41話 帰還
ベッドに横たわっている少年がいる。
彼の名前は新田五百。
ある日突然異世界に召喚されて、そこで仲間たちとのんびり異世界生活を……したかったのだが、不運にも事件に巻き込まれ、その末に記憶を失ってしまった。
しかし、彼に一ヶ月間の出来事をそのまま話せば、間違いなく記憶が混乱してしまうと予想されたので、管理局の責任者であるアークトゥルスは真実を隠した。
イオの記憶喪失は、あえて放置された。
と言うことで、今は療養室にシロンが見舞いに来ていた。
もちろんイオにとっては知らない女だ。
「あー、つまり……俺はここに召還された時に意識を失って、そのまま寝たきりだったと」
「そういうこと……らしいね」
「そっかぁ。それで、俺はすぐに帰れるのかな? あんまり長居はしたくないんだけど」
「も、もう準備はできてるよ……残念だな」
「なんか言った?」
「いやいや! 何でもない!」
漏らした言葉の通り、シロンはイオと離れ離れになることが残念で仕方なかった。
なぜなら彼は敗北の記憶と共に、一ヶ月間の共同生活の記憶まで失くしてしまったからだ。
もうあの時のイオはこの世界に存在しない。
時を遡ること、数時間前。局長室にて。
シロンはアークトゥルスに直談判していた。
『いや、おかしくないですか!?』
『……言いたいことは分からんでもない』
『そうですよ! だって、イオ君は『不死』の力で脳も修復できるはずなんですよ!? それなのに一向に記憶が戻らないのはおかしいです!』
ちなみにだが、一連の騒動の原因はブラキウムだと公表された。シロンもその事実は確認済みである。
『イオ君がブラキウム君と接触したんじゃ。その時の彼は激痛を伴っておる様子で、恐らくじゃが……イオ君は無意識の内に記憶を治すことを躊躇っておるのかもしれん。原因は彼にあると考えるのが妥当じゃ』
『え、それじゃあ……』
『彼が事件のトラウマを払拭することでしか、記憶を元に戻せんじゃろう。治療は困難を極める』
このように結論付けられた訳だが、イオをこれ以上危険な領域に置いておくのも気が進まないので、結局彼を元の世界に戻すことになった。
これは管理局の総意だ。シロンも納得した。
彼の記憶喪失の症状は、異世界の記憶を封印するのに、都合良く利用されたのだった。
そして、現在に至る。
召喚装置前にて――――
「あの、見送り多過ぎません? この世界だとこれが普通なんですか? 落ち着かないなぁ……」
「野次馬の類いじゃ、気にするでない」
イオが帰還するにあたって、シロンを筆頭に彼と関わりのあった職員たちが一挙に駆け付けた。
もちろん彼からしたら意味不明。
しきりに目を丸くして、色とりどりの髪と瞳を持った異世界人を観察していた。
餞別の時間がやって来た。
イオは、シロンたちから訳の分からない言葉を浴びせられることになった。
「あっちの世界でも元気でね、イオ君」
「あ、あぁ…………?」
「いやァ、君の力には驚かされたよ」
(何かしたっけ……寝てただけだぞ……)
「アタシからの餞は……特に思い付かない! まあ、向こうでは大人しくしてろよ! じゃあな!」
「ははは……」
「君の息災を願っている。それでは、さらばだ」
「……あの、やっぱりおかしいですよね? 俺が寝てる間に何が……ちょっ、押さないで! 押すな!」
謎の信頼度の高さを怪しんだが、そんなことを気にする暇もなく、召還装置の前へ追い詰められた。
いよいよ帰還といった感じだ。
「では、その扉を開けたまえ。中でじっとしておれば、無事に向こう側に戻れるはずじゃ」
「了解です……あの、ありがとうございます。こんなに丁寧に見送ってもらって。俺なんて気絶してただけなのに」
「…………一つだけ質問をしても良いか?」
「いいですけど」
「元の世界では、一体どんな風に過ごしておったんじゃ? 儂は少し気になった」
「め、面接みたいな質問ですね……んー、特に話すことがないくらい平凡な人間でしたね。答えになってない答えで返してしまってすみません。ははは……」
「問題を頻繁に起こすとか、昔から正義感が強いとか、面倒事に巻き込まれてばかりとか――――」
「ないですないです! そんなことないですよ! 本当に平凡でしたから! 俺って、そんな風に見えるんですか?」
「……いや、ただの質問じゃ」
アークトゥルスは罪悪感に支配された。
平凡な少年を、あんな目に遭わせてしまったことを深く反省した。
管理局の責任者として、あの場に居合わせていながら、それでもイオを守れなかったことを悲しんだ。
また、一人の人間として、彼に対して申し訳なく思ったのだった。
そんな落ち込む局長を尻目に、イオは召喚装置に入ろうとした。
最後にシロンと話すことになった。
「またね、イオ君」
「おう……それで、君の名前って何だったっけ?」
「……シロンだよ」
「そっか。じゃあな、シロン。よく分かんないけど、お前はこの世界で頑張ってな」
「う、うん……」
知らない少女だったが、イオは何となく彼女のことが親身に思えた。
そんな彼女に形だけの別れの言葉を送ったのだった。
そして、イオは召喚装置の格子状の扉に手を掛けて、その内部に足を踏み入れようとした。
その瞬間――――
「っ! イオ君、危ないっ!」
「な――――」
なんと、召還装置が木っ端微塵に吹き飛んだ。
原因は分からないが、イオが中に入ろうとした瞬間に、轟音を上げて爆弾のようにバラバラになった。
しかし、爆発の直前に何らかの魔力を察知したシロンの功績により、イオは爆発から逃れられた。
それでも、周囲にいた人間は金属片の雨を浴びることになったが。
カナンは一瞬で召喚装置の破片を焼き尽くし、スピカとアークトゥルスを守ったのだった。
異世界生活、一ヶ月目。
イオの帰還は困難になった。
これで第一章の本編は終わりです
一話分のIF√を挟んでから第二章へ突入します




