38話 最後の最後で
あと数話です
イオたちが局長室に匿われた日から、ブラキウムは目立つ行動を露骨に避けるようになった。
厳戒態勢を採り続けた甲斐があったものだ。
特に問題が起こることもなく、イオの異世界生活の日々は過ぎ去って行った。
召喚されてから、実に三週間と数日が経過した。
「召還装置の具合はどうだ?」
その日の仕事が終わって、いつものように局長室に戻って来たのは、焦げ茶色の髪に翡翠色の瞳を持つ地球人の少年・イオだ。
「良い感じだって、メルガさんが言ってたよ」
彼の問いに答えたのは、金色の髪に紅色の瞳を持つ太陽のような美少女・シロンだ。
今日も変わらず美しい。
ちなみにメルガというのは、召喚装置の管理を担当する『金星』の名を冠する女性のことだ。
ドロフと同じくらいの変わり者だが、世間への露出が極端に少ないので、その生態はあまり知られていない。
局員であっても、彼女と会話をしたことがあるのはたったの数名のみ。
「イオ君も、いつかは元の世界に帰るんだよねェ……とても寂しいし悲しいよ。でも、喜ばしいことでもあるね」
袖口から包帯をヒラヒラと揺らして見せながら、カナンは一足早い餞別の言葉を述べた。
広くも狭くもない局長室に、大人二人と子供二人が詰めていた。
その四人で楽しく談笑をしていた。
「あと少しでボクたちは離れ離れになるんだよね……泣いちゃいそう……」
「ちょっ、急に暗い雰囲気持ってくるなよ。それに、俺がいなくなってたとしても、管理局は俺が来る前に戻るだけだろ? 何も変わんないって」
「その通りじゃ。君がいなくとも管理局は問題なく動き続けるぞ」
「じ、自分で言っといて何なんですけど、そこまで言わなくても……」
辛辣な文句を冗談混じりに放ったのは、リブラ魔法管理局の最高責任者であるアークトゥルスだ。
彼の言葉は心に突き刺さるが見事に的を射ている。
なにせイオは、この一ヶ月間で雑用しかやらなかった上に、限られた人間としか交流を持たなかった。
端的に言えば、影が薄かった。
イオは例の事件の原因であるが、被害は今のところ出ていないし、この調子だと職員たちにはすぐに忘れ去られることになるだろう。
「――――でも、やっと帰れるのかぁ……」
「ははは……そんなにこの世界が嫌だったかね?」
「あ、いえいえ、結構楽しかったですよ。でもやっぱり、自分が慣れ親しんだ世界の方が居心地がいいなーって。きっと何年か住んでみたら、この世界も気に入ると思いますよ」
この世界の食事はおいしかった。
空気も綺麗で澄み渡っていた。
ベッドは……イオは不眠体質になってから一睡もできなかったので、その良し悪しは分からなかった。
まあ、総合的に判断すれば楽しい生活だった。
この世界を気に入りかけた、と言うのはイオの正直な感想だった。
それに――――
「……ん? 何でこっち見てるの? 変なの」
目の前に佇むシロンに視線を落とす。
コイツと会話していると不思議と楽しくなったな、などとイオは懐かしむように感慨に浸った。
実際は、そこまで昔を懐かしむほどの長い付き合いでもなかったが。
何はともあれ、これで平和に幕を下ろせそうだ、とイオは心の中で呟いた。
あと、実はアークトゥルスと約束をしたのだ。
俺が元の世界に帰ったら代わりにシロンを守ってください、と。
それから、偶然にもブラキウムの管理局本部への異動が決定したのだ。
彼女は配属された日から勤勉に働き続けていたので、その勤続期間も加味した結果、本部への栄転が報酬として支払われた。
諜報員がリブラの深層へ食い込むのは良くないのだが、ブラキウムをシロンから遠ざけられるということで、イオはこれを嬉しい誤算としておいた。
アークトゥルスには心の中で謝っておいた。
「そうだ、スピカさんにお礼を言わないと……」
イオは独り言のようにそう言った。
そんな、ある日の夕方。
異変が起きた。
全てうまくいくと思い、油断していた頃だった。
アークトゥルスが最初に異変に気付いた。
「む……?」
突如として、管理局全体が地震に見舞われたかのように、大きくグラグラと揺れ始めたのだ。
誰でも分かるほどの異常な揺れだった。
そして――――
「いかんっ! 外へ避難するんじゃ!」
真っ黒な濃い靄が、轟音と共に管理局を包み込んだのだった。
ドス黒い魔法の束が、扉から窓からあちらこちらから一斉に侵入してきた。
全員が視界を奪われた。
「カナン君っ! 光魔法使いを先頭にして、局員全員を素早く外へ逃がし、正面玄関前に集合させるんじゃ!」
「は、はいッ!」
「――――大丈夫ですか、先生!」
「スピカ君か、来るのが早かったな……君は他の職員を導いてやりなさい! イオ君とシロン君は儂が連れて行く!」
「分かりました!」
「あ、アークトゥルスさん……俺はどう――――」
「案ずるな。冷静に対処すれば大丈夫じゃ」
多くの魔法使いがひしめくリブラ魔法管理局。
それは、一瞬にして、とある女によって陥落した。




