3話 異世界ホームシック
案内はまだ始まったばかり。それなのにまだ乗り越えられていない壁が多いこと。
「それでさ、俺にも魔法って使えるのか?」
魔法の行使はファンタジー世界において許される最高のロマンであり、イオのかねての夢でもある。
使えるものなら即使ってやりたい。何ならマスターするまで使い続けてやる。
イオは鼻の穴を膨らませて、前のめりに意気込んだ。
「人によるかな」
「そうか……使えるとしたら何属性なんだろうな? 火とか? 風とか? いや光とかもあったら使いたいな……」
「現時点では分かんないけど、私は一応火と……光は使えるよ」
「ま、マジで!? 見せてもらうことって――――」
イオの案内役であり、また絶世の美少女でもある太陽のような彼女―――シロンは期待に応えるように手を開き、その中に火を灯して見せた。
火は猛々しくも、どこか優しくて可憐な印象をイオに与えた。
「すっげぇ……とっても綺麗だ」
イオは膝を床について、彼女の手に視線を合わせた。火が空中に浮かんでいるのは初めて見るが、こんなにも綺麗で幻想的なものだとは思わなかった。
あまりに美しいので、イオはその熱さを忘れて、思わず触れてしまいそうになる。
「どの属性を使えるのか診断するから、それまでは魔法はお預けだね」
「メチャクチャ楽しみなんだけど……楽しみすぎて落ち着かねぇよ」
「あははっ、新鮮な反応だね」
イオはすくっ立ち上がって、シロンの顔に視線を戻した。と言っても、イオの方が身長が高いため、若干見下ろす形になっているが。
まあ、あれだ。常に上目遣いで見られることができる実に背徳的なポジションだ。
「じゃあ行こっか、リブラツアー! まずは街の案内をしてあげるよ!」
「おう!」
そんなやり取りの末、二人の小さな旅が始まった。今はまだ小さな小さな旅だった。
場所は変わって管理局の外へ。
「はやくはやく!」
そうやってイオの手を引くのは太陽の光を浴び美しく輝く少女―――――シロンだ。
イオと彼女の二人は、今管理局の入り口から町へと続く階段を一挙に駆け下りている。階段は人が横に十人並んでも狭くないような大きさで、管理局の荘厳な造形と合わさり、何とも言えない雰囲気を醸し出している。
「ぜぇっ! はぁっ!……やっと、降りられたっ」
階段を駆け下りるだけでも、元の世界でまともに運動が出来なかったイオにはかなり辛い。しかし、シロンは息を少しも乱さず、イオが回復するのを待っている。どうやら彼女は運動が得意らしい。
いや、イオがノロマなだけか。
彼女の顔をよく伺ってみようかと、顔を上げてみたものの、背から光を浴びているために逆光で見えない。
そういえば、もう夕方だ。すでに濃い赤の日差しが、街の端々によく溶け込んでいた。
夕焼けの中、イオの心臓が落ち着きを取り戻したのは、彼自身が想像していたよりずっと早かった。
この謎の即回復効果を不思議に思ったが、今のイオには些事に等しい。気にするほどでもないだろう。
最後に大きく息を吸って、背を正してシロンと向き合った。
「まず商店街に行って、それから街を適当に回ったあと――――」
「街は上から見た限り、相当デカくなかったか? 今日だけで回りきれんのかなぁ……」
「まぁまぁ、行けなかった所はいつか案内するよ」
「いつかって……俺はどのくらいここにいられるんだ? 魔法で遊んだ後はできるだけ早く帰りたいんだが」
「あぁ~そうか。そう、だよね」
「え、何? なんか不味いことでもあんのか?」
「うん……実はね」
イオはシロンの顔に、特に唇に視線を注いだ。彼女の綺麗な唇だ。
何かを紡ごうとしてはほどかれる赤い唇から、何か聞いてはならないことが明らかにされるのではないかと、勝手に緊張を高めていった。
もちろん、イオが緊張すればするほど、それはシロンにも感染するので、発表までの間に不穏な間が用意されることになる。
「実はあの転移装置ね」
「うん」
「……一ヶ月なの」
「え?」
「また使えるようになるまで、一ヶ月もかかるの」
「あー……ギリギリ耐えられる」
どうやらこの物語は一ヶ月経たなければ終わらないらしい。
長いようで短いような。短いようで長いような。
イオとって大問題であることに変わりはないが。