36話 第二の唯一
イオは追加の雑用を終え、管理局中央部の吹き抜けのロビーに向かっていた。
ちなみにシロンは別行動をしている。どうやらスコルピイと在庫の確認を行っているとのこと。
近くの孤児院への寄付がどうだとか言ってた。
ここでイオがシロンに付いていくのは怪しいし、何より迷惑になると思ったので、先にロビーで待っている次第である。
二人用のソファを一人で独占しているところ。
「……待てと言われても暇なんだが」
もしここが元の世界なら、間違いなく携帯を開いて時間を潰すところ。
ちなみにだが、この世界にスマホなどは持ち込んでいない。召喚される前は手ぶらだった。
それもそのはずで、例の鳥籠みたいな装置は、実はイオの自宅の近くの散歩道からちょっと外れた所で見つけたのだ。
だから、所持品などはほぼなし。
「こうなったら……秘技・手のシワ数え」
本当に暇な時はいつもこれをやる。指の間に視線を通してシワを数えまくるのだ。右手からやって、それが終わったら左手も。
この遊びで、自分の知らない怪我や産毛が見つかることがしばしば。
そんな下らないことをしていると――――
「な、何をやってるのかな……?」
視界の外から声を掛けられた。
妖艶でついつい聞き入るこの声の主は、間違いなくイオの悩みの種である。
ゆっくりと視線を上げ、その顔を確認した。
「……どうも、ブラキウムさん。何をしに来たんですか? まさか改心し――――」
「シロンに喋ったよね? どういうつもり?」
「……っ」
何故だ、とイオは心の中で叫んだ。
一番嫌なことが、こんなにも早く起こるとは思わなかった。シロンと情報を共有したことが、なぜかバレてしまったのだった。
彼は焦りを隠せなかった。
「油断してたでしょ、私の能力は一つだけだと思い込んで。残念だったね」
「クソが……」
イオはブラキウムに暴言を言った訳ではない。安易に被害者を増やしたしまった自分に憤怒したのだ。
そして、同じくらい後悔した。
やはりシロンに喋るべきではなかったのだ。
厄介なことに守る対象が二人に増えてしまった。
二人と言うのは、自分とシロンのこと。案内役と魔法の指南役を務めてくれた少女のことだった。
しかも、彼女はイオと違って『不死』でも何でもない。ただの人間である。一度ブラキウムに狙われたら、自分の身とシロンを守り抜くのは至難だろう。
「ドロフの捜査から逃れた方法は教えたけど、ゲミンガの捜査から逃れた方法は教えてないはずだよ……違うかな?」
(その通りだ……俺の詰めが甘かった……)
今回の事件で、ブラキウムは二重の捜査網を掻い潜って見せた。
一つ目は匂いによる捜査。襲撃時の闇魔法の匂いを少しも残さなかった。
二つ目は動きによる捜査。全てを見通すというゲミンガの『目』によれば、事件当日に怪しい動きをしていた者はいなかったそうだ。
つまり、何らかの方法で襲撃と普段の活動を両立させたということだ。
よく考えれば明らかにおかしい。
「ほんの少しだけ、能力を見せてあげようかな」
ブラキウムは片手を掲げ、ロビーに向かって振り払うようなジェスチャーをした。
その時、イオは何か危険なことが起こるのではないかと身を屈めたが、そんなことはなかった。
その代わりに、もっとおかしなことが起きた。
彼女は能力を発動した後、何気なくイオの隣に腰を落ち着けた。二人用のソファに二人で腰を掛けることになった。
「……えっ? な、何が起きてるんですか?」
「分かるでしょ」
いくら耳を澄ませても、ロビーの音が全く聞こえなかった。イオは何らかの方法で聴力を奪われてしまったのだった。
これは明らかに魔法体系から外れた術だ。
どんな属性の魔法を駆使しようが、こんな超常現象を起こせるはずがない。
だから、トリックを知るためにイオは脳味噌をフル回転させた。
「気分が悪くなったら教えてね。音が聞こえないと頭がおかしくなっちゃうでしょ?」
「…………無知を承知で言っていいですか?」
「どうぞ、ご自由に」
「精霊……って世界に五体しかいないんですよね? スピカさんが『足』を宿してて、ゲミンガさんが『目』を宿してる。あのですね……普通はリブラに三体もいるなんて思わないですよ! おかしいでしょ!?」
「せいか~い」
イオは思わずソファから立ち上がり、ブラキウムに真っ正面から向き合った。
そして、身に被った理不尽さを嘆くように、自分の推測を述べたのだった。
「『足』と『目』に続いて、音を操るってことは『耳』の精霊の登場ですか!? ズルいですよ! こっちは召喚されたばっかりで、精霊なんて本でちょろっと読んだくらいなのに!」
「ズルいなんて言葉は心外だね。このくらいは事前に予想しておこうよ。イオ君は察しが良いんだからさ」
「いや、普通にズルい! 分かる訳ないです!」
「ズルくないってば」
「卑怯者!」
「え、酷いよ……もう何も聞こえなーい」
イオはブラキウムを問い詰めた。眼球を剥き出しにして睨み付けた。
しかし、彼女はプイッと視線を逸らして、両手で耳を塞いで何も聞こえないフリをして見せた。
茶化す彼女を罵る中で、イオは「ふざけんな」と内心思ったのだった。




