出した。フラッと躍り出たとでも言おうか。それはあまりにも頼りない前進だった。
言っておくが、これは自分の意志によるものでは決してない。
これは鋭く屹立した運命に駆り立てられた、ある種の責任感による焦燥だ。
つまりは心の余裕を奪われているのだ。何も考えられないくらい追い詰められ、その内に「とりあえず前に進もう」といつの間にか決心していた。
それだけ。
(……でも、俺がここで行かなきゃ二人とも無事じゃなくなるんだろ? それならもう行くしかないだろ……何度考えても無駄だ……)
時間を奪われたら、余裕がなくなる。
余裕がなくなったら、正常な判断ができなくなる。
正常な判断ができなくなれば、おのずと運命は悪い方向へ傾く。
運命が悪い方向へ傾けば、いずれ死ぬ。
だから、歩みを止めてはならない。
もう止まれない場所まで彼らはのめり込んでいるのだから。




