5話 霊峰にて
吹雪が吹き荒れる山岳地帯。
ここはリオ北部に位置する巨大山脈の一角。かなりの物好きな登山家でさえも登ることを躊躇う霊峰。
「ふぅ……息が真っ白だ」
そんな場所に、とある人物が立っていた。
雪のせいで分かりにくいが、その髪も肌も驚くほど白く、顔立ちはまるで美術館に飾ってある名画の登場人物かの如く整っている。
しかし、彼は一体どのような理由でこんな危険な場所にいるのだろうか。
「依頼はイオという名の少年の確保と移送。生け捕りが望ましい、か……」
彼は何気なく白い山肌を見下ろす。
どうやら遠くに視線をやって考え事でもしているらしかった。
そう思った次の瞬間、彼は目前の虚空へ飛び出した。何も存在しない空中に、何の支えもなしに飛び込んだのだった。
「彼は死なないのに、わざわざ条件を付け足す理由が分からないね」
重力に従って落下していく彼は、何事もなかったかのように山脈の雪肌に着地した。そのまま雪で出来た坂に両足を滑らせて、スノーボードの要領で勢いよく滑り降りたのだった。
彼はイオを狙っているらしい。
◆◆◆
鎖の音が鼓膜をガンガン刺激してくる。
しかし音を発している存在に「うるさいです」とは、とてもじゃないが言えない状況だった。
なぜならその音の主はこの国で二番目に偉い人物……いや、生物だからだ。
まあ、生物であるかも怪しいが。
「イオ様は混血の可能性があると。そのようなことでしたらシリウスと一緒に行動するのが良いと思われますわ。お隣のシロン様もご一緒に」
「わ、私ですぅっ!? 私なんかじゃ絶対におもてなしなんてできませんよぅ……」
「そう言わないで。イオ様はよろしくて?」
「あ、はい。俺は全然いいですよ」
「イオ様までぇ……」
シリウスはどうも自分に自信が持てない様子だ。
見た目はたいへん可愛らしい少女で、話を聞いてみると魔法の才に秀でているらしい。
持てる物全てを持って生まれてきた完璧美少女が、なぜそこまで自分を卑下するのだろうか。
謙遜にしては行き過ぎている気がする。
「なあ、シリウスさん。もしかして俺のこと……嫌いだったり?」
「いえいえ! むしろ大好きですっ!」
「大好き?」
「あ、その、あの……イオ様のことは悪く思っていませんけど……もしかして私がいたら、お邪魔にならないかなぁ……と……」
シリウスは耳をすぼめて俯いてしまった。急に空気がズシンと重くなるのを感じた。
そこでイオは助けを求めようと、後ろにいるゲミンガの方へ振り向いたが彼は知らん顔だ。
自分で解決しろ、と顔に書いてあるようだった。
だから、イオは仕方なく慰めの言葉を適当に考えて、彼女にかけてやるのだった。
「……えっと、俺は大歓迎だよ。獣化についてもっと知りたいし、シリウスさんに教えてもらいたいな。シロンは仏頂面で一緒にいたら退屈だろうし、やっぱりシリウスさんが一番良いと思う」
「わ、私に? えへへぇ~……イオ様がそうおっしゃるのでしたら、私も満更ではないと言いますか~何と言いますか~」
満更ではないようだ。
シリウスをどうやって振り向かせたらいいのか全く分からなかったので、とりあえず誉めてみたら効果は覿面。
彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
「ボクも一緒でいいよね?」
「あ、はい! シロン様も―――ひぃ!?」
一転して、シロンに振り向いてその表情を凍り付かせたのだった。
目を見開いて口角を下げた、亡霊のような表情で怒るシロンに彼女は戦慄した。
「うふふ、概ね決まったようですね。そろそろ王城に着きますわ。少々お気構えを」
ウォルフの言葉によって、皆が視線を前方に向けた。
そうして見上げた先には、誰もが息を呑むような立派な王城がそびえ立っていた。




