8話 魔法、再び
「俺の事知らないの!? なーんにも!?」
バニローは唾を飛ばしながらイオに詰め寄る。
知っていて当然と言わんばかりに、彼は事実の確認を急いだ。
しつこい。
「だから、知らないですってば!」
イオは彼の顔を両手で抑えて、必死に距離を確保しようとする。しかし、彼も負けじと再接近。
知らない男が馴れ馴れしくしてきたんだから、このような反応になるのも致し方ないはず。
それから数分後、彼は力尽きたのか一旦接近するのを止めてくれた。
「ちぇっ……せめてスピカを寄越せば良かったのに。へなちょこ報連相ジジイめ。まさか俺の事がホントに嫌いなのか……?」
「あ、あの……!」
グイグイ近付いてきたと思ったら、次は離れて独り言を呟き始めた。変な奴だ。
だからイオは、最低限の説明をしてくれないと困ると言わんばかりの悩ましげな視線と声を送った。
「はあ、じゃあ改めて自己紹介しとこうかな」
また急にやって来て、勝手に自己紹介を始めた。
次から次へと忙しく移り変わるその態度は混乱を招くから控えてもらいたいのだが、イオが声を掛ける間もなく二度目の自己紹介が執り行われた。
テンポがメチャクチャに乱されて、もう精神は疲労困憊している。
「ごほん、俺はバニロー・フォーマルハウト。この活気溢れるアクエリアス水都国を統べる、麗しく若々しい水の王さ」
「そ、それ自分で言います……?」
さっきとは打って変わって、どこか冷徹で王家の血筋を感じさせるような立ち振舞いに変化した。
しかし、それでいて語尾は上がり調子でふざけているように感じられる。
だから、イオは彼の本性が全く掴めなかった。
「ってか、王様なんですね……そんな人が俺に一体何の用ですか? もう嫌な予感しかしないんですけど」
「アークに君の面倒を見るように言われただけさ。何も怖がらなくていいよ、イオ君」
「アークって、まさか――――」
「あのジジイのあだ名ね。ちゃんと覚えとき」
「そ、その呼び方はまずいですって……もし聞かれたらとんでもないことになりますよ、きっと」
やはり王にとっては、アークトゥルスほどの偉大な魔法使いであっても、どこか小さく見えてしまうものなのだろうか。
果たしてバニローが特殊なのか、それとも王の普遍的な価値観なのか、この飄々とした態度のせいで分からなかった。
まあ、それにしても扱いが適当過ぎる気がする。
「――――で、昨日は何してたんですか。俺たち危うく野宿になるところでしたよ。助けてくれれば良かったのに」
「『極楽』での事かな? あの時は俺も宿屋の中で待ってたよ」
「え!? それじゃあ、何で声を掛けてくれなかったんですか!?」
バニローはその問いに真顔で答えた。
もし普通の人間の真顔ならば、そこから真摯な心情が連想されるのだが、この男の真顔からは胡散臭さがプンプン漂っていた。
「実は寝てたんだ。本を読んでたら気分が良くなっちゃってさ。ほら、受付の近くで寝てたイケメンに覚えがないかい?」
「あー……」
イケメンかどうかは分からなかったが、確かに顔を隠して寝ていた人物には覚えがある。
ロビーの端の方でイビキをかいてた。
「いやー、それにしても仕事を抜け出して大通りで遊ん……大通りを巡回していた甲斐があったよ。偶然にも君を見つけちゃったんだもん」
「言い直しても無駄ですよ。しかも、その言い分だと俺を一晩放置してたことになるんですがそれは」
「はははっ、気にしない気にしない! 終わり良ければ全て良しだよ! 運命は神の随意に都合よく廻るんだからさ!
だってそうでしょ、君がそ――――君が無事でいることが何よりの証明だ!」
バニローは意味不明な理論を展開し始めた。
言葉通りに推測するなら、「俺は神的に運が良いから気にすんな!」と言っている風にしか捉えられないのだが。
イオは呆れて、思わずため息を吐いた。
なぜならこのポンコツ王のせいで、色々遠回りしてしまった感が否めなかったからだ。
「はあ……何なんだよ、もう……」
「あ、そうだ。シロン君は一緒にいるよね?」
「はい、いますけど」
「よしよし、それなら俺は仕事に戻るから! 君たちの無事を祈ってるよ!」
「えぇっ!? もっと何か手助けしてくれないんですか!? 俺たち今他人の部屋を借りさせてもらってる状況なんですけど!?」
「……そう、じゃあ護身術として魔法を教えよう」
「なぜ!? ま、まあ、嬉しいですけど……ホントに何なんだ……」
イオの心は海より深きに沈んでいる。
この王様は天の邪鬼とでも言うのか、恐らくやって欲しいことは確実にやってくれないタイプの者だ。
話しているだけでも、ご覧の通り体力がごっそり持っていかれる。
「それで、自分が何の魔法使いか分かってる?」
「じ、自分は最近この世界に来たばっかりで、魔法に関しては何にも分かりません」
「あ、そう。君は木と土を操る魔法使いだったよ」
「…………」
その衝撃発言にイオの背筋は凍り付いた。
もし聞き間違いでもなければ、確かに木と土と言ったはずだ。
……是非とも聞き間違いであって欲しい。
「俺、夢だったんです。異世界に召喚されたら、まずは火と光の属性を極めることが……」
「それは君の相方ね。シロン君は火と光の魔法を操れるよ。もし適正があったら教えてもらえたのにね」
「……夢を壊さないで」
シロンに敗北した、そんな気がした。
これから彼女と話す時には、ずっとこの劣等感が付き纏うだろう。イオは、彼女の才能と自分の才能を同時に恨んだのだった。
まあ、何はともあれ、事実は事実として受け入れなければならない。目を逸らしたままでは何も変わらないんだから。
そういうことで、イオは近くの石造りの長椅子に座り込んだ。
「はあ……」
「何だい、そのため息は?」
「俺の異世界生活は花が開く前に枯れたんですよ。それを表しています」
「俺は一番素晴らしい属性だと思うけどなぁ」
「……本当ですか?」
バニローが初めて嬉しいことを言ってくれた。
その衝撃に、イオの目頭が思わず熱くなる。
「そ、そんなに凄いんですか? 何がどう素晴らしいんですか? 教えてくださいよ」
「あー、人を治せたり守ったり……そんな感じ?」
「やっぱり全然凄くないじゃないですか……」
感情のジェットコースターの最前列にて、イオは思わず悔し泣き。
バニローへの失望の意も込めて、少しだけ大袈裟に声を上げて見せた。
別に防御魔法や治癒魔法をバカにするつもりはないのだが、そんなことをするくらいなら最初から圧倒的な火力で殲滅させてくれよ。
攻撃は最大の防御と言うではないか。
「ほ、ほら……とりあえず立って。手始めに枯れた植物を生き返らせてみてよ。ついでに散乱した土も、そこの花壇に戻しちゃって」
「そんなの無理ですよぉ……」
「いいからいいから! ほら、掌を前に出して! それから神経に力を溜める感じで!」
「こ、こうですか……?」
「そうそう!」
落ち込んだイオの背中を擦りながら、バニローは魔法のレクチャーをした。
まず彼を立たせて、彼の腕を後ろから掴んで、魔法を撃つための正しい方法を教え込んで……。
熱気のある教えに流されるがまま、イオは言われた通りに手を掲げた。
そうすると――――
「……う、動いた! 本当に動きました!」
「その調子だよ!」
辺りに散乱した土が見る見る内に花壇の中に戻り、イオが魔力を注いでやった花は完全に生気を取り戻したのだった。
まるで時間が逆行しているよう。
彼は魔法の力を目の当たりにして、一度は捨てた希望を拾い直し、それを再び瞳に宿らせた。
「全部綺麗な状態に戻った! ほら、綺麗って素晴らしいでしょ? だからこそ、俺は君の魔法を素晴らしいと言ったんだよ! 分かってくれた?」
バニローは今ここでイオが成し遂げたことを、まるで自分のことのように喜んでくれて、更に屈託のない笑顔まで見せてくれたのだった。
「は、はは……あははっ! 魔法って凄いんですね!」
イオは初めて自信を持てた。冴えない自分の一部を心の底から愛せるようになった。
ここから彼は、自分の木・土属性の魔法を誇りに思うようになった。




