34話 読み聞かせ
検索しやすいようにタイトルに略称「アロスタ」を付け加えました
追記:見映えが悪いので消しました
その昔、とある伝記によると――――
まず空から悪魔がやって来て、魔術の源泉となる七つの石と、精霊術の源泉となる五体の精霊を、崇高な志を持った若者に配ったと書いてある。
ある人は宣誓に忠実に治世に尽くしたが、またある人は宣誓に背いて欲望の限りを尽くしたとされてる。
それを悪魔が見て、静かに楽しんでいたとさ。
全く恐ろしい話だ。
それ以前は魔術も精霊術も存在しない、ごく普通の世界だったのに。
「この星が生まれた時から、ずっと魔法アリの御伽話的な世界観じゃなかったんだな」
「うん、約千年前に悪魔がやってきて世界が変わったって。ボクはそう教わったかな」
「……当たり前だけど、お前にも親がいるんだよな。読み聞かせとかしてくれたのか? 実家には帰ってるか?」
「あ、これを教えてくれたのは地元の先生で……ボクの親は……その……」
(しまった)
口は災いの元とはよく言ったものだ。
イオは人よりバカなので、人より多くのものを言う。だから、小さい頃から人の地雷を踏み抜くことは多々あった。
それなので、他人の感情に人一倍敏感だった。
イオの感情センサーによれば、その瞬間だけは空気が鉛のように重たく感じられた。
「あ、あー……ありがとな」
「いきなりどうしたの?」
「いや、読み聞かせてくれてありがとな」
「……どういたしまして」
シロンの目に映ったのが、悲しみではなく憤りや焦りに見えたのはイオの気のせいだろうか。
とにかく、重苦しい雰囲気を塗り替えるために、今度はシロンの方が話題を変えに行ったのだった。
「そ、そう言えばさ、犯人は分かったの?」
「いやー、どうだろうな」
「とぼけないでよ。図書館に来たのには理由があって、それが犯人と関係してるんでしょ?」
「うぐっ……」
「ほら図星じゃん。ずばり誰なの?」
話題の切り返しを利用して、シロンは訝しげな視線をイオに向けた。
追い詰められた彼はたじたじだ。逃げ場を失くしてしまっている。
しかし、言いくるめられてばかりのイオではない。
「――――言えない」
「どうして? ボクは君より魔法が得意だからさ、きっと力になれると思うよ」
「いや、これは俺の問題だから……お前を巻き込みたくないんだ」
「……はあ」
イオは意地を張った。
人間は、勇気や思い遣りという言葉に弱い生き物だ。善性の盾を構えられると、それ以上は近付こうとしなくなる生き物なのだ。
だから「これは君のためなんだ」と言われた日には、もう手の施しようがなくなってしまう。
シロンはため息をついて呆れた。
今まさにそのような状態に陥っているからだ。
イオの言い訳は成功したかと思われたが、シロンもこれに負けじと対抗する。
「あのさ、せっかくだから人に頼ろうよ」
「だから……お前を巻き込みたくな――――」
「それはイオ君が勝手に壁を作ってるだけ。確かにボクが関わったら、君だけじゃなくてボクも傷付くかもしれないよ。でも、ボクはそれでも良いと思ってるし、何より二人でやったらすぐに問題が片付くかもしれないでしょ?」
「全部空想じゃねぇか……大体、成功する確率はそんなに高くねーよ。それを考慮したら、俺一人が当たって砕けるのが丁度良い塩梅だ。リスクとリターンを考えろよな」
「またそうやって『不死』を道具みたいに……いくら治るからって無理はダメ……って、これ以上言っても無駄だよね」
シロンはとても優しいんだな、と思った。
もちろん、頼る人間は一人でも二人でも欲しい。
だが、迷惑を被るのは周囲の人間だ。イオはいくら傷付こうが関係ないし、連れ去られたらそれまでだが、他人を同じ目に巻き込むのは気が引ける。
それなら一人でやった方が都合が良いし安心だ。
それに、あくまでもブラキウムは犯罪者。
もしアークトゥルスに彼女が犯人であるとバレたら、罰せられるのは確実。
イオとしては、彼女をどこか遠くへ逃がしてやりたいのが本望。だから、気軽に他人の協力を仰ぐべきではないと思った。
漏洩でもしたら大変だからだ。
そうやって、彼が思い悩んでいた時――――
「もしかして犯人ってブラキウムさん?」
「っ……な、何で分かったんだよ……」
「バレバレだよ」
シロンが予想外の一手を示してきた。
まさかの犯人バレ。
「嘘だろぉ……っ、巻き込みたくないってのに……」
「お、落ち着いてよ。ほら、朝食の時を思い出して」
「…………まあ、そっか。そうだよな。俺がわざわざ同じ机まで行ったもんな。変だったよな」
「うん。イオ君があんな社交的なことする訳ないじゃん」
不覚だった。
一般職員からしたら、イオの食事相手など誰であっても気にならないだろう。
なぜなら、彼らはイオのことをほとんど知らないからだ。むしろ視線が行くのはブラキウムの方だ。
誰もイオを見ちゃいない。
恐らくだが、朝の一幕はスキンシップか何かとして見られていたのだろう。
それと比べ、シロンは違った。
彼女は毎朝当然のようにイオと会話をして、当然のように一緒に食事をする。
しかし、今日はそれがなかった。
怪しく思われて当然だった。
「ずっと考えてたのか?」
「いや、今なんとなく考えてみた。でも、ボクは信じられないなぁ。何か根拠はあるの?」
「本人から言質を取った」
「え、すごい……」
ブラキウムは、表面上は優秀な魔法使いであり、礼儀を弁えた善良な局員だ。
もし彼女が犯人だと分かったら、誰もが耳を疑うだろう。それはあり得ない、と。
そもそも、ドロフの捜査に引っ掛からなかった時点で大多数の信頼を得られているのだ。
今更、誰も信じてくれないだろう。
「はあ……」
「で、どうするの? ブラキウムさんに見つからないように告発に行く?」
「いいや、逆だ。絶対に誰にも言うなよ。これは俺とシロンの秘密だ」
「…………え?」
イオの奇想天外な答えに、シロンの思考は空の彼方まで吹き飛ばされた。
ここから二人の奇妙な作戦が始められたのだった。




