14話 積み重ね
イオ一行は仲良く図書館へやって来た。
街の中心へ向かって伸びる上り坂、その上にそびえ立つ立派な図書館だ。その建物の後方にはアクエリアスの王城が見える。
今頃はあの建物のどこかでバニローが仕事をしているのだろうか。そう思うと気分が上がった。
(いや、またこっそり抜け出して来るんじゃないだろうな……?)
ご機嫌になったのも束の間、イオの脳裏にあの陽気で底知れない笑顔が浮かんだ。
図書館訪問中に出会わないことを祈るばかりだ。
「イオ君、どうかした?」
「別に……行こうぜ」
三人で足並みを揃えつつ上り坂を制覇。そのまま休むことなく図書館までたどり着いた。三人ともかなり若いので流石の健脚だった。
そして見てみると、図書館の正面の大きな扉は開け放たれており、人が自由に出入りできるようになっていた。
そこでイオはふと疑問を呈す。
「湿気とか気になるなあ。本が悪くならないか?」
「それは魔法でどうにでもなるよ。イオ君は慣れてないかもしれないけど」
「あ、そっか! 魔法すげぇ……っ!」
改めて考えてみれば、イオは初めて有用な魔法の使い道に出会えたかもしれない。
魔法が存在しない世界で長年暮らしていた彼は、その価値観の違いから魔法を高尚なものとばかり思い込んでいた。
しかし、魔法は本来生活に強く結び付いているものなのだ。崇め奉られる対象でもなければ、主な殺戮の手段でもない。こうして生活に役立てることこそ真の魔法の使い道と言えよう。
そうして、魔法の偉大さに感嘆しつつ、図書館の大扉をくぐってみると――――
「圧巻だな……」
そこには光溢れる空間が広がっていた。
まず一番に目を引くのが、天井からぶら下がる巨大な魔法灯だ。太陽と見紛うほどのそれは、この広い図書館を隅から隅まで照らし出している。
また、石のタイルが敷き詰められた一階の大広間から二階まで吹き抜けになっていて、その二つの階層を大階段が繋いでいた。横に五、六メートルほどある長階段と、その左右に位置する螺旋階段だ。
そして、その階段の先に様々な色形の本が詰め込まれた本棚が並ぶ空間が見えた。
しかも、これはイオたちから見えている部分のみを説明している。つまり深奥まで見通すことはできないので、その広さは言うまでもなく未知数。
「一階の奥が市民の憩いの場になってて、よくお喋りしたり会議する時なんかに使われるよ」
「ボクたちの目当ては二階の奥だね。ほら、あそこに見えるでしょ? マイアさんは分かりますよね?」
「そりゃもちろん。古代遺跡なんかを取材した時は時代考証に役立ってくれたよ~」
それは良いこと聞いた。何度か訪問したことがあるなら、この図書館の案内を任せられそうだ。
イオの足は圧巻の景色を前に止まっていたが、その考えを皮切りにスッと前に出たのだった。引っ張ってくれる人がいるなら心強い、という他力本願丸出しの行動ではあったが。
「いろんな本がありそうだな……って、俺はこの世界の言葉は分からんぞ……」
「絵が描かれた本を見てたらいいと思うよ~。どうしても気になるならシロンさんに頼んでみて」
「え、頼むってどうやって?」
「読み聞かせてください、って」
「嫌ですよ。恥ずかしい」
「そ、そうですよ……第一に読み聞かせるのはボクじゃなくてもいいじゃないですか」
「ははは、私は仕事関係でちょっと目を通しておきたい資料があるからね。別行動になるから任せた!」
そう言って、笑顔で後退りをするマイア。
まさかの緊急事態だ。ここで案内の頼みの綱が切れることになるとは。これでは言葉も読めないイオが一人で放り出されることになるではないか。
いやしかし、よく考えたら命綱はもう一本あった。
この図書館に初めて訪れたという点でさっきの綱より頼りないが、それでもあるだけましと言える綱が。
イオは恐る恐るその綱の方向に首を向けた。
「……ボクは一緒にいるよ」
イオの悲しげな視線で何かを察したのか、シロンは付いてきてくれることを約束した。
彼女が冷たい人間じゃなくてよかった。
「ふう……それで見たい本ってどうやって探せばいいんだ?」
「そんなことも知らないの?」
「生憎な、こっちの世界ではな、魔法にはできない方法で見たい本を探せるんだよ」
イオは本(主に漫画)を読みたい時は、大抵はネットで検索をかける。本屋で探し回る手間を省きたいし、何より既に売り切れてしまっているというリスクを躱したい。
これは魔法には絶対できない芸当だろう。地球のハイパーテクノロジーの結晶がなせる技だ。
「へえ~、私としては興味深い話だよ。好奇心をそそられるね」
「その技術ってイオ君が考えたの?」
「いや、俺の数百倍頭が良い方が考えたんだ。俺はそれを使わせてもらってるだけだよ」
ここで現代世界のハイテクを自慢気に紹介したことが少し恥ずかしくなった。そうだ、イオは恩恵を生み出すのではなく受け取る側の人間だった。
生産性0、価値なき人間。
それはそれとして、大階段を踏み越えるとついに本棚が並ぶスペースにやってきた。近くで見てみると迫力がより増しているように思える。
それから鼻を動かしてみると、微かに本の香りが漂っているのがわかった。気分が落ち着くような植物由来の良い香りだった。
「じゃあね、イオさんとシロンさん。この辺でお別れで~す」
「イオ君の面倒はちゃんと見ておきますから、安心して行ってきてください」
「俺はそういう扱いなのね」
たかが異世界人というだけ、たかが言葉が読めないというだけで赤ちゃん扱いだ。言葉の壁とは厄介なものだ。
まあ、会話に支障がないだけで十分ありがたい。
どういう原理か知らないが、この世界では話し言葉は通じるのだ。もしそれも通じなかったら、今頃は完全に詰んでいただろう。そう考えれば、本が読めないことなんて気にするに値しない。
そんなポジティブな考えを胸に、イオたちは本の森に踏み入ったのだった。
「とりあえず、気候に関する本が見たいな」
「そういう時はね……ほら、本棚に書いてある分野の名前を見て」
「分野ね、はいはい」
「これ『科学』って書いてあるの」
「おう」
「でね、特別な気候なんかはね、こういう所にある図鑑に載ってるから」
「うん」
「それでも分からないなら、あそこに『地理』ってあるでしょ? そこに分野別に本が置かれてるから適当に探してね……あ、もちろん本は元の位置に戻してね。次に見る人が分かりやすいように」
図書館に関して無知なイオに、この丁寧な解説はありがたい。彼は生涯一度も図書館に寄ったことがなかったので、これにはかなり助けられた。
そんな無学を恥じることなく、シロンの解説を聞いたり聞かなかったりしながら、彼は本棚の隙間の奥へ進んでいった。




