9話 中に眠るもの
「という訳で……ご教授願います」
「えへへ~、照れちゃいます」
「ボクもいるからね」
イオとシロン、それにシリウスは王城裏の原っぱにやって来ていた。
目的はただ一つ、イオの修行だ。
「レグルス様にボコボコにされちまったよ」
「そ、そうなんですね……聞く限りだと、なぜ無傷なのか不思議なくらいです」
「イオ君は珍しい魔法特性を持ってるんだよ。性質は至って単純だけど、それだけに強い。彼の『不死』はどんな状態にあっても治癒魔法を発動するんだ」
「す、すごいですっ!」
トレーニングの前にイオの魔法特性をシリウスに伝えたが、その危険性はよく分かってもらえなかったようだ。
まあ、当然だろう。
傍から見ればただの『強い魔法特性』だ。操る者によっては天下を取れるかもしれない代物。
しかし彼は違う。少なくとも彼とってソレは、背負うにはあまりに重すものだった。
「じゃあ、まずは獣化の説明をします」
「ああ」
「うん」
「と言いましても、単純なことですけどね。自我を保ちつつ野性に身を委ねる、って感じです」
「……そ、そうか」
「イオさんの場合は身を委ねることはできていました。でも、自我を失ってしまったようです。お話からはそう推測できます」
「じゃあ自我を保てたら無事に獣化できるのか?」
「そういうことになります!」
笑顔でブンブンと頷いたシリウスは、二人から少し離れた場所に立った。
そして、少しだけ表情を変えてから言った。
「もし獣化しても私を襲わなくなったら、それで試験合格です!」
「なるほどな」
「二人とも何言ってるか分かってる!?」
シリウスが出した課題の内容に混乱し、イオはとりあえず生返事をしておいた。そこをシロンに咎められる形になってしまったが。
もしそれで牛になったイオがシリウスを殴り殺してしまったらどうするのだろうか。
と、そんなことを考えている間にも彼女は怪しい動きを止めなかった。
「習うより慣れろ、です! 強制獣化!」
「うおぁっ!? 一体何して―――」
まず安全を確保しなければならない時に、あろうことかシリウスはイオを強制的に獣化させた。
どういう原理か分からないが、彼女はイオの首に提げられている獣石に触れて、彼の体に刺激を与えたのだった。
恐らく適度に魔力を流し込んで、強制的にイオの体と獣石を反応させたのだろう。
その次の瞬間、イオは正真正銘の怪物に変貌してしまっていた。
もう理性など存在しない、牛の怪物に。
言うまでもなく、かなりまずい状況である。
「シロンさんは隠れてて!」
「ええっ!?」
「ギィィィィアァァァァゥ!!!!」
シロンは自分の足下にある土を爆発させて、近くの高木に飛び乗った。
しかし、シリウスは依然としてイオの前に立ち尽くしていた。このままでは危ない。凶刃と化したイオの蹄に心臓を破り裂かれてしまう。
これを何としてでも阻止しなければならない。
そう思ったシロンは一心不乱に叫んだ。
「シリウスっ!? 逃げて!」
「ふぅ……第一回獣化試験―――」
だがシリウスは目を閉じて、木の上にいる少女の声には耳を貸さなかった。
なぜか深呼吸を始めたと思った刹那―――
「―――不合格っ!」
「ゴォァァァァッ!?!?」
彼女の脇腹に添えられた小さな右手が、爆発的なスピードでイオの腹部に迫った。その拳は肋の下をすり抜け、彼の重要な臓器の数々にクリーンヒット。
想像を絶するような激痛にイオの意識は沈んだ。
「グバッ―――あ、あぁ……おえっ」
「起きて下さい! 次々行きますよ!」
「ははは……見た目によらず、かなり積極的なんだな、シリウスは」
「まあ、よく言われます。こう見えても相手の内側にドシドシ踏み込んでいくタイプなんです。相手に私を意識させたい、って感じでしょうか。こんな私は嫌いですか?」
意識を一瞬だけ失ったイオは、無事に獣化を解除されたのだった。まあ、無理矢理にも程がある方法だったが。
少しだけ吐きながら、彼は草原に四肢をついた。
見上げてみると、シリウスの尻尾は興奮している犬のように左右に揺れている。
もう少し見上げてみると、熱情を孕んだ視線を向けられてイオは思わず苦笑した。
これは長く辛い戦いになりそうだ。
まさかここまでスパルタな訓練だなんて、彼は思ってもみなかった。




