7話 青い王の器
華々しい異世界生活もついに二日目がやって来た。
本来なら強制イベントやヒロインとの熱いワンシーンがあってもいいと思うのだが――――
「はあ……暇だなぁ……」
肝心の召喚者は時間を持て余していた。
それもそのはずで、一時の同居人であるシロンとマイアが何もしようとしないのだ。
アクションがないし、パッションもない。
そう、例えばシロンの場合は――――
「おーい、起きろ」
「……眠い」
顔に手を当ててベッドの中に蹲っていた。
声を掛けるだけに止まらず、イオがベッドから飛び起きてわざわざ耳元で大声を出してやっても、そのふてぶてしい態度は変わらないまま。
どうやら朝が苦手な体質らしく、瞼を完全に閉じ切っていた。それをいいことに近くで彼女の顔を凝視したのだが、それでも起きやがらない。
そして、マイアの場合は――――
「どっか行きません?」
「……ごめん、仕事」
昨日とは打って変わって、真面目な仕事人に豹変していた。背筋をピンと伸ばして机に張り付き、羽ペンを流水の如く滑らかに動かしている。
イオは彼女が夜通し机に向かっていたことを知っている。だから、せめてベッドに寝かせるか、気分転換の散歩にでも連れて行こうと思ったのだが、マイアは石のように動かない。
仕事だ、と言って聞いてくれない。
そう言われると、どうにも外出の誘いをしづらいのだが。
そういうことなので、イオは結局全てを諦めて体をベッドに投げ出した。
ボーッと天井の木目に視線を沿わせた。
「両手に花かと思ったが……寂しい」
この部屋でやることは特にない。話すこともそれ以外もできないので、仕方なく一人で外出することにした。着替えと少しの金を持って。
「マイアさん、部屋の鍵ください」
「どうぞ」
仕事詰めの彼女から鍵を受け取った後、イオは首を鳴らしながら大きなあくびを一つした。
それから冷たい鉄のドアノブを回し、外の世界に踏み出したのだった。空気圧の差か、扉を開けた途端に風がビュウと吹き込んできたので、彼はいそいそと扉を閉めたのだった。
シロンやマイアの邪魔をしたくない一心で。
彼らがいるのは二階の一番奥の部屋なので、外に行くまでには宿屋の中で一番時間がかかる。
だから、手持ち無沙汰でブラブラと外へ向かった。
その中で一つだけ気になることがあったが。
(本当なら俺たちはどこの部屋に泊まる予定だったんだ? 二部屋分確保してたらしいが)
ふと耳を澄ませてみると、あら不思議。そこら中から生活音が聞こえてくるではないか。
本来は聞けない音がなぜか聞こえてしまう怪奇現象に身を震わせるイオだった。
あまりの仰天具合に元の部屋探しを忘れるくらいだった。
(防音できてないのか……? いや、そんな訳ないよな……)
しかし、今は原因が分からない上に努めて何かを考える気分でもない。
だから、そのまま彼は一階まで下りて受付があるスペースに来た。受付のおじさんは相変わらずそこにいた。
「お、どこかへ遊びに行くのかい? いやー、昨日は部屋を用意してやれなくてすまなかったね!」
「ああ、全然大丈夫ですよ。女の人が部屋に入れてくれたんで……ははは」
気さくに声をかけてきたので、とりあえず爽やかに返事をした……つもり。もしかしたら声が小さかったかもしれない。ちゃんと聞こえただろうか。
それは置いといて、おじさんは朝から変わらない仕事振りを発揮していた。鍵棚を背にずっと立ち仕事を続けている姿は、就労経験が浅いイオであっても尊敬の念を抱かずにはいられないほどだった。
そして、受付の周囲に屯している人がいるのも昨日と同じだ。
みんなが飲み物を飲んだり、新聞に目を通したり、思い思いの朝を過ごしている。
「今から温泉に行ってみようと思うんですけど、近くにおいしいご飯を食べられる店とかありません?」
「おお、そうか。それなら温泉宿の中に料亭があるから、そこへ行くといいぞ。入ったらすぐの場所にあるからな」
「へえ~、ありがとうございます……あとそれと」
イオはおじさんに顔を寄せて、皆に聞かれないくらいの小さな声で話を続けた。
「新聞を見たんですけど……大丈夫なんですか?」
彼が言いたいのは、数週間前から被害が続出している例の通り魔事件のことだろう。
恐ろしいことに、被害が出た地域にピンを刺していくとそれが綺麗な直線を描く。
次の被害が出る場所は予測できるにも関わらず、相も変わらず被害を抑えられずにいる。
そして、その直線は伸び続けている。
しかも、最近になってその直線が九十度近く折れ曲がるという珍事が発生した。
犯人が目指す先は、この宿場町に変更されてしまったという訳。
しかし、おじさんはそれを聞いても表情を暗くせず、むしろ明るく笑い飛ばした。
「はっはっは、心配無用よ! だってな――――」
せっかく声を小さくしていたのに、その豪快に笑い声でロビーの皆がこちらを振り向いた。
「この宿場町には、何て言ったってあの最強の水魔法使いがいるんだからな!」
「え? さ、最強……?」
「ああ! 通り魔だか何だか知らないが、ぶつかり合えばどちらが上かはっきりするってもんよ! なあ、そうだろ!?」
そう言って、おじさんがロビーに声を轟かせると、多くの客が納得の表情で頷いてた。
どうやら通り魔に関して心配ないらしい。
この皆の態度で明らかになったのだった。
「……少し安心しました」
「はっはっは! お前さんがどこかで襲われても、必ずその方が助けに来てくれるはずだ。心配はいらないよ」
そうして適当に情報交換を済ませてから、イオは宿屋の外へ赴いた。
傾いた朝日が飛び込んできて目の奥を焼きそうになるが、彼は咄嗟に腕で目を覆いそれを防いだ。
宿屋前の通りはこの街の中でも特に人通りが多い場所で、様々な人の足音や話し声が行き交っている。
イオにとっては少しキツい雰囲気。
「人に酔いそうだ……路地裏へ避難しなきゃ」
そんな訳で表通りから外れた裏路地に来たのだが、残念ながらそこにも確かに人はいた。当然と言えば当然だが。
しかし、その様子も数も表路地とは全く異なっていることに気付かされた。
(うわっ、両極端過ぎるだろ……)
ボロボロの衣を纏った痩せこけた老人が身を縮こまらせて居眠りをしていたり、朝から酒をガブガブ飲んで嫌な臭いを発する人がいたり、それはそれは酷い様相だった。おおよそ美しき観光都市の一側面とは思えない。
入ったは良いものの表に引き返すのも億劫だったので、イオは結局そのまま足早に通り抜けた。
歩みを進めること数分後、人がいない空間に辿り着いた。建物と建物の間に造られた三叉路だ。
中心は土壌が剥き出しになっており、小さい木や花が植えてあった。
「……一輪だけ枯れてるな」
イオの目を引いたのは、なぜか一輪だけ元気を失っている花の姿。
他の皆は綺麗に咲き誇っているのに、そいつだけは弱々しく下を向いていた。
何だか可哀想に見えた。
「…………」
だから、彼は無意識の内に花にそっと手を伸ばして、その茎の部分を指で挟んでいた。
忘れたはずの木魔法を使おうとして――――
「そのままにしてあげな。枯れて死ぬのが生き物の運命なんだからさ」
「っ! 誰だ!?」
何者かに声を掛けられた。通り魔騒動のこともあってイオは気が立っていたので、つい大きな声を出してしまった。
勢い良く飛び退いて素早く後ろを見ると、そこには紺色の髪の若い男性が立っていた。
両腕を胸の前で偉そうに組んでおり、その整った顔には穏やかな笑顔を浮かべていた。
どこか余裕に溢れた悠然たる態度だ。
「探したよ、イオ君。いや、もう危ないところだった。アークにどやされるところだったよ」
(アーク……? アークトゥルスさんのことか?)
鮮やかな紺の髪を揺らし、静かに笑って見せた。
この時点でただ者ではないことは分かるのだが、それ以外は全く不明。顔は見たことないし、アークトゥルスと親しい仲なのかも分からない。
少なくともイオは、事前に知らされていない存在だと思った。
「情報不足でごめんね。名前を言えば流石に分かるかな?」
「……さ、さあ?」
イオは固唾を飲んで、その男が次に発するであろう言葉に意識を向けた。
まあ、知っている名前の総数はたかが知れているので、「ああ、あなただったんですね!」となる未来は想像できなかったが。
「ごほん、では改めまして! 俺の名前はフォーマルハウト! バニロー・フォーマルハウトだ!」
「いや、誰ですか。知りませんよ」
「あれっ!?」
その男――――バニローは素っ頓狂な声を上げて、その場にずっこけたのだった。
イオはそれを冷めた眼差しで突き刺した。




