23話 凍える街
吐く息は白く凍え、空には灰色の暗雲が立ち込めていた。
異常気象に見舞われたアクエリアス。
雪と氷に支配された光景を目にした二人の男女は言葉を失った。
「―――そうだ、マイアさんは」
彼らが現状を受け入れられたのは、宿屋から出てから数分後のことだった。
そう、二人は部屋から消えた一人の女の行方を追っていたのだ。イオの呟きに呼び覚まされるようにしてシロンも目的を思い出した。
「マイアさんは遠くには行ってないはず。ボクたちそんなにキッチンに長居してなかったから」
「そうだっけ? まあ、とりあえず二手に分かれて探そ……」
「だ、ダメだよ! イオ君が凍え死んじゃう!」
「あっ……そっか」
あまりに異常な光景を目の当たりにしたので、二人は正常な判断力を失っているようだ。一面の銀世界を前に右往左往している様子。
これではどこをどのように探せば良いのか分かったものではない。
「……いや、待て。なんか聞こえないか?」
「何も聞こえないよ。寒くて頭がどうにかなっちゃったの?」
そんな時。
イオの耳にとある音が聞こえてきた。女性の泣き声だった。
シロンには聞こえていないらしいが、イオには確かに聞こえた。
「あっちだ……行くぞ!」
「えぇっ!?」
イオは自分の耳を頼りに、足下の雪を踏み固めながら進んだ。
いつの間にか降雪の勢いは強まって吹雪となり、膝下の辺りまで雪が降り積もっていた。爪先にのし掛かる雪が二人の体力を着実に削っていった。
それから声が聞こえる方向に二人で進むと、街を流れる川にたどり着いた。
現在の気温は氷点下を下回っているはずだが、その川だけはなぜか凍らずに流れ続けていたから良い目印になった。
「あ、いた! マイアさぁん! こっちです! 聞こえますかぁ!!!!」
そしてイオたちは、川の向こう岸にマイアらしき女性の姿を発見した。
川で分断されていたものの声だけは届く距離だったので、彼らは思い切り叫んだ。
「このままじゃ危ないですよ! 早く宿屋に帰りましょう!」
「そうですよっ! こっちに来てください! ボクが温めてあげますから!」
吹雪の勢いは衰退することを知らなかった。
それに喉が枯れるほど声を張らないと、対岸にいるマイアの注意を引くこともできなかった。
ただ、ここで一人の女性を凍死させるくらいなら、喉が潰れることくらい安い犠牲だと思えた。
だから二人は必死に呼び掛けを続けた。
「…………」
「マイアさぁん! 聞こえてますよね!? 大丈夫ですよね!?!?」
「早くしないと死んじゃいますよぉ!」
いくら呼んでも、彼女は顔をこちらに見せようとしなかった。それどころか二人に反応する気配する見せなかった。
せめて何を考えているかだけでも教えて欲しい。
これでは田んぼに突っ立ってる案山子に話しかけているのと変わらない。
「―――て」
「っ! なんか喋ったぞ!」
「聞こえないよ!」
シロンは吹雪の轟音のせいで彼女の細い声を聞き取れなかった。
しかしイオはなぜか聞くことができた。
なぜかはっきりと、まるで周囲の雑音に影響されていないかのように。
「……げて」
「もう少し大きな声でお願いします! あと少しで聞き取れそうなんです!!!」
「ボクは全然聞こえませんけどっ!」
そこら中に鳴り響く轟音の隙間に、彼女の微かな声を聞いた。その声は震えていた。
一体何に震えているのだろうか。
寒さ、怒り、悲しみ、それともその全てか。
依然として彼女の釈明がないので、その真相は闇に包まれているままだった。こうなったら本人に直接問い質さねばなるまい。
イオたちの命を危険に晒してまで自分を探させた意味を聞くのだ。
彼女自身の口から。
「……げて……お願いだから逃げてよ…………と言っても、もう間に合わ……ないよねぇ……」
「……え? い、いきなりどうしたんですか?」
悪天候を切り裂くような鋭い声に、イオは耳を疑った。彼女は「逃げて」と確かに言ったのだ。一体何から逃げろというのだろうか。
この吹雪から逃げろと言うのなら、それは無理な話だ。イオは彼女を見捨てる真似などできない。
絶対にこの猛吹雪から彼女を救わなければならないと心に決めていたからだ。
「ふふっ、精霊がすぐそこ……にいる……」
「何を言ってるんですかマイアさん! 俺たちと行きましょうよぉ!」
「でも、邪魔が入り……そう」
「ああもう! 喋ってる暇があるならこっちまで来てくださいよ! 橋でも何でもあるでしょう! さっさと逃げましょう!!!!」
「―――その気持ち、半分正解で半分不正解! イオ君、今すぐシロンちゃんを連れて逃げるんだ!」
「っ!?」
そこで第三者の声が空から聞こえた。
しかし第三者と言っても、聞き馴染みが無い訳ではなかった。
声の主であるバニローは、氷で作られたトマホークを持ったまま雪と一緒にに空から降ってきた。
思い切り振り下ろされたソレは、マイアの命を喰らい尽くさんと彼女の細い首に迫ったが、刃が体に触れ合う瞬間、マイアが分厚い氷の鎧に覆われた。
渾身の攻撃を防がれたバニローは、舌打ちをしてから地面に着地したのだった。
数秒だけマイアの動向を伺った後、隙を見るようにして対岸のイオたちに話し掛けた。
「まだ気付かないのかい!? この国に異常気象をもたらしてる元凶に!」
「え、それって―――」
「この女の中から莫大な氷の魔力を感じる! 水魔法の上位の氷魔法だ! しかもそれだけじゃない! バカみたいに体から漏れ出てる!」
バニローの言葉を脳内で反芻した。
そして数秒後、ようやく理解した。
自分が理解不可能な状態に陥ってることを、何とか脳の隅で理解したのだった。




