11話 混血
城内の小部屋にて。
小さなランプを中心にして、シロンとシリウスが談笑していた。
「あ、帰ってきた。何て言ってたの?」
「理由はよく分かんないけど、外泊するから二人でよろしくやってろ、って」
そして、ゲミンガとの通話を終えたイオがその会話の輪に加わった。どうやら無事に彼らとの意志疎通はできたようだ。
と言うのも、先程リオの空高くに真っ赤な信号弾が打ち上げられたのだ。
それを確認した彼は談笑から外れて、せこせこと情報のやり取りに勤しんでいた。
滞りなく終わったことを確認したシリウスは、横槍ながらも丁寧にイオに話し掛けてきた。
はつらつとした声で。
「あの、イオさん」
「どうした? さんは付けなくていいぞ」
「え、えぇ……? イ、イオ……くん?」
「いや、普通に呼び捨てでいいんじゃないかな~……って」
「あ、そういう……えっと、イオ!」
「何だ?」
「今日の訓練の反省会をしましょう……しよ?」
イオは年下に敬語を使われると変な距離を感じてしまう病気を患っている。かと言って強要するのも気が進まない。
そんな訳で、シリウスの反応次第では提案を引き下げるつもりだったのだが、思いの外彼女のイメージに合っている気がしたのでフランクな話し方で続けてもらった。
そもそも昼時に彼女にボコボコにされて、未だに敬語を使われるのには違和感がある。本来はイオが敬語を使う側なのに。
「反省会か……もう少しパンチの力を弱めてくれたらなぁ~」
「えへへ……熱が入っちゃって、ついつい……」
これは訓練を経て彼が抱いた正直な願望だ。
まずイオが獣化し、もし暴走してしまったらシリウスが腹パンで止める。
もはや脳の細胞が筋肉に置き換わっているのではないか、と疑うほどの試験をこなすこと約十五回。
流石のイオでも体へのダメージは治し切れていたが、心へのダメージは着実に積み重ねていた。
「ボクも見てて痛々しかった。だから―――」
「だよな。ほら、シリウスに言ってやれ」
「早く制御できるようになってね、イオ君」
「……あのさぁ」
しかしまあ、実際これが一番早かった。
イオの体力の消耗を待ってから獣化を解除するより、シリウスに気絶させてもらった方が回転率が圧倒的に良かったし、何よりイオの『不死』がそれを後押ししていた。
常人ならば、この方法はやれたとして一日に三回ほどだろう。
しかし、イオの場合は傷はすぐに治せるので、常人の何倍もの早さで訓練をこなせた。
獣化しては、失敗。
失敗しては、殴打。
殴打されては、次へ向かうだけ。
イオは獣になる技術をいち早くモノにして、さっさとループから抜け出さなければならない。
「ボクも心配なんだよ。もう数日しかここにいられないだろうし、それまでに制御できるようにならないとこれから大変なことになると思う」
「そうだよな……はあ」
納得できないだろうが仕方ない。大いなる力に犠牲は付いて回る。
きっとこの世界の強者は皆そうだ。シリウスだってそうだろうし、イオもそうなるはずだ。
この痛みを乗り越えてこその真の混血だと、今のイオはそう考えていた。
「最後の方は少しだけ意識がありましたよね? きっと明日にはモノになると思います……思う」
「ホントか? まあ、そう言われたら頑張るしかないよな」
イオは手を枕にして机に突っ伏した。皆が近くにいるが、それの邪魔にならないように小さくうずくまったのだった。
そして大きくため息を吐き、また顔を上げた。
「シリウスも最初はそうだったのか?」
「へ?」
「シリウスも、制御するのに苦労したのか?」
「…………」
質問した後、ほんの数秒で自分の過ちに気付かされた。シリウスの表情を陰らせてしまったのだ。
イオは自分のデリカシーのなさを恨んだ。
「あ、ああ……もし話すのが嫌なら俺たちは部屋に戻るけど」
「話す。話す価値があると思う」
彼女は昼の訓練の時に見せたような、あの年齢不相応の覚悟の表情を浮かべて見せた。
それがランプの弱々しい明かりに照らされて、小さな部屋の暗闇の中に浮かんでいた。
「小さい頃、お父さんとお母さんとお兄ちゃんと一緒に住んでて……もうほとんど覚えてないけど、当時の私はすごく幸せだったと思う。だって、今よりずっと賑やかだった……から」
「……そうか」
「うん、それで……その……とある日、いざこざに巻き込まれちゃって。その時に初めて獣化して戦おうとしたんだけど……えへへっ」
「十分伝わったから、もう大丈夫だよ」
「うん……」
シリウスの喉が詰まり始めた頃に、シロンの優しい制止が入った。
彼女の真っ赤な瞳は涙を溜めていて、そこから今にも溢れ出しそうになっていた。
かなり辛い過去を思い出させてしまったらしい。
「俺、頑張るよ。だからシリウスも一緒に頑張ろうぜ。俺を引っ張ってくれよな」
「……うん、分かった」
彼女の呼吸が少し落ち着いた頃、また別の質問をした。話題変えのつもりだった。
「そう言えばさ、俺はいつも人の耳だけど、何でレグルス様とかシリウスは獣の耳が生えてるんだ? 俺たちは同じ人間だろ?」
「あぁ、それは純粋な混血と普通の混血の違い。イオがよくいる混血で、私が珍しい方」
「へぇ~」
「昔から混血だけで血を継いできた家系は、獣の特徴を色濃く残してる。でも、人間と恋をした家系はだんだん獣の特徴が薄れてくる」
「……そうなんだ」
「イオ君は獣石を使えば獣化できるけど、私はそれがなくても獣化できるんだ。うーん、例えば普通の混血で有名なのはヴァーゴの王家であるプロミネンス家かな。最近は血が薄れてるって噂を聞くよ」
「獣の特徴が出てないのか?」
「うん、すごく珍しい竜の一族なんだけど、家系の意向で積極的に他の種族と交わってる」
「な、なんか生々しいな……」
イオは新たな知識に興味津々。
シリウスは教えることに夢中。
そしてなぜかシロンは乗り気ではなかった。
理由はよく分からなかったが、それを無視して混血についての談話は続いていった。
そうして三人の時間は、夜の闇が深くなるまで伸びていったのだった。誰もが消灯時間を忘れて。




