16話 静かな足音
シロンの読み聞かせが終わる頃、イオの集中力は無事に消えかけていた。
(無駄にいい声だから、聞いてるとボーッとしちまうよ……)
適当に選んだ本を適当に読んでもらって、図書館からさっさと撤収するつもりだったのだが、シロンの美声を聞いていると席を外すことも躊躇ってしまう。
ああ、普通なら寝落ちしている所だ。
そうして、首をコクリコクリと上下させていると、シロンから読み聞かせの終わりを告げられた。
「ふう……次は何を読んで欲しい?」
「いや、もういいかな」
「そう? それならマイアさんと合流しよっか」
その本を元の場所に戻してから、二人は一階へ続く階段に向かった。途中は無言を貫いていたが、本棚の森を抜けてからは我慢できずに小声で雑談した。
そして踊り場に着いてから、階下に広がる空間を何気なく見渡していると、二人の目に馴染みの姿が映った。
「おい、いたぞ」
「どこどこ? あ、ホントだ!」
マイアがいた。一階広場の端にある長椅子に鎮座して、一心不乱に何かに没頭していた。自身のふとももを支えにして、メモ帳に書き込みを行っているようだった。
その表情は真剣そのもので、いつもの陽気な態度からは想像もできない真面目さが表に出ていた。
イオたちはそんな彼女に気付かれないように、そっと静かに移動した。小さなサプライズのつもりで。
「……用事終わったの?」
「え!? あ、はい!」
(よく気付いたな)
彼らの期待とは裏腹に、声を掛けるまでもなくマイアは二人の存在に気付いたのだった。
彼女は二人の用事が終わったことを確認すると、メモ帳をパタンと閉じて胸ポケットにしまった。
どうやら、彼女の方も図書館を出る準備は既にできているらしかった。
「よいしょ……それじゃあ街に戻ろっか! お昼ご飯は何を食べたい?」
「お肉が食べたいです!」
「シロンが肉を食うなら俺も合わせようかな……」
「よし、決まり!」
シロンの肉好きは相変わらずだ。
イオが記憶を失う前も、確かに鶏肉が好きだと言っていた。
ちなみにイオに好きな食べ物は特にない。
と言うか、実は彼はいわゆる偏食家である。嫌いな食べ物や口にしたことがない物がほとんどだった。
食事にする時は何とか人に合わせられるのだが。
「…………」
「ん、マイアさん? 元気がないみたいですね、冷や汗かいてますけど。体調が悪いとか?」
「別に……」
「イオ君っ! そういうことは、そっとしといてあげるものだよ!」
「そ、そうなのか……? すまん……」
シロンが押し殺した声で咜りつけた。確かに今のイオにはデリカシーが足りなかった。
女性は男性に比べて時期による体調の変化が顕著であり、また年齢によってはストレスを受けやすいらしい。
ここはそっとしておくのが吉だろう。
まあ、その選択には「マイアが普通の女性なら」という前提条件が絡んでくるのだが。
(ダメ……かも……頭が割れちゃう……まだ、ダメなのに……耐えないと……)
マイアは力強く自分の心を押し込めた。
それから黙りこくったまま、三人で図書館の外に繰り出したのだった。
今日のアクエリアスは快晴。
イオが国に訪れてから約三日が経とうとしている頃だった。
(落ち着いて……私なら、大丈夫……)
年下の男女に気を遣わせつつ、図書館前の坂を下っていく。冴えない表情を隠そうともせず、奥歯をガチガチと鳴らしながら。
それからしばらくして、マイアは背後にいるイオとシロンに意識を向けた。
(まずい……そろそろ『来る』かも……)
なぜか彼女はその二人の片割れの体に、とてつもない親近感を感じるのだった。




