9話 水臭い王様
鮮烈な魔法体験をした。
イオはこの異世界に召喚されて初めて、ようやく魔法を使用することができた。
言うまでもなく、そこから得られた喜びは大きく、これまで積み上げてきた価値観を崩されてしまうほどの鮮烈な体験だった。
「地味だけど……悪くない」
ただ一つ気になる点は、自分に適正があるのが木属性と土属性の魔法だけということ。イオはもっと派手なものを期待していたのだが、その淡い羨望は早々に裏切られてしまう形となった。
まあ、だからといって、わざわさ属性の変更を求めるようなことはしないのだが。
「いいよね、その魔法……あ、そう言えばさ、君は何か用事があったんじゃないの? わざわざ宿屋から出てきたのは理由があってのことでしょ?」
「そ、そうでした……俺、実はこの先にある温泉に行こうと思ってて。あと料亭。そろそろお別れ……ですね」
これ以上バニローに振り回されたくない思いから、それ加えて本能的に嫌な予感を感じたので、イオは恐る恐る後ずさりをして、王を刺激せずにその場を後にしようとした。
だって、この言い様だと――――
「暇だし付いていっちゃお」
「仕事があるとか言ってましたよねぇ!?」
「いいのいいの! 王様は椅子に座ってるだけで仕事になるから! 他は部下にやらせればいいの!」
ほら、こうやってすぐに興味を見せる。まるで餌を求める鯉のようだ。ちょっと水面を突くだけで必要以上に反応を返してくる。
王の威厳を微塵も感じない。と言うか、バニローは本当に王なのか。態度が軽すぎやしないか。
イオはそう訝しむが、その次の発言によって強制的に思考を中断させられたのだった。
「ついでに経費でご飯食べちゃお!」
「それはマジでやめてください。俺が出します」
なぜ所持金を制限されている俺が、こんな王に飯を奢らなければならないんだ。
イオはそんなことを頭の片隅に浮かべて、シロンから預かった財布の中身に視線をやった。
そうすると、底が見えるほどのスカスカの小銭入れの中で、ちょっとばかりの金銀銅貨が踊っているのが見えた。
――――チャリンチャリン
目の前のバニローと同じくらい軽い音がした。
◆◆◆
場所は変わって、某温泉旅館内の料亭。
「やっぱり綺麗だなぁ……っ! これこそ我が国の観光産業の誇りだよ!」
「ちゃんと変装くらいはするんですね」
バニローは曇り眼鏡と深めの帽子をかぶってから、目的の料亭へズカズカと入っていった。
いきなり人の注目を集めたらどうしようかと、勝手にヒヤヒヤしていたのだが、流石にその辺は分かってくれているらしい。
「騒ぎ立てられるのは好きじゃないんだよね」
「へえー意外ですね」
彼はどこからどう見ても女性からの黄色い歓声を浴びて輝くタイプの男だと思うのだが、本人はそれが嫌いらしい。
不思議なものだ。まあ、人は見た目によらないということか。
「……皆は俺の外側しか見てくれない。王の地位だけを見てキャーキャー言われると逆に傷付くんだ。こっちとしては内側を真摯に評価してくれる人間がいいよ。そう、君みたいなね」
「いや、俺じゃなくても部下の皆さんに頼めばいいじゃないですか。わざわざ付き合わせないでくださいよ」
「はあ……もし俺が王じゃなかったら、アイツらは見向きもしてくんないよ。王としての俺しか見えていないんだ。でも、イオ君はまだ変人としての俺しか見えてない珍しい部類の人間。そのままでいてね」
「自覚はあるんですね」
「ほら、そういうとこ! アーク以外は苦笑いして縮こまっちゃうからね!」
どうやらアークトゥルスもイオも、この剽軽男からすれば同じようなものらしい。
そこにある感情は両者ともに違うと思うのだが。
イオの場合は子供特有の物知らずな態度で、アークトゥルスの場合は……バニローが可哀想なのでこれ以上は控えておく。
「そう言えば、王様としては結構信頼されてるみたいじゃないですか。それは素直にすごいと思います」
「んー、それは鶏と卵みたいなものでね……信頼されてなかったら辞任に追い込まれるし、一定期間より長く王様をやってると自動的に評価も上がるんだ」
「そ、そうなんですね……宿屋のおじさんはこの街には王様がいるから、通り魔がやって来ても大丈夫だとか言ってました」
「ああ、その件ね。実はヤバイなって思ってたところなんだ」
「……え?」
「いやー、通り魔を追い払えるかなーって。あんまり自信ないんだ」
「いやいやいや、バニローさんは結構強いって聞いてたんですけど!? 被害者が出たらどうするんですか!?」
「でも、相手が相手だよ。期待が重すぎる」
「通り魔に何か問題でも?」
「……うん、実はこれまでの被害者は全員が前科者なんだ。君たちの国とは違ってウチは犯罪者にも一定の権利は持たせてあるからさ、ちゃんと刑期を終えるか罰金を払うかしたら社会に戻ってくるんだ。
そうして、穏やかな生活を楽しんでいた改心者たちが次々にやられちゃってる……しかも、前科者だけあってそれなりに強い魔法使いばかりだったのに……。
まあ、言っちゃえば色々複雑なんだよね」
ここでなぜかイオの頭がズキッと痛んだ。それは突発的な頭痛だったのか、それともバニローの近くに長くいたせいなのか。
とにかくイオは頭を振った。
そして、そんな様子を見たバニローが一旦話を止めて気遣ってくれたのだった。
それから数秒後、何事もなかったかのように会話は再開した。
「……それでね、とりあえず犯人に会ってみて説得しようと思うんだ。罪を裁くのは法であって君の報復ではない、まだ引き返せるぞ、って」
「それ絶対殺されるヤツです」
いつの間にか机に運ばれてきた料理をチマチマと口に運びながら、バニローはゆったりと話を続ける。
その食事の仕方は妙に整っていた。
変なところでギャップを見せてくるのが微妙に気に障ったのだった。
「まあ、悩んでも仕方ないよね。大事は座して待ち、事始まりて我が腰はようやく上がる……ってね」
「王としても人間としても最低最悪ですよ、それ」
さっと食事を済ませたバニローは、優雅に口を紙で拭いていた。それが正しいテーブルマナーなのかはさておき、その動きには気品があった。
それにしてもバニローの言うことが嘘臭いせいで、何が本当で何が嘘なのかよく分からない。
通り魔についての情報も合っているのかどうか。
まあ、何か対策は用意してあると信じるしかないだろう。イオにできることは何もないのだし。
そうだ、彼は自分の異世界生活が平穏に終わることを切に願っている。むしろ首を突っ込むことこそ何より忌避すべき事象だ。
そうして、食後の一時を楽しんでいると――――
「ん、外に誰かいますね」
「あっあー……マズいぞ」
「何がマズいんですか? ってこっちに来た!?」
ふと視線を外にやると、料亭の窓に異質な黒色の塊が浮かんでいるのが見えた。どうやら見たところ、料亭の前に黒いローブで全身を纏った長身の人物が三人ほど立っているらしかった。
彼らはイオたちの様子を確認した後に、息の合った動きで店内に侵入してきた。明らかに不審者臭い立ち振舞いだ。
しかし、バニローは魔法で応戦しようとせずに、ただ逃げることに徹しようとしたのだった。
一見すれば意味不明な行為だったが、その理由はすぐに分かった。
「おい、お前ら! 一日だけ外で遊んでくるって置き手紙しただろ!? ちょっ、店員のお姉さん! この人ヤバい人なんです! イオ君も何か言って!」
「…………」
「遊ぶと伝えたら休めると思いましたか!? あなたに心休まる日常は当分訪れませんよっ!
……あ、そこの少年よ。フォーマルハウト様が迷惑をかけたのなら、私から代わり謝罪をさせてもらう。大変すまなかった」
「いえ、そんな……特に迷惑ではなかったですよ」
「助けんぇーっ!!! んんーんっ!!!」
バニローは口を素早く塞がれてしまい、彼を抱えた黒装束たちは空へ飛び去ったのだった。
イオはその息の合った連携プレーに惚れつつも、
(……何だったんだろう)
王様も従者も大変なんだな、と思った。
そして、ふと机に視線を戻してみると、そこには先ほど頼んだ料理の代金が、それはそれは慎ましやかに置かれていたのだった。




