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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第一章 夕闇の先
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8話 悩んでも

 大きな丘の上に、リブラ魔法管理局はある。

 そして、そこへ行くまでに長い階段がある。昇るには相当な時間と体力が必要だ。

 イオはハァハァ言いながら足を動かし続けていた。


「なぁ、そう言えば……あの泉の事なんだけど」

「んー?」


 特に話す事もなく、だらだらと階段の上を目指していたイオは、突然泉について切り出した。

 先の、不気味な景色を見せてきたあの泉だ。


「あれ、何なんだ?」

「あれって言うと?」

「茶化すなよ。お前もあの口振りだと、泉に顔突っ込んだことあるんだろ?」

「そうだね」

「だったら説明してくれよ……中で見た景色が結構怖くてさ、寝ると時にうなされたらどうするんだよ」


 イオはそう弱々しく言った。

 泉から引き揚げられて目を覚ました時は、シロンと一悶着あったので、あの謎の恐怖を忘れられたのだが、こうして思い返してみると、やけにリアルで気色悪かった印象がある。

 現世ではあり得ないことだから、きっと魔法関連の事物であるはずなのだが――――


「あれは少々――――どころじゃなくて、かなり厄介でね。まあ、夢の内容を話してごらん?」


 そう言って、シロンはイオに対して告白を促した。

 彼には断る理由もないので、特に迷わず夢の内容を話し始めた。


「あぁ……いきなりkごぉっほぉうぇ!」

「もう一度」

「ほがっはぁっ! うぇぇぇ……」

「うーん」


 イオは別に喘息気味の体質という訳ではない。それに、軽い運動をするだけで肺が詰まる病気の持ち主でもない。だから、これは明らかにおかしい。

 泉で見た夢について話そうとするだけで、なぜか喉を強く押さえつけられた感覚に陥る。

 この状況を鑑みて、シロンは説明を始めた。


「実は、あの泉の見せる夢については他言無用なんだ。絶対に他人に聞かせることはできない」

「はぁ? どういう仕組みか知らないが、そういうのは早く言ってくれよ……」

「ごめんね、異世界人の君に効力があるのか試したくて……えへっ」

「笑って許されると思ったか? お前、何が真面目な顔して『もう一度』だ」


 どうやら別世界の人間であるイオの理解が及ばない範囲に、その泉の秘密があるらしい。

 彼はその後も、シロンに質問責めを試みたが「後でまとめて説明してあげるよ」と流されてしまった。

 そうして、しばらくして長い階段の終わりが見えた。管理局の大きな扉が2人を待ち構えている。


「じゃあ準備はいい?」

「準備とか要らないだろ。早く休ませてくれ」

「はいはい」


 ドアの重苦しい音が開閉と同時に鳴り響く。こうしてイオはついに管理局へ足を踏み入れた。

 記念するまでもないが、これが1ヶ月に及ぶ異世界生活の始まりの第一歩という訳だ。

 まだこの世界に来て時間は浅い上に、体験したことの全てが新鮮だったので、一日中歩き回ったような疲れ具合にある。まだ半日も経ってないはずなのに。


「では改めて……ようこそリブラ魔法管理局へ。君には1ヶ月間ここで働いてもらうよ。精進するように」

「働いたことなんてないから、自信を持って言えないけど、まあ、全力でやるよ。手抜きはしない。無事に元の世界に帰るのが、俺の唯一の目的で目標だからな」


 イオは強がって笑って見せた。正直、見ず知らずの世界でいきなり働くのは、まだ若過ぎる彼にとっては不安でしかないが、何より帰るためだ。仕方ない。

 今は余計な事は考えないで、ただ服従するだけでいい。それで救われるなら、どんな苦労だって厭わない。むしろ望むところだ。


 そんなことを考えつつ、管理局に足を踏み入れると――――


「やっと帰ってきたんだね! もう心配したよ!」


 決意を新たに、いざ管理局の自室で休眠を取ろうとしていた時、ロビーにある螺旋階段の上から声を投げかけられた。

 うら若い女性の声だった。


「あなたが召還装置でやって来た……あ、名前は?」

「イオです。新田五百(いお)って言います」

「そう、これからよろしくね。私はブラキウムって言うの。色々不安だと思うけど、何かあったら私に聞いてね」

「あっ、はい」


 突然話しかけてきたのは、漆を塗ったように艶のある黒髪と、黒曜石のような黒い瞳を持っている、どこか中性的な顔立ちの女性だった。

 身長はイオより高く、自然と敬語で話すことを促される落ち着いた雰囲気の美人である。


「シロン、ごめんね。いきなり頼んじゃって。もう部屋に戻って休んでいいよ」

「はーい……じゃあね、イオ君」

「おう、また明日」

「それで、まずはあなたの部屋へ……と行きたいところだけど、その前に、この施設の案内をしておこうかな。大丈夫だよね?」

「全然大丈夫ですよ」


 イオの案内手はブラキウムに交代だ。

 見てみると、彼女はシロンと正反対の印象を受ける。雰囲気からして、少し大人びた20代前半の女性といったところだろうか。

 イオは無言で、ブラキウムの後を辿って行く。


「ここが仕事場で、書類なんかが大量にあるの」

「へぇー」


「ここが共同のトイレだね。お掃除は当番制だからね」

「へぇー、そうなんですね」


「それで、ここが大浴場。右が男湯で左が女湯。間違ったら魔法の餌食になっちゃうかも」

「へ、へぇー」


「それから、ここが管理局が誇る大図書館よ。文字は読める? 読めないなら、私かシロンが教えてあげるよ」

「あ、ありがとうございます。そんなわざわざ」

「ううん、気にしないで」


 ブラキウムは丁寧に、淡々と説明を続ける。


「大きいでしょ? このホール」

「確かに……」

「ここが職員寮なんだ。ホールの側面に扉がたくさん見えると思うけど、向かって右が男子部屋で左が女子部屋だからね。お風呂場と同じだから覚えやすいでしょ?」


 ホールを囲むように部屋が配置されており、5階層分が吹き抜けになっている空間に来た。イオは成り行きで、入り口から離れた奥の方の空き部屋を案内された。

 彼が想像していたものよりも断然広く、とても快適に思える部屋だ。話によると、音が漏れる心配もなく、夜間もホールの明かりが点いているのでトイレに行くのも怖くないらしい。って、一体何を心配されたのか。


「じゃあ、仕事についてはまた明日。今日はゆっくり体を休めてね」

「はい、ありがとうございました」

「こちらこそ」


 イオは軽く頭を下げ、感謝の意を示した。お辞儀が通じるかは分からないが、とりあえずやっておいた。

 ブラキウムが自室に戻るのを見届けて、イオは部屋のベッドに横になった。彼は大きく息を吐いて、枕に顔を埋めたのだった。


 極度の緊張状態から急に解放されると、どっと眠気が襲いかかってくるのはよくある。大きなイベントの帰りに、車や電車の中で寝てしまうのが例だ。

 しかし、イオには不思議なことに、その睡魔はやって来なかった。意外と疲れていないのか、それとも緊張が解けないでいるのか。はたまた、そのどちらでもないのか。


「はぁ、どうすっかなぁ」


 上半身を起き上がらせ、部屋を見渡す。照明は元の世界のLEDライトに近い感覚がして、少しだけ落ち着く。どうやら電化製品ではなく、魔法アイテムらしいが。

 天井や壁、机やベッドは木製で、触るとすべすべしていて気持ちが良い。

 それから、窓が扉の向かいにあって、そこからは外が眺められた。イオがいるベッドからは、うまい具合に月が視界に入った。

 それは、やはりとても綺麗で――――


「って、こっちにも月に近いものはあるよな。びびった」


 この部屋に似た宿屋なんか、元の世界で探せばいくらでも見つかるだろう。それに、窓から月が見えたっておかしくない。

 それだけに、どうしても寂しさを感じてしまう。1ヶ月は短いと思い込んでいるが、実は結構長いのかもしれない。

 果たして、彼はこの生活に耐えられるのだろうか。


「はあ……シロンの部屋に殴り込もうかな」


 不意に犯罪思考に飲まれそうになったので、イオはホールへ出て気分転換を計った。まだ起きている職員達が、用意された椅子に座り談笑している。

 そこで、イオは知っている顔を探そうとするが、もちろん誰の顔も記憶にない。


「まあ、悩んでも仕方ないか……ここで働くしかないんだから」


 しばらく近くの壁に寄りかかって、ホール全体を眺めた後、自分の茶髪に手櫛を入れつつ部屋へ戻った。

 やっぱりまだ緊張が解けないのか、どうしても眠れなかった。

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