30話 魔法が産まれる場所
「ねえ、どこにいたの?」
「ずっと待ち合わせ場所にいたんだが、入れ違ったみたいだな」
イオはシロンと合流して早々に嘘をついた。ブラキウムとのいざこざを咄嗟に隠したのだった。
嘘は便利だ。都合が悪いことは全部どうにかできてしまう。
それで、ブラキウムは約束通りに中庭に来てくれるのだろうか。それだけが心配だった。
「ふーん、それならいいんだけど。ボクから一つ案内しておきたい所があってね」
「え、何それ。気になる」
初日の案内とその後の散歩で、管理局内のほとんどの場所に行ったつもりになっていたのだが、どうやら未踏の地があるらしい。
イオは少しだけ胸を踊らせた。
「ここ、イオ君にピッタリの場所だと思うんだ」
「ん……」
廊下の突き当たりに、見上げるような大きい扉が付いていた。木作りの簡素な扉で、不思議な雰囲気を纏っていた。
まるで、その扉だけ違う施設の物ではないかと錯覚してしまうほどの異質さだった。
「えっと、ここは入っていいのか?」
「うん。部屋の主には許可を取ってあるからさ」
イオはゆっくりと扉に触れた。
てっきり一人では押せないほどの重さの扉だと勝手に思い込んでいたが、実際は見た目よりも軽くて、押した時に体のバランスを崩しそうになってしまった。
「おっと……おお、し、失礼します……」
「ん? あらら、ようこそ我が研究所へ。君が噂のイオかい?」
「噂になってるんですね……イオ本人です」
「ほお……思ったより子供っぽくて安心したぜ」
部屋の主だと思われる男性は、髪に手を突っ込んで二、三度頭を掻いた後、両手を机について重々しく立ち上がった。
身長は見上げるほど高く、髪は少し暗めの赤色で、安そうな眼鏡から死んだ魚のような目が覗いていた。
幽霊のような見た目に陽気な性格が共存している不思議な男性だった。
「あっ、自己紹介が遅れたが……俺はデ、ネ、ボ、ラだ。デネポラでもデネホラでもねぇから、まぁ覚えといてくれや」
「は、はい……それでここって何をする場所なんですか? よく分からないまま来ちゃったんですけど」
「ああ、簡単に言うとな、ここは魔法を造る場所だ。便利な魔法とか変わった魔法、どんなものでもとりあえず試してみる場所なんだ」
「へえ……それじゃあ、俺の属性の魔法も造れるんですか?」
「そうだな、まあ、ひらめきと実行力があればできるさ。ほとんどの奴はそれがなくて諦めちまうがな。魔法を造りたいんなら頑張ってけ。とりあえず、俺は君を歓迎するぜ! 改めてようこそ!」
そう言った後、ゴボウみたいに細長く痩せ細った男――――デネボラは豪快に笑った。
ここに来て、シロンの意図がようやく理解できた。
要はイオに適した魔法を造って、襲撃に対抗できそうなくらいの戦力を得ようということだ。
イオの使える属性は木と土。
そして、木は常に体を治す方向に吸われているので、実質的には土の魔法しか使えない。
つまり、今は圧倒的な戦力不足。
いくら管理局の魔法使いが強いからと言っても、彼らに頼るばかりでは無理が生じるだろう。
となれば、ここで少しでも強くなっておきたい。
「それで、どうやって取り掛かれば……?」
イオはデネボラに案内された作業机に向かって、画用紙と対面していた。
もちろん、彼は魔法の造り方など知らない。
正真正銘の異邦人なのだから、そんなことは少しも分からないのだ。まずは誰かに教えてもらう必要がある。
そこで、デネボラが向かい側に座ってレクチャーを始めてくれた。近くにシロンも座った。
「そうだなぁ……何かやりたいことある? 敵を倒したいとか味方を守りたいとか」
「うーん、自分をすっぽり囲える壁を造れますかね? 防御系の魔法を覚えてみたいです」
「お、そう来たかぁ。そうなら水魔法の上位――――氷魔法で似た術式を知ってるぜ。少し待ってな、取りに行ってくる」
そう言って、デネボラは部屋の奥の本棚が幾重にも置かれた空間に消えて行った。
シロンはイオの隣で静かに本を読んでいた。そのタイトルは……イオには読めなかった。
それから待つこと数分、本棚の暗がりからデネボラが現れたのだった。
「あったぜあったぜ~……これが魔法の設計図だ」
「この図面って何を表してるんですか?」
「それはだな――――」
図面と呼ばれる紙には、黒色の線や円が所狭しと描かれていた。もちろん、それらを一目見ただけでは理解できない代物。と言うか、何度見ても慣れないような難解な図だった。
しかし、デネボラはそれを見つめながら、終始笑顔で喋り倒していた。
どうやら彼は魔法のことが大好きらしい。
その愛の力のおかげか、イオはスムーズに図面について学ぶことができた。
「――――簡単に言うと、魔法を使う時に見なきゃなんないのは線が濃くなってる部分なんだ」
「はい……なるほど……」
「中心に人がいるとしたらな、この濃い部分に魔力が集中することになる訳だ。つまり、これに従ったら一番少ない魔力で一番効果の高い魔法が使えるのさ。最高効率は体にも環境にも優しい」
「そうなんですね」
「お、分かってきたか? じゃあ早速屋外で実践してみような。イオは、この図面の水の魔力を土の魔力に置き換えるだけでいいから」
「え、ええ……? 急にできるものなんですか?」
「例え出来なくても、まずはやるだけさ。やらないままの状態で、ずっとそのままのヤツは見てて残念になっちまう。イオはそうじゃないだろ? あ、シロンはどうする? 一緒に来る?」
「ん……あ、ボクですか? 行きま~す」
シロンは持っていた本を棚に戻し、小走りで向かってきた。
それから、三人で外へ向かった。
◆◆◆
場所は変わって、研究室の外。
窓の外がバルコニーのようになっていて、魔法を撃てるくらいの空間が設けられているのだ。
イオは靴の裏で土の感触を確かめた。
「やれるかな……」
「イオ君頑張れー」
「はははっ、やれるかどうかなんて、やった後に悩めばいいさ! ほら、まずは一発!」
「う……」
イオは頭の中に浮かべた図面を繰り返し確認した。
そして、同時にブラキウムの靄のパワーも思い出していた。あれはとても強力だった。あれを防げるくらいの魔法は習得しておきたい。
だが、あの黒い刃に勝てる未来が見えない。
しかし、それは悩んでもどうにもならない。
まずイオは迷いを払って、それから魔法を使うことに集中したのだった。
彼は拳を地面につき、そこから魔力を介して自身と大地の感覚を一体化させた。
そして、思い切り叫んだ。
「……っ、はぁぁぁぁっ!」
そうすると、なんとイオの掛け声と共に、彼の周囲の土が捲れ上がって、小規模な土のドームを自動的に形成したではないか。
これは第一段階をクリアしたと言っても過言ではないだろう。
これからは次のフェーズに移行する。
もっと魔法のレベルを上げて、より実用的な形に仕上げる段階になる。
イオは土のドームの中から大声を出した。
「シロン! 聞こえるか?」
「聞こえるよー!」
「じゃあ、俺が造った壁に魔法を撃ってみてくれ!」
「え、大丈夫ー?」
「いや、あの時に死ぬほど魔法撃ち込んできたじゃん……今更だろ……」
白々しい反応をしたシロンに、イオは思わず苦笑いで返した。
脳裏に映し出されるのは、彼が初めて自分で魔法を撃った時の記憶。
魔法を撃つには強い感情が必要なのだが、最初はそれをうまく引き出せていなかった。そんな時に彼女は、自らが敵になってイオの恐怖心を煽る作戦を提案したのだ。それで魔法を絞り出させてきた。
あの時のシロンが本当に恐ろしく思えた。
「じゃあ行くよー!」
「おう!」
「……とりゃぁぁぁぁっ!」
シロンのか弱い手から放たれた、雄叫びを上げる獅子のような迫力を持った黒炎。
それが、イオの造ったドームを囲むように燃え盛った。
「ぐぉぉぉぉっ!? あっちぃっ! でも、全然耐えられる!」
十数秒に及んだシロンの猛攻を、イオは何とか防ぎ切って見せた。初試行にして、見事に防御を成功させたのだった。
本人も驚きの一発クリアが実現した。
「や、やった! え、本当に成功したんだよな!? 俺ってば意外とやるなぁ!」
「すごいよイオ君! ボクは四割くらいの火力を出してたのに! よく防いだね!」
「おい、何で最初から本気出さなかったんだ!?」
「ひぃっ! ごめん! ごめんってば!」
「あっはっは……まあ、シロンの本気は馬鹿にならんからな……」
焼き焦げた土から飛び出したイオは、そのままシロンに突っ掛かった。
彼の追及の叫び声が夕焼けの空に響き渡ったのだった。




