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A lot of stars  作者: 赤秋の寒天男
第二章 水面の虹
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22話 穏当に

 アクエリアスに着いてからの食事は朝昼晩全て外食で済ませていたのだが、今はマイアをベッドの外に出す訳にもいかないので自炊をすることにした。


「シロンって料理できるんだな」

「まあね、昔は一人で暮らしてた時期もあったし」


 三人が身を置いている宿屋には共用のキッチンが常設されている。

五時頃から十一時まで解放されており、ここに泊まっている客なら誰でも自由に使えるのだ。

 だからイオとシロンは昼下がりに購入した食材を持ち込んで、マイアのための食事の献立を考えているところだ。


「やっぱり食べやすい方がいいよね。こういう時はお粥がいいのかな?」

「それでいいんじゃないか? それでさ、俺が手伝うことある?」

「あー、野菜を細かく切ってて。できるでしょ?」

「おう」


 お粥は食べやすいので不調の時によく食べられているが、実はちゃんと噛まないと消化しにくいのだ。という無粋な提言はしないでおく。

 体調不良に陥ればとりあえずお粥だ。わざわざ身を粉にして作るという気持ちが大切なのだ。


 シロンは米に似た穀物を鍋に入れて煮始めた。

 そしてイオは危なっかしい手付きで野菜を刻み始めたのだった。


「イオ君って……その、料理の経験は―――」

「ないぞ」

「……手を切らないでね」

「ははは、ガキじゃあるまいし。そんな初歩的なミスなんていったぁぁぁぁ!?」

「もう! 気を付けてって言ったじゃん!」


 そう言ったそばから、イオは自分の手を切りつけてしまった。血肉なんて料理の具材にしたくない。

 シロンは慌てて濡れタオルを彼の傷痕押し当てようとしたが、そんなことは必要なかった。


「ふーっ! 治れ治れ……よし治った」


 イオは必死に息を吹き掛ける真似をして傷を治してしまった。

 これは彼の魔法特性『不死』が働いた結果だ。木魔法を習得する過程で魔法特性について教わっていたのだが、それがここに来て素晴らしい働きを見せてくれたのだった。


「すぐ治るからって油断しないでよね」

「してないって。さあ、続きだ続き」


 シロンは不服そうな表情を見せたが、すぐに鍋に視線を戻した。

 イオは自分に取り付けられた補助輪のせいで怪我に対して鈍感になっている。どこか自分をおざなりにしてしまっている態度がシロンは気に食わなかったのだろう。

 それは彼自身もよく分かっていた。


「よし終わったぞ」

「お、いい感じだね……それをここに入れて」

「ほいよ」


 出会って十日弱しか経っていないはずだが、二人は完璧にコミュニケーションがとれていた。

 何とも不思議な絆を感じる。

 片方が困っていたら、もう片方がそれとなくフォローをするという、温かみのあるチームプレイが見られたのだった。


「よし、完成だね」

「腰が痛いぜ……」


 料理の間はずっと立ちっ放しの状態になるので、定期的に姿勢を正さなければ背筋や首筋が圧迫されて大変な事になる。

 小柄で姿勢が良いシロンは何も感じていないようだったが、彼女より少し背が高く猫背気味のイオは酷い痛みに襲われているようだ。

 一度近くのソファに座り込んで休憩した後に、完成した料理を持って二階へ向かった。


 もちろん台所の後片付けはキチンとやった。

 キッチンだけに。


「―――おかえり~」

「ただいま」

「ただいまっす」

「思ったより早かったね」

「いやー、シロンのおかげですよ。メチャクチャ手際良かったんですから」

「そ、そうかな? えへへ……」


 シロンは素直に誉められる事に弱いようだ。少し世辞を言っただけで顔を赤らめてしまった。

 普段から誉められ慣れていないのだろうか。

 イオにそんな心配すら抱かせるような恥ずかしがり具合だった。


「それじゃあ、いただきま~す」


 スプーンで掬い取ったお粥に何度か息を吹き掛けて冷まし、火傷しないようにゆっくりと口に運んだ。


「うん、よく出来てる! 食感が良くて……おいしい!」

「食レポ下手過ぎませんか?」


 どんな感想が出てくるかと思いきや、なんとも可愛らしい子供みたいな反応が返ってきた。

 マイアは記者として働いているらしいので、それなりの語彙で構築された感想を言うものだと勝手に予想していたのだが。

 思わず微笑んでしまったイオとシロンをよそに、彼女はガツガツとお粥を食していったのだった。


「ごちそうさま……お皿は―――」

「あ、俺が持っていきますよ。寝ててください」


 受け取った空の皿を見てみたが米粒一つ残っていなかった。なんと行儀が良いことか。

 イオはすぐさま階段を下りて一階の台所へ向かった。そこでシロンが他の器具を洗いながら待っているはずだ。

 あまり待たせたくないので早足で向かった。


「……お、来た来た」

「もう他は洗い終わったのか?」

「うん、そこにあるから拭いてて」

「おう」


 シロンは空の食器を手に、そしてイオは濡れた鍋を手に、それぞれ作業に没頭した。

 二人が作業を始めた途端、急に静寂が周辺一体支配した。


「…………」

「…………」


 皿を洗う音と拭く音、それに合わせて行われる呼吸の音。目の前の作業に取り組みながらもついつい聞き入ってしまう音がキッチンに響いた。


 なんだか変な気分だ。

 深夜テンションとでも呼ぼうか。彼らは昼間には存在し得なかった謎の感傷的な気分を味わった。


「なあ、シロン……お前って今までどんな感じで生きてきたんだ? 嫌じゃなければさ、良かったら俺に昔話でも聞かせてくれよ。もっとお前やこの世界のことを知りたいんだ」

「いい」

「……どっちの意味?」

「話してもいいよってこと……ねえ、イオ君って兄弟とかいるの?」

「いるぞ。妹が一人いる」

「そうなんだ……ボクもいるよ」

「そうなのか? 一緒じゃん」

「……そうだね」


 シロンはどこか悲しそうな表情を見せた。

 しかしイオの視線はあいにく手元の鍋に行ってしまっている。残念ながら彼は隣の少女の表情に気付けなかった。

 鈍感なことに、中々話を始めないな、と思った彼は自分が先に語ることに決めたのだった。

 

「ホントさ、俺は妹といつもいつも喧嘩してばっかりでさ―――」

「うん……」


「親っていつも妹ばっかり誉めるから、それで俺も意地になっちゃって―――」

「うん……」


「でも互いに大人に近付いたからか、最近になってちょっと仲良くなって―――」

「うん……」


 心ここに在らず、といった感じの生返事が続く。

 もしやシロンにとって嫌な話題だったか、彼女にとって聞きたくない部類の話題だったか。そんな憂慮をすれど真相は闇の帳に隠されている。

 彼女自身がそれについて語ろうとしなければ、イオは永遠に彼女の悲哀に気付かないだろう。


 そんなこんなで、洗い物をしている間はイオが喋り倒してしまったのだった。


「シロン、疲れてんのか?」

「別に大丈夫……あれ?」


 作業を終えて二階に戻ろうとしていた時だった。

 シロンはとある異変に気付いた。


「凍ってるよ、流し台」

「は? そんな訳が……」


 イオが咄嗟に振り返り、流し台を覗き込んだ。

 そうすると、流し台に付着していたはずの水滴が全て氷塊に置き換わっていたのが分かった。

 これはおかしい。まさに緊急事態だ。魔法が使われているのかもしれない。


「嘘だろ……って、寒っ!? なんか急に冷え込んできてないか!?」

「本当だ、どんどん寒くなってる! イオ君、こっちに来て! ボクが暖めてあげるから!」

「あ、ありがとな……とりあえず二階に……」


 シロンが作り出した炎に二人で寄り添いながら階上へ向かった。

 今現在、あり得ないくらいに旅館内が冷え込んできている。緊急事態と呼ぶに相応しい状態が展開されている訳だ。


 しかし、イオたちはこのような事態に見舞われることを昨日の段階で予想すべきだった。日を追うごとに夜間の気温が低下していることはバニローでさえも気付いていたのだから。

 傾向が見えたのなら、先んじて対処すべき事態が結果として引き起こされてしまったのだ。


 それにしても、生死の彷徨を意識させるほどの寒冷に襲われるとは思ってもみなかった。

 明らかにおかしいし、自然現象の限度というものを越えている気がした。

 やはり裏には人的要因が絡んでいると思われた。


「マイアさん! いますよね!?」

「あれ、いない……?」


 部屋の扉を突き破るようにして押し開け、彼らは真っ先にマイアの安否を確認しようとしたのだが、それは叶わなかった。

 ベッドの上にいるはずの彼女が、忽然と姿を消していたのだから。


「どこに……って、窓が開いてるじゃねぇか!」

「それなら外に行ってみよう! ここにいなくてもどこかにいるはすだよ!」


 二人は凍える体をブルブルと震わせながら一階まで駆け下りて、そのまま外へ飛び出した。

 そして、外の光景を見て思わず息を呑んだ。

 彼らが玄関を出ると、そこには―――


「…………今って夏だよな?」


 街を流れる川も、遠くに見える王城も、その反対側にそびえ建つ図書館も、そして人々が住まう宿の数々も―――

 その全てが、すっぽりと氷に覆われていた。

 肌を刺すほどの冷たい雪が、アクエリアスの街並みに降り注いでいたのだった。


「これ、自然現象でも魔法でもマズイぞ……」


 突如として訪れた二つの事件。

 マイアの失踪。

 アクエリアスの雪害。


 これらを目の当たりにしたイオたちは、もちろん解決法を掴めるはずもなく、ただ無力感に襲われながら地面に膝をつくしかなかった。

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