33話 命の刻限
朝食の時間は終わり、今は管理局の倉庫を出入りしていた。
イオは熱心に働いていた。そうすることで、自分の心が凪ぐと信じていたから。
目の前のことに集中することで、今ある問題を忘れようとしていた。
「ねえ、何でボクを放っておいてブラキウムさんやアルテルフさんと喋ってたの? 聞いてる?」
「そんなのどうでもいいだろ……あ、スコルピイさん! これが頼まれてた物資ですよね? 置いときますよ」
「仕事が早いね! ありがと!」
イオの日常を支える歯車は、寸分の狂いもなく回り続けている。
ただ、たった一つの歯車を除いて。
(あ……向こうにいるのはブラキウムさんか……)
その翡翠色の瞳に映るのは、いつもと変わらぬ仕事振りを見せるブラキウムの姿。彼女は、胸中に眠る負の感情を表に出すことなく、黙々と真面目に働いていた。
手には資料を幾つも抱えており、表情はいつになく凛としていた。
(今は流石に話しにくいな)
彼女は管理局の中でも一定の地位を誇っている。
リブラ魔法管理局の局員というだけで、世間一般からは真面目な印象を持たれるらしいが、確かに今の彼女は模範的なリブラの市民という感じに見えた。
いかにも平和の使徒で、いかにも善良な市民という感じだった。
その演技が上手だったので、イオは彼女の感情を全く読めなかった。
「なあ、シロン……仕事終わったらさ、また一緒に図書室に行かないか?」
「いいけど……何か変だよ、イオ君」
「そ、そうか? いつもこんな感じだけどな……よいしょ」
そう言って、イオは最後の荷物を慎重に下ろしたのだった。重い木箱を並べ終えた。
今は昼下がり。太陽は空高く昇っていて、春先にも関わらず空気は蒸し暑かった。
まあ、少し早いが今日の仕事は切り上げだ。
「……あ、そう言えばさ、俺が管理局に召喚されてからどのくらい経った?」
「えーっと、一週間くらいかな?」
「まだそんなもんか。安心したぜ」
「どういう意味?」
イオは約二週間後に、元の世界に帰ることになっている。だから、彼はその日までに全てを終わらせるつもりだ。後腐れなく清々しく異世界に別れを告げたいから、ブラキウムとのいざこざに決着をつけるつもりなのだ。
少し安心した風のイオは、シロンを引き連れて図書館へ向かったのだった。
◆◆◆
そして、しばらく歩いた後に図書室に到着。
様々な本が所狭しと並べられていて、興味をそそられる。
しかし、イオの狙いは一つ。とあるジャンルについての本を読みに来た。
だから、シロンを通訳用に連れてきたのだ。
「精霊の本はどこにあるんだ……?」
「んー、あ! あそこあそこ!」
二人で踏み込んだのは図書館の北側の端だ。
他の区域に比べて、少しだけ暗くて肌寒かった。
「イオ君、踏み台になってくれない? ボクが本を取るから」
「台くらいそこら辺に……って、全部使われてんのかよ」
なんと高台に置かれている本を取るための踏み台がないではないか。イオは周囲を見回して、その事実を確認した後に、チラッとシロンの顔を見た。
にやけた表情が最高にウザい。殴りたくなるくらいウザ可愛かった。彼を踏み台にすることを喜び過ぎではなかろうか。そう思うくらい笑いを堪えていた。
まあ、もちろん殴りはしないが。
「ほらほら!」
「チッ、分かったよ」
「ありがと……よいしょ……届きそう……」
「早くしろよ、俺が潰れいててて!」
運が悪かったか、シロンの踵がイオの背中にグリグリと捩じ込まれてしまった。
いくら彼女が靴を脱いでいるからと言って、しかも故意ではないと言っても、彼にとってはあまりにも痛過ぎる一撃だった。
「あーやばい。マジで骨をやっちまったかも……まあ、治せるんだけどな」
「ご、ごめんっ!」
シロンは本棚から目当ての品を引き抜いた後、すぐさまイオの背中から降りたのだった。
その後、彼はゆっくり背伸びをしてから腰を捻った。すると、背中に翡翠色の燐光が溢れ出してきて、見る見る内に骨の調子を取り戻したのだった。
心配そうに見つめてくる彼女に視線で応えた。
それから、二人は近くの椅子に座って――――
「じゃあ、読むね。精霊は――――」
「いきなりかよ」
間を置かずに読み聞かせが始まったのだった。




