17話 夏の風邪
滞在の三日目は図書館探訪で幕を下ろした。
そして現在、四日目の朝。
「どうですか? 寝られました?」
「……あはは~……気にしないでいいよ」
イオが昨日まで使用していたベッド。そこにマイアが苦しそうに横たわっていた。
一体どういうことなのか。
「この世界って薬局とかあるんですかね? 頭痛薬とか飲んだ方がいいと思いますよ」
「……?」
「え、薬局ってなに? ボク知らないよ」
「薬を処方する所だよ。医者に診てもらって、んで薬局に行って診断結果を見せるんだ」
「……ああ、こっちの世界では光魔法で病気を和らげるんだよ。イオ君には馴染みがないかもね。薬は魔法の調子を左右するからちょっとね……」
「イオさんは私を心配してくれたんだ……ふふっ、ありがとね」
マイアは体調が優れないとのこと。
そういうことなのでイオがベッドを空けて、一晩寝かせておいたという訳だ。そして今も、相変わらず頬を上気させて天井を見上げているのだ。
「と言うか、イオ君って木魔法を使えるんだから治してあげたらいいじゃん」
「そうだな……って、そんなことできないぞ。俺は駆け出しの魔法使いなんだし」
そのように説明しつつ、イオはバニローとの魔法の練習風景を思い出していた。確かにあの時は木魔法も土魔法を使えたのだが、それよりもレベルが高そうな風邪の治療をやれと言われると話は変わってくる。
無理に魔力を流し込めば、逆に体調を悪化させる恐れがあるのでイオは下手に動けなかった。
そもそも一ヶ月分の記憶が吹き飛んでしまっているので、今のイオには魔法使いとしての経験値が圧倒的に不足していたのであった。
「私のことは放っといていいよ。旅先で発熱なんて、記者をやってれば別に珍しいことでもないから」
どう治療しようか二人でベッドの脇で話し合っていると、マイアはベッドの上で弱々しく笑って見せた。
普段は突き抜けた明るい性格なだけに、現在の彼女の不調は一層際立っている。見ているとこちらまで胸が締め付けられるような苦しさを覚えた。
「一人で大丈夫ですか? もしアレならボクたちは部屋の外にいますけど……元々この部屋だって、ご厚意で借りさせてもらってるだけですし……」
「大丈夫大丈夫、こんなのただの仕事疲れだから」
先程は彼女を辛そうだと表したが、どれだけ苦しそうでも笑顔だけは綺麗なままだった。
そこにイオたちは不思議な魅力を感じた。
本当なら風邪の気が治るまで一緒にいてあげたいのだが、どうやら彼女は一人になりたいらしく、しきりに自分のことは放っておくようにと諭してきた。
こうなれば言うことを聞くしかない。
「……それじゃあ、街で何かおいしい食べ物でも買ってきましょうか? ボクとイオ君の二人で外に出てきますから」
「本当に一人で大丈夫ですか? いや、やっぱり辛そうだし俺は部屋に残っ……ちょ、待てよ! 俺の腕を引っ張る―――」
彼女はイオのヒョロッとした腕を掴み上げて、さっさと外に向かおうとしたのだった。マイアの様子から鑑みるに、今は一人にしてあげた方がいいと思ったのだろう。
彼女なりの気遣いがそこに見られた。
「新鮮な果物を売ってるお店があるんだって。ボクたちでそこに行こうよ」
「……そうだな」
「何? やっぱりマイアさんの事が心配なの?」
「そりゃあ、心配するだろ。ハァハァ言ってて今にも死にそうだったしさ」
「まあ、そうだよね。こういう時ってイオ君の世界ではどうやって対処するの? 薬局がなんとかって言ってたけど」
「病気を診る専門家がいるんだ。そういう人たちが患者の症状から、どんな病気に侵されてるのかを判断するんだ」
「そうなんだ。イオ君はマイアさんの病気が分かったりする?」
「いや、俺は専門家でもないから何とも……」
シロンが期待を込めた眼差しを送ってくるが、イオにはどうすることもできない。問題を解決するにはそれ相応の能力や知恵が必要なのだが、残念ながら彼は両方とも持ち合わせていないのだ。
つまるところ、見上げるほど高い壁を前にして立ち尽くすのみ。
「はあ……できることからやれってか」
「そうだよ。だからマイアさんの元気が戻るように、二人でおいしいものを買って帰ろう!」
「そうだな……って、そう言えばさ」
イオがシロンの方に顔を向けて言った。
シロンもそれに応じて顔を向き合わせた。
「お前さ、光魔法を使えるんじゃないのか? バニローっていう胡散臭いヤツが言ってたぞ」
「……そ、それは……その」
「え、何? 聞こえないぞ」
「……実は光魔法が苦手でさ、まともに操れないの」
「そ、そうなのか……俺と一緒だな……」
シロンは顔を赤らめて、そう言ったのだった。
何はともあれ、二人は流れるように街へ繰り出してから、件の果物屋がある方向へ若干の早足で向かったのだった。
マイアに元気を与えるためなら、このくらい造作もない。




