4話 腹が減っては
二人が商店街へ向かう道中。
「獣人とかは普通にいるんだな」
「あ、ジュウジンって呼び方は嫌われてるから気を付けてね」
「そ、そうなのか……ごめん」
「謝らなくてもいいよ。まだこっちに来たばかりなんだし」
「ははっ、いろいろ覚えないとだな……1ヶ月だっけ」
そうやって話題に出しのは、イオの異世界滞在期間のことだ。異世界にやって来る原因となった転移装置は、どうやらシロンによると、1ヶ月経たなければ再使用することはできないらしい。
早急に帰宅できるなら実現させたい、というイオの願望とは相反するものだ。
だがしかし、これは焦っても変わることのない事実。この際、郷に入っては郷に従おう。規則や生活形式を身に付ける他にない。
というか―――
「俺は1ヶ月間どこで寝泊まりすればいいんだ? まさか呼んでおいて放置とかは……ないですよね?」
「あーどうなんだろ。ボクは分かんないなー」
「マジかよ!? 俺この年でホームレスやんのかよっ!?」
「あははっ、冗談だよ冗談。管理局で君の身柄は保護させてもらうよ。もっとも対価は求めるけどね」
シロンはにやりと微笑んだ。それは年不相応に妙にいやらしく見える。
しかし、イオは対価という言葉を聞いてゾッとした。
「た、対価!? 俺は何にも持ってないんだけど……ははーん、さては異世界転移で宿ったチートの能力で、モンスターを狩り尽くしてください、みたいな感じか? それが対価か?」
「チートが何なのかは分からないけど……単純に働いてください、ってこと。ボクたちと管理局の中で、1ヶ月間ね」
ホームレスになる1ヶ月を回避した彼に告げられたのは、ブラック企業も驚きの未成年に対する労働搾取発言だ。
イオはまだ生まれて20年も経ってない。それに. 今の語り草だと、彼と同じくらいの年のシロンは管理局で働いていることになる。……かなり狂ってる異世界をくじで引いてしまったようだ。
「でも生きるためだから仕方ないよな」
「ふふっ、諦めが早くていいね……あ、着いたよ。ここがリブラ第一都市の商店街ね」
「おい! 今、諦めって言ったよなぁ!? 俺は何させられるんだよぉ!?」
イオの怒りを置き去りにして、彼の視線を奪ったのは、夕闇に浮かぶライトアップされた店の数々だ。見知らぬ雑貨を売る店や、食欲を刺激する匂いを放つ肉料理店。
他にも目を引かれる複数の屋台がランタンで照らされ明るい橙色のオーラをまとっていた。元の世界の夏祭りに近い雰囲気だ。
「お腹減ってるんでしょ? 足フラフラだし。召喚祝いで何か奢ってあげる」
「ありがたいけど……悪いよ」
「……変なとこで律儀なんだね」
それまで、イオとシロンは並んで歩いていたのだが、シロンが大きく息を吸った後に、一歩前に進み出て言った。
「人の気遣いは素直に受け取ること。ボクは見返りが欲しくて言ったわけじゃないから」
「……そうだよな。いや、お前も俺と同じで、お金をあんまり持ってないんじゃないかなって思ってさ。
俺はお前に頼っていいのか? まだこっちに来たばかりで、誰がどんな気持ちで寄ってくるかとか、正直全然分かんなくてさ……心配なんだ」
「頼るのは大歓迎。甘やかさないけどね。少なくとも、管理局は君に善意で接するよ。あんまり怖がらないでね」
そう言ってシロンは可愛らしく首を傾げた。かわいいは正義だとイオが確信した瞬間だった。
それまで頭の中にあった不安が全て吹き飛んだ気がした。救われた気がした。
「じゃあ食いに行くか……お前の奢りで」
「ここだけ聞くと最低の発言だね。まあ、いいや。たくさん食べて、元気に働いてね!」
「え、さっき見返りは何とかって……」
「あ! あっちに焼き鳥の屋台があるよ! ボク、鶏の解体を見るの好きなんだ!」
「ちょっ、いきなり引っ張んなよ!」
「君は鶏肉いける?」
「食うならいけるけど、解体は絶対見ないからなぁ!?」
小さなやりとりを積み重ねる内に、気付いたら空は黒く塗られてしまっていた。商店街の喧騒も、少しずつ落ち着きを見せていた。
手を引き、引かれて、夕闇をひた走る二人。
彼らの物語はどのように転がり、どのような形に収まるのか。
少なくとも彼ら自身はまだ―――
「いくらなんでも食べ過ぎだよ! 遠慮ってもの知らないの!?」
「この料理が旨いのが悪いんだろ!」
「あ、それは一理ある……」
まだ平和なまま、この物語を続けられる。